沼2
今日も元気に釣り三昧~♪
私は上機嫌に自作の鼻歌を歌いながら、釣りざお片手に沼へと急ぐ。
昨日は、町全体が、勇者歓迎ムードでお祭りムードだったのだ。
そのせいなのか、町全体にいつもより活気があり、私の釣った魚もよく売れた。まさに、勇者さまさまだわ。
噂に聞けば、まだ勇者さまご一行は、滞在するらしいし、さぁ今日も釣って、張り切って売りに行くわ!
今のうちよ、稼ぎ時!
私ははりきって釣りざお片手に深い森の奥の沼を目指して進んでいく。
その時、鼻歌を歌いながら進んでいたら、いきなり周囲が閃光のごとく輝き、森全体を包んだー。
それと同時にもの凄い爆発音が森中に響き渡り、私は驚きのあまり尻もちをついた。
何!?何がおこったの?
木々にとまって休んでいた鳥たちは、いっせいに飛び去り、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
この様子では、絶対どこかが大爆発したと思う。
でも、どこが?
正直怖い。けど、確かめなきゃ…!
私は、震える足を何とか奮い立たせて爆発音の聞こえた方向、いつもの沼の方へと足を向けて急いだ。
★☆
知らずに急ぎ足になっていたせいか、私の息は上がっていた。
心臓は、早鐘を打つけれども、確かめなきゃ帰れない。
私は森の木々の間を抜けて、目的地へとたどり着いた。
ついてそうそう、違和感を感じる。
そこにいたのは見目麗しいパーティ御一行様。
なっ…なんで?なんで人がここにいると?
私が疑問に思い、目を見開いていると、どうやらその見目麗しいご一行様は、私に気付いたらしい。
私の疑問をよそに、そのパーティで一番見目麗しい男の人が近づいてきて、
「どうしました?道に迷いましたか?ここの沼地は危険だから近づかないほうがいい」
いやいやいや、危険なのはむしろあんた達だよ?
ここは魔物が住むと言われている森の奥地の沼だよ?
人々はめったに近寄らない、絶好釣り場…いやいや、危険な場所だよ?
見目麗しい人物が近付いて来て、私に話しかける様子を、じっと見つめていたその時、私は気付いたのだ。
その近付いて来た人物の背後に存在するはずの、
いつもの沼が…私の釣り場ロケーションが…憩いの場の沼が…
ない。
そりゃあ、もう爆発が起きて沼が吹っ飛んだ後の残骸かのようにデカイ穴だけ空いていて、煙もプスプスと数か所上がっていた。
私は茫然と沼があった場所を見つめる。
私が先程感じた違和感の正体は、ここか!
「ぬ…ぬ…ぬ……沼が…」
私は震える指先で、沼のあったであろう場所にあいてるデカイ穴を指さして必死に言葉にする。
見目麗しい男の人は、神妙な顔つきで頷くと、
「ここの沼は魔物が集まる危険な場所だという事で、町長から依頼をうけてね。沼を消滅させたんだ」
「ど……」
咄嗟に言葉が出ない私に、更に追い打ちをかける。
「でも、もう心配ない。沼は完全に消滅したから」
安心させるかのように、優しく言ってくれた見目麗しい男の人の輝くばかりの笑顔を見た瞬間、
「どうしてくれるのよーー!私の釣り場がーー!趣味の憩いの場がーー!私の飯のタネーーー!」
私は掴みかかる勢いで、そのまま、まくしたて責め立てた。
★☆★
「つまり、ここの沼によく来ていたと言うのか?」
私は頷きながら、パーティの一人である、事情を聞いてきた黒ローブの魔術師風の男の人に涙ながらに語った。
「そうよ!一回も魔物なんて会った事ないし、町長がそんな事言うのも何かの勘違いよ!」
私の勢いに圧倒されたのか、彼らは黙って私の様子を観察している。
「だけど、そう言われてもなぁ…」
ポリポリと頬をかきながら魔術師風の男は、
「実際俺達も、目撃証言があるから依頼された訳で…」
説明を始めた親切な魔術師風なお兄さんを遮り、
ずいっと前に出てきたのは、さっきの見目麗しい男の人だった。
金髪に緑の瞳をしているその男の人の動きは、どこか上品で、私に優しく諭すように話しかける。
「町長から頼まれたのです。この沼には、それは恐ろしい沼女が出ると」
「沼女?」
「はい、沼女です」
「……そんなの見かけた事ないわ」
生まれた時から慣れ親しんで通い慣れたこの沼で、見かけた事など一度もない。
「町長の話では、雨を好んでよく現れるそうです。先日も雨の日に迷い込んだ旅人が沼の周囲で踊り狂う赤い沼女を見たそうです」
「え?赤い…女…?」
「はい。つい一週間前にも全身赤で、一心不乱に踊り狂い、まるで魔物に魂を捧げるかのような踊りが目撃されているそうです」
…一週間前。
私は、ある事を思いだしていた。
そう、あれは、一週間前の小雨のぱらつく天気。
家に閉じこもっているのに耐えきれなくなった私は、沼まで釣りに来ていた。
そうしたら、思った以上に大漁祭りで、一人興奮してはしゃいでいた。
長年愛用の……赤い…カッパを着て…。
「上体を後ろへ大きくそらし踊り狂うその姿は、本当に恐ろしい魔物の姿だったと…」
あまりの大漁ぶりに狂喜乱舞し、『大漁の踊り』と、勝手に命名し、木と木の間に釣り竿をかけて、その釣り竿に向かって必死にリンボーダンスをしていたあの踊りの事かしら…。
赤いカッパきて、一心不乱にリンボーダンスをしていた姿の私の事を言っているのかしら…。
その沼女というのは…。
「それに、普段から町人達も気味悪がって近付かないというので、この機会に排除しました」
おいおいあっさり、排除しましたとか言ってくれるけど、
いきなり奪われた私はどうすればいいの?
あまりのショックに、地面に座りこんだ私を困ったように取り囲むパーティ。
地面に座りこんで、おいおい泣く私に、困った顔をして、跪いて、私の顔を覗きこんできたのは、先程の見目麗しい金髪の男の人。
そうして、
「すみません。あなたをそんなに悲しませる事になろうとは思いませんでした。
町人から見て気味の悪い沼地でも、あなたから見て、大切な思い出の場所だったのでしょう。その場所を私は、壊滅させてしまいました」
やっぱり、壊滅させたのは、あんたね…!
あんたセンターね!
「ルーファス=グラン、あなたに出来る限りの謝罪をします。ー勇者の名においてー」
勇者?何それ?しかも、ルーファス=グラン?
私はどこかで聞いた覚えのある今の言葉を頭の中で必死に反芻する。
ルーファス=グラン…
グラン…?
グラン…!?
ようやく私の頭の中のパズルが、はまった時、私は叫びそうになった。
グランとは、隣国の名前だ。
グラン王国の、確か第三王子が、勇者と呼ばれる存在になっていると…
その能力は勇者の中でもSSランクで、その実力は抜きん出ていると…。
私は町の噂話を思い出していた。
暗い森の中でも、光の加護があるかのように輝く金の髪。
木々の新緑の色を表現するかのようなグリーンに、少し青みがかった瞳。
背も高く、体つきは逞しく、余分な肉などいっさいついていない均整のとれた体。
王子でありながらも、人々の平和の為、勇者と言う職業についた慈悲深いその存在。
町では、『勇者ブロマイド』売上ナンバーワン!
毎年の『抱きしめられたい勇者』ナンバーワン!
だけど、今の私には
関 係 な い !!
「バカ――!私の今後の生活を保障しろー!どうしてくれるの!バカ―!おたんこなすのお前のかあちゃんデ・ベ・ソー!」
私は、きつい眼差しで、目の前の人物をにらみながらも叫んだ。
我ながら幼稚くさい言葉だと思いながら。