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モフモフ禁止令?!〜忠実な大型犬と腹黒な黒猫に挟まれて〜  作者: 猫塚ルイ


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第2話

「……今日から、二人を『モフモフ』するのをやめにします!」


私の唇から放たれたその言葉が、静まり返った応接室に冷酷な死刑宣告のように響き渡った。


……その瞬間、世界の時が止まった。


窓の外で楽しげに囀っていた小鳥の声すら、恐怖に打たれたようにピタリと消え失せる。


空気を震わせていたルカの尻尾の風音も、セシルの纏う魔力の微振動も、すべてが静止した。


ルカとセシルは、まるで精巧に作られた彫像のように


その場に固まり、目を見開いたまま私を凝視している。


「え……?」


数秒、あるいは数分に思える沈黙を破り、最初に声を絞り出したのはルカだった。


さっきまでメトロノームのように、千切れんばかりに激しく左右に振られていた黄金の尻尾。


それが、まるで命の火が消えたかのように、力なく床にバサリと落ちる。


絨毯に落ちたその重苦しい音さえ、今の彼には耐え難い打撃のようだった。


「アリア様……今、なんて……? 僕の聞き間違い、ですよね? 『ルカ、いつも頑張ってるからもっと撫でていいよ』って……そう言いましたよね? ね?」


その黄金の瞳は、揺れる光を宿して私を求めている。


けれど、私はあえて視線を外した。


ここで甘やかしては、お見合い失敗の歴史は永遠に繰り返される。


「いいえ。一文字も、句読点一つ分さえ合ってないわ」


私は心を鬼にして、冷徹な公爵令嬢としての仮面を深く被り直す。


「セシル、あなたもよ。あなたの首筋を指先で愛でてあげるのも、ブラッシングをしてあげるのも、今日から一切禁止」


「もちろん、そっちから私の髪や手に触れるのも…指先一つ触れることも、許しません」


セシルを振り返れば、そこにはこの世の終わりを象徴したような絶望の色があった。


いつもなら余裕たっぷりに


私のすべてを掌握していると誇示するように微笑んでいる彼の薄い唇が


今は微かに、しかし確かに震えていた。


「……アリア様。それは、我々に死ねとおっしゃっているのですか? 呼吸を止めろと命じる方が、まだ慈悲深い。私から、あなたの指先から伝わるあの至福の感触を奪うとおっしゃるのですか!?」


「いちいち大げさなのよ! 単なる執事と主人の、適切な距離感に戻るだけ」


「二人とも、私を心配しすぎだし、お見合い相手をあそこまで威嚇するのは異常よ。これは執事としての越権行為に対する、正当なペナルティだと思ってちょうだい」


「そんなっ……! 無理ですよぉ、アリア様ぁ!」


ルカが大型犬特有の、鼻にかかった情けない声を上げて、私の足元に縋り付こうと身を乗り出す。


「僕、アリア様に撫でてもらえないと、元気が枯れちゃいます! 光合成できない花と同じなんですよ!」


「ほら、見てください、しっぽもこんなにしょんぼりして、もう二度と動かないかもしれないんです……!」


「ダメ。ルカ、お座りよ」


「くぅぅ……んっ……」


飼い主の威厳は絶対だ。


ルカは震える体を必死に抑え込み、泣きそうな顔でぴたりと動きを止めた。


耳は力なく垂れ下がり、上目遣いで私を見上げてくるその姿……。


ああ、可愛すぎる。


いつもなら、ここで「頑張ったわね」と頭をわしゃわしゃと撫で回して


彼の柔らかな毛並みを堪能するところだけど……今は我慢、我慢よ、アリア!


一方、セシルは静かに、けれど熱を帯びた瞳で私を射抜いた。


彼はルカのように騒ぎ立てることはしない。


代わりに、ゆっくりと、儀式のように黒いシルクの手袋を片手だけ脱いだ。


露わになった白く、長く、節の通った指先。


それがスルスルと毒蛇のように伸び、私の頬をなぞろうとして───


「……あ」


寸前で、彼は自分の指を止めた。


私が発動した「禁止令」という見えない鉄格子が


彼の理性に辛うじてブレーキをかけさせたのだ。


「……なるほど。これが『お預け』というやつですか」


セシルの声が、低く、低く、地を這うような重低音で響く。


「よろしいでしょう。これは一種の試練、あるいは我慢比べですね?アリア様」


「え?」


「あなたがどちらの『モフモフ』を、どちらの奉仕を先に欲しがるか。どちらの欠乏に耐えきれなくなるか……試してみようというわけだ」


「ち、違うわよ!そういう卑猥な勝負じゃないから!適度な距離を保ちなさいって言ってるの!」


「アリア様! 僕、頑張ります! セシルなんかに負けません! 僕が誰よりも良い子にして、一番に、最高のご褒美のモフモフを勝ち取ってみせます!」


「……フン。野蛮な犬には無理な相談だ。アリア様が真に求めているのは、私の指先による高貴な癒やしのはず。犬の毛並みなど、いずれ飽きが来る」


……あれ?


なんだか、話の方向性が完全にズレていないかしら?


二人の間に、さっきまでの絶望はどこへやら、メラメラとしたどす黒い執念の火花が散っている。


「アリア様、お茶のおかわりを。……ああ、直接カップをお渡しすることは叶わないのでしたね」


「アリア様!お散歩の時は、僕が風除けになって、太陽の光さえもアリア様の肌に直接当たらないように、僕の体で完璧にガードしますからね!」


……距離を置くための、平穏を取り戻すための禁止令だったはずなのに。


二人の「執着」のベクトルが、なぜか


「いかに禁欲的に、かつ粘着質に私を甘やかすか」という


さらに重たく、逃げ場のない方向へ進化してしまった気がする。


「……はあ。私の平穏、ますます遠のいてない?」


私の小さな独り言は


二人の「主様への全神経を集中させた熱視線」にかき消されてしまった。


これが、私の平嬢生活を激変させる


地獄と楽園の境界線「モフモフ禁止令」の幕開けだったのだ。

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