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モフモフ禁止令?!〜忠実な大型犬と腹黒な黒猫に挟まれて〜  作者: 猫塚ルイ


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第4話

「モフモフ禁止令」を発動して以来、屋敷の中はかつてないほどの緊張感に包まれていた。


お触りという最大のご褒美を断たれ、深刻な禁断症状にのたうち回る二人の執事。


それでも彼らは、私への忠誠心と、どちらが先に許されるかという対抗心だけで、その理性を繋ぎ止めていた。


「一人で静かに頭を冷やしたいの!」


そう宣言したはずだった。


なのに、なぜ私は今、街一番の高級ブティックの試着室の前で


二人の獣人に熱烈な視線で包囲されているのかしら。


「アリア様! その真珠色のドレス、まるで空から舞い降りた女神のようです!ああ、でも、その背中の開き具合は…誰にも見せたくない、僕が毛布で包んで隠してしまいたいくらいです!」


ルカが鼻息荒く叫ぶ。黄金の尻尾は、床を叩くたびに「バシッ、バシッ」と乾いた音を立て


彼の興奮を物語っていた。


「……ルカ、騒がしいですよ。アリア様、そのドレスの色彩なら、先日私が宝飾店から取り寄せた最高級のパールのネックレスが映えますね」


「……試着室で、私があなたの細い首筋に直接かけて差し上げられたら、どれほど素晴らしい完成度になったことか」


セシルが眼鏡の奥の瞳を妖しく細め、低い声で囁く。


触れてはいけない。


その禁欲的なルールが、逆に彼らの「視線」に物理的な熱を宿らせている気がしてならない。


全然「一人で静かに」なんてさせてもらえそうにないわね、と私が深くため息をついた


その時だった。


「おや、そこに咲く一輪の白百合のような美しいレディ。君は……もしや、アリア公爵令嬢では?」


不意に、香水の香りと共に甘ったるい声が降ってきた。


振り返ると、そこには見事な金髪を流し、自信に満ち溢れた笑みを浮かべた青年が立っていた。


刺繍を凝らした豪華なマントに、胸元には隣国の王家の紋章。


「……? 失礼ですが、どちら様でしょうか…?」


「おっと、自己紹介が遅れましたね。私は隣国の第二王子、レオナルドと申します。君の美しき噂は予々聞いていまして、魔力も清らかで、国一番の美女だと」


レオナルド王子は、品定めをするような下卑た視線で私をなぞると


私の手を取ろうと、するりと間を詰めてきた。


……今までのお見合い相手とは格が違う。


これは、権力を傘に着た厄介な「害獣」だわ。


その瞬間、ブティックの中の空気が「バキッ」と音を立てて凍りついた。


「「……ッ!!」」


背後から放たれたのは、喉を焼くような濃密な殺気と、大地を芯から揺らすような威嚇の唸り声。


ルカが電光石火の動きで王子の手と私の間に割って入り


セシルはいつの間にか王子の背後に、音もなく、死神のように回り込んでいた。


「……何者だ、君たちは。無礼な。私は王子だぞ。獣人風情が気安く近寄るな」


レオナルド王子は、二人の気迫に一瞬たじろぎながらも、露骨に眉をひそめた。


ルカは黄金の髪を逆立て、牙を剥き出しにして、今にも喉笛を噛み切りそうな勢いだ。


一方のセシルは、いつもの冷徹な「執事の仮面」をかなぐり捨て


瞳孔を縦に細めた「捕食者の瞳」で王子を射抜いている。


「アリア様。この男……指先一つでも、その薄汚い指で貴女に触れようとしたら、僕は───」


ルカは悔しげに拳を握りしめた。


本来なら今すぐにでも引きずり回したいところだろうが


私のことを心配してか、足を止めている。


「……わかっている、駄犬。アリア様の手を汚すなど、万死に値する。…しかし、我々が直接この男に手を下せば、アリア様は喜ばれない」


二人の視線が空中で交差した。


普段は水と油、出会えば喧嘩ばかりの犬と猫。


けれど今、彼らの脳内を支配する目的は、完全に、そして残酷なまでに一致していた。


「……よし、セシル。今回だけは、お前の汚い策に乗ってやる」


「珍しく話がわかりますね。では、私は『社会的』に。あなたは『物理的』に。……コンビネーションといきましょうか」


「え……?」


二人の背後に浮かび上がった、どす黒いオーラに私と王子は呆然とした。


「おい、私の問いに答えろと言っているんだ!獣風情がこの私を……」


レオナルド王子が怒鳴りかけた、まさにその刹那。


「アリア様、あちらに珍しい魔石のブローチがございましたよ!」


ルカがわざとらしく声を張り上げ


私の肩に手を回そうとして、寸前でピタリと止め、代わりにその「勢い」を王子の背中へ向けた。


「おっと、失礼。足元が滑りました!」


「ぐはっ……!?」


ルカの強力な……否、殺意すらこもった物理的排除により


王子はまるでボロ雑巾のようにブティックの陳列棚へ突っ込んでいった。


高級な帽子や靴が、王子の頭の上に雪崩を打つ。


「王子、大丈夫ですか!?」


私が駆け寄ろうとしたが、その進路をセシルが優雅な動作で遮った。


「アリア様。……ああ、忘れてください。あのような道端の石ころ以下の存在、助ける価値も、視界に入れる価値もございません」


セシルは冷たく私を一瞥した後、崩れ落ちた王子の元へ、死を運ぶ使者のような足取りで歩み寄る。


「王子、お怪我は? ……おや、その紋章。隣国の王家のものではありませんか」


セシルは王子の胸元を、汚物を見るような目で見下ろしながら指差した。


「……しかし、不思議ですね。我が国と貴国は現在、魔石の貿易利権において非常に緊張状態にあるはず」


「そのような中、王子が護衛もなしに、我が国の重要人物である公爵令嬢に接触するなど……。これは、外交問題、あるいは『宣戦布告』と受け取られても仕方がありませんね?」


「……な、何をデタラメを!」


「…もし、このことが我が国の国王陛下の耳に入れば、どうなるでしょう。あるいは、貴国の野心家で知られる第一王太子殿下が、あなたのこの軽率な行動を知れば……貴方の王位継承権はどうなるでしょうか?」


セシルは、三日月のように口角を吊り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。


彼の指先から、目に見えぬほど細い魔法の糸が伸び、王子の懐から何かを鮮やかに抜き取る。


「…おや、これは貴国の軍事機密に関する最高機密書類では? なぜ王子の懐から、このようなものが……?」


「……ば、バカな! そんなもの、持っているはずが…そ、それは、私の手記だぞ!」


「いいえ。これは『スパイの証拠』です。私がそう決めたのですから」


セシルは、王子が持っていた手記を


一瞬で「国家反逆の証拠」に仕立て上げ、ひらひらと振って見せた。


「社会的排除」完了。


レオナルド王子の顔面は、土気色を通り越して真っ白に染まっていく。


「アリア様。この男、スパイ及び不法侵入の疑いがあります。……ルカ!」


「やっぱり!」


ルカが野性の牙を剥き出しにして再び王子の元へ駆け寄る。


「アリア様、この不届き者は僕が……いえ、憲兵に引き渡します!」


ルカは目にも止まらぬ速さで光の魔力を練り上げ


強固な拘束の鎖を生成した。


王子は芋虫のようにぐるぐる巻きにされ、声も出せないまま魔法で宙に浮かせられる。


「物理的排除」完了。


「……二人とも、こんな、協力プレイもできるのね…って、感心してる場合じゃないけど!すごすぎない…?」


私は、二人の執事のあまりにも鮮やかすぎる共闘プレイに、開いた口が塞がらなかった。


普段はあんなにいがみ合っているのに、私に近づく男が現れた瞬間に


これほどまでに邪悪で完璧な連携を見せるなんて。


「アリア様、これで安心です! 羽虫も、ましてや王子を騙る害獣も、僕たちが一掃しますからね!」


ルカが黄金の尻尾をぶんぶんと振りながら得意満面で言った。


その瞳は、今すぐにでも「よくやった」と撫でてほしそうに潤んでいる。


「……フン。駄犬にしては、今回は少しだけ役に立ちましたね。アリア様、あのような石ころのことはお忘れを」


「……それより、この完璧な仕事に免じて、『お触り禁止令』もそろそろ解除を検討してはいかがですか?」


セシルが音もなく私の耳元に唇を寄せ、熱を持った甘い声で囁く。


……はあ。


「まだダメに決まってるでしょ?」


結局、彼らの「過保護」は、禁止令を経てより巧妙により強力に


そしてより独占欲を孕んだものへと進化してしまった。


連行されていくレオナルド王子の悲鳴を遠くに聞きながら


私は二人の執事の「執着」の深さに、改めて戦慄を覚えずにはいられなかった。


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