病床に伏した邪念
病室のベッドに横たわる青年は、ノゾム。窓の外に見える木を見つめている。その傍らで椅子に座っているのは見舞いに来た友人のカケル。
「カケル…すまん…飲み物買ってきてくれねぇか…?」
ノゾムは掛け布団の中から手を伸ばし、小銭を差し出す。
「はいはい…」
カケルはそれを受け取ると腰を上げ、病室を出て行った。
「はぁ~あの木の葉っぱが全部落ちたら俺も…」
精魂尽き果てた表情で木に揺れる葉っぱを見つめるノゾム。
「買ってきたぞ。いつものやつ。」
近くの自販機から戻ってきたカケル。
「ありがとうな…」
ノゾムはゆっくり起き上がるとカケルからペットボトルのコーラを受け取る。
―グビグビグビグビグビグビ…
ペットボトルから一気にコーラが消えていく様子を何とも言えない表情で見つめるカケル。
「ぷは~っ…グアッ…」
ノゾムの歪な吐息が響く。
「ほんとすまないな。カケル。」
「まあまあ、気にすんな。」
「そうだカケル、何度もすまない。下の売店からお菓子を買ってきてくれないか?」
ノゾムは、掛け布団の中から手を伸ばし、二枚の千円札を差し出す。
「…はいはい。」
カケルはそれを受け取ると腰を上げ、病室を出て行った。
「あっ、葉っぱが一枚落ちた。」
力無く風に吹かれて去っていく葉っぱを見て、悲し気な表情が浮かぶ。
「買ってきたぞ。」
一階の売店から大きな袋を持って戻ってきたカケル。
「ありがとうな。」
ノゾムは袋を受け取ると、中を全てベッドテーブルの上に出し、しばらく物色した後、チョコ菓子の箱を開け、数本ずつ口へ運んで行った。
その様子をカケルは何とも言えない表情で見つめる。
―ボリボリボリボリボリボリ…
ノゾムの咀嚼音だけが病室に鳴り渡る。
「ほんとすまないな。カケル。」
「…うん、気にすんな。」
「そうだカケル、本当に何度もすまない。近くに本屋がある。そこで漫画本五冊と週刊誌四社分とちょっと熱くなれる写真集二冊と自分語り系のイタイ書籍を一冊…買ってきてくれないか…?」
ノゾムは、掛け布団の中から手を伸ばし、二枚の一万円札を差し出す。
「はぁ~…はいよ。」
カケルはそれを受け取ると重そうな腰を上げる。
「あ、それからカケル! ゴミ捨ててきてくれねぇか?」
「気にしろよ!」
お菓子のパッケージやペットボトルのカラフルなラベルが大量に詰まった、まるでサンタクロースが背負う袋並みの大きさのゴミ袋を差し出されたカケル。いよいよ想いを秘めきれなくなった。
「カケル…本当にすまない…お前には苦労かけちまった。」
「満身創痍の感じやめろマジで。」
「こんなになっちまったんだよ…いつ終わるかわからない、俺の願いを聞いてくれないか?」
「お前、骨折で入院してんだろうが!」
掛け布団を吹き飛ばすようにまくり上げるカケル。包帯が巻かれたノゾムの右足があらわになる。
「本当は申し訳ないと思ってる…こんなにこき使うような真似をして本当に申し訳ないと思ってる…」
「なら布団の中から金を出すな。」
ノゾムの現金は財布や備え付けの棚ではなく、布団の中から素早くいくらでも出てくる。
「あと何十年の命なんだろうな~」
「おー随分と長く生きるみたいだな。」
「あの木の葉っぱが落ちきったら、俺の命はもう…」
「やかましいくらいの数が生えてるからな。轟轟と生い茂ってるからな。先にある青空を、飲み込むような勢いで覆ってるからな。」
「あの葉っぱたちは、あとどれくらいもつのだろう…」
「そうだなー誰か木もろとも伐採してくれたらいいんだけどなぁ。」
ノゾムの儚い系ポエムを封じ込めたいカケル。
「そうだカケル、今から言う俺の願い、聞いてくれないか?」
「散々聞いてきたぞ? こっちは。」
「俺、最後に一杯だけ…酒を飲みたいんだ。今すぐ!」
「本当に最後にしてやろうか? 足だけじゃなくて首もいかせようか?」
「ずっと病院にいて、ずっと飲めなかったんだ…最後になってもいい! 一杯だけ!缶一本だけここに運んでくれないか?頼む!」
ベッドから身を乗り出し、カケルにしがみ付くノゾム。
「骨折より重症だよこれ。」
「アルコールが入ってればなんでもいいんだ~」
「消毒用ならあるぞ? 飲むか? お前の欲望という毒素をすべて消し去ってやるよ。」
「あと…タバコも吸いたい…」
「反社か。」
カケルは、病室では叶わぬ願いを跳ね返し、ノゾムを振りほどく。ベッドに横たわり、大量の揺れる葉っぱに隠れた青空を、たまにできる隙間から見つめるノゾム。
「意地悪だよなー神様は。なんで俺をこんな目に遭わせたんだろう…。」
「お前、自分で御神木蹴ってこうなったんだろうが。何が神様の意地悪だ。命あるだけありがたいと思うんだな。」
ノゾムは、窓に向けていた顔をゆっくりとカケルに向ける。
「なあカケル、次に言うお願いは…本当に切実なものなんだ…」
「あと何十年も生きるお前の?」
「コーラやお菓子を買ってきてとかそういうレベルの事じゃない…自分の人生に関わることなんだ…」
「……一応、聞いてやるよ。気になるから。」
カケルはしばらく遣る瀬無い表情で床を見つめた後、椅子に腰かけた。
「ありがとうな、カケル。」
満面の笑みでカケルを見つめる目は、無駄にキラキラしている。
「カケル…俺、最後にヒカルちゃんに会いたいんだ…」
ヒカルとはノゾムやカケルと同じ地元の幼馴染の女の子である。
「俺、ずっと昔からヒカルちゃんのことが大好きなんだ…。 て、ことを早い内に本人の前で言いたいんだ…。なんならヒカルちゃんに看取られて逝きたいんだ…! わがままかもしれないけど、どうか俺のこの願いを…ヒカルちゃんをここに連れてきてくれないか⁉」
「嫌だよ。」
表情を変えずに即答するカケル。
「ここにヒカルちゃんを呼んでくれないか?」
「これ死ぬ寸前なら感動するけど、この場合は後で滅茶苦茶恥ずかしくて且つ気まずくなるやつだからな。」
「恥をかく覚悟はできてる。」
「俺はできてないんだよ。なんて言って呼べばいいんだよ。御神木蹴って入院したから会いたがってる。って言えばいいのか?」
「顔だけでも見たいんだ…」
「見に行けよ。自分から。その足で。」
「足は折れてるんだ。」
「あ、ごめん今のは無しで。」
我儘悪徳悲劇商法野郎に謝ってしまったカケル。
「ヒカルちゃん…呼んでくれないか?」
なぜか涙目で訴えてくる邪心の塊。
「というかさ、ヒカルちゃん、そもそも彼氏いるんだぞ? 今のお前の願いは、色々な前提から狂ってるんだぞ?」
「……この姿見せたらいけそう。」
「いけねぇよ。たかが骨折ごときで。」
「お婆さんをひったくりから守ったらこうなった、てことにして…」
「あげねぇよ、冒涜野郎。」
「左も折ったらいけるかな?」
「お前だいぶ危険だな。付き合いやめるぞ?」
カケルは思わず身を引いた。
ノゾムは慌ただしく揺れる窓外の葉っぱに目をやる。
「最後に愛する人にも会えないのか…」
「気色わりぃ…本当は生き生きとしてるくせに…気色わりぃ…なんだろう、この狂暴な執念は…。」
―ガラガラガラ…
病室の引き戸が開かれる。
「ヤッホー! 久しぶりー。元気してたー?」
入ってきたのはノゾムの意中の人・ヒカル。
「ヒカルちゃ~ん♡」
「え? なんで⁉」
ヒカルの可愛らしさに惚気るノゾムと呼ばずとも現れたことに愕然とするカケル。
「ノゾムくんが骨折して入院までしたって聞いたから心配になって来ちゃった~!」
「そうなんだよ~! おばあさんがひったくられそうになったの助けようとして~」
「コイツマジか。」
自然な流れで大嘘を吐くノゾムに戦慄するカケル。
「はいこれ、ノゾムくんの好きなコーラとお菓子の詰め合わせ!」
炭酸飲料とお菓子がたくさんつまった、まるでサンタクロースが背負う袋並みの大きさのレジ袋を差し出すヒカル。
「ちょっとヒカルちゃん…今のノゾムにそれは甘やかしすぎ…」
「ヒカルちゃ~ん、ありがと~、さすが気が利くね~♡」
我が子を受け取るようにして袋を抱きしめるノゾム。
「あれ? ゴミがこんなに溜まってる! 片付けないと~私捨ててくるね~。」
「ど~もね~♡」
「ちょっと待ってヒカルちゃん! 行かなくていい! 行かなくていい! 後で俺が行くから!」
大きなパンパンのごみ袋を持ち上げるヒカルを制するカケル。
「あそう? カケルくんも優しいね~。」
「そう。もう狂おしいほど優しくしてあげてるよ~」
恨めしさ全開の目でノゾムを見るカケル。
「そうだ~ノゾムくん、ずっと入院して退屈だと思うから~ちょっと熱くなれる写真集買ってきました~!」
「なんでなんでなんでなんで⁉」
A4サイズの本が収まる黒い袋を見せるヒカル。
「ヒカルちゃんちょっと~♡」
「ほんとにちょっとー! 出さなくていい!」
黒い袋からちょっと熱くなれる表紙があらわになるのを制するカケル。
「あーちょっと熱くなれる写真見たらちょっと熱くなってきちゃったよ~♡ よし! 決心がついた! ヒカルちゃん! 大好きです付き合ってください!」
骨折の痛みも忘れるほどの勢いでベッドの上で頭を下げるノゾム。
「お前正気か!」
カケルが見たノゾムの邪っぷりは限界点を突破している。
「いいよ~」
「アンタも正気か!」
予想だにしなかったヒカルの即決に思わずよろけるカケル。
「だって~今の彼氏なんかつまんないし~お金の出し惜しみ激しいし~デートもそんなに楽しくないし~それなら面白くて明るくて気前のいいノゾムくんのほうが最高だもん!」
「もうさすがに言い過ぎだって~♡」
「神よ…なぜですか…?」
即席ラブラブカップルを前に手を握り合わせて天を仰ぐカケル。
「よ~しこうしちゃいられない! ヒカルちゃん! 早速デート行こう!」
ベッドから這い出し、松葉杖を手に立ち上がるノゾム。
「いいよ~行こ~」
寄り添いあい、仲良く部屋を後にするノゾムとヒカル。
「待て待て、おい御神木蹴った奴! 御神木蹴った奴! 冒涜者おい!」
一人取り残されたカケル。窓に目をやると風が吹き荒れ葉を蓄えた木の枝が激しく揺れている。
「ごめん、彼氏が宝くじ一等当てたからやっぱ無理~」
「ちょっと待ってヒカルちゃ、あーっ!」
スマホをポケットにしまいながら病室の前をスタスタと通り過ぎるヒカルを追いかけ、手負いのノゾムは転倒する。
「ヨッシャァァァァァァァァァァァァ‼」
歓喜するカケルの目の前で葉っぱが全て吹き飛ばされていった。




