僕たちの友情はセコイアのように
三年生に上がった頃には、僕たちは親友になっていた。あの時からなんとなく付き合い方が変わったというか、距離が縮まっていったように思う。今では、学校内はもちろん、下校した後も毎日のように秘密基地で落ち合って、夕方まで遊んでいる。そんな関係だ。
「なあ、ショウタ。うちのクラス、なんか変わったよな」
給食を食べ終わり、昼休みに入った教室で、ヒデキが話しかけてきた。
「うん? まあ、そうかもね」
僕は適当に相槌を打つ。
「なんかさ、前は俺のこと、みんな避けてたじゃん? でも最近、話しかけてくる奴が増えたんだよ」
「ああ、それは確かに」
クラスの何人かは、以前と比べると、友好的な態度でヒデキと接しているように見える。
「あれ、なんでだと思う?」
ヒデキが僕の顔を覗き込んでくる。
「さあ、知らないよ」
僕は肩をすくめた。本当はなんの心当たりもないわけではない。何人かが、ヒデキの家のことを噂しているのを聞いたことがあるからだ。でも、それはなんとなく、言わないほうがいいような気がした。
「だよなあ。俺も分かんねえんだよ。でもさ、なんかさ……」
ヒデキは少しだけ顔を赤くした。
「なんか、嬉しいんだよ」
その言葉に、僕は少し驚いた。ヒデキがそんな風に思うなんて、意外だった。前はそんなことを気にするような人物には見えなかったけど……。
「ショウタはどう思う?」
「別に、どうって言われても」
僕はなんて答えればいいか分からなくて、少し冷たい感じで答えてしまった。
「そっか」
ヒデキは少し残念そうだった。少しして、ヒデキは他の人に話しかけられて、話しながらどこかへ行った。
「はあ……」
僕はなんとなく、ため息をついた。ヒデキのことは親友だと思っている。でも、僕はまだヒデキのことを、よく分かっていないような気がする。ヒデキは僕のことを、本当に親友だと思っているのだろうか。僕のことをどこまで分かっているのだろうか。そんなことを考えながら、僕はヒデキの笑顔をぼんやりと思い浮かべた。
* * *
放課後。家に帰ってカバンを置いたら、着替えて出かける。行き先は秘密基地だ。
「お待たせ」
丘の上にある、一本のセコイアの木。正しくは『メタセコイア』というらしいけど、僕たちの間では『セコイア』だ。この木の下が僕とヒデキのたまり場である。
「おう、ショウタ」
丘の下のほうは遊具があって、遊んでいる人が結構いるけど、この木のほうは遊具がないからか、あまり人が来ない。静かな高いところから見下ろせる感じが、なんだか大人っぽく感じるから、僕はこの場所が好きだ。
「遅かったじゃん」
ヒデキはいつものように、ニカッと笑って僕を迎えた。なぜかは分からないけど、僕はその笑顔を見た瞬間、昼間の教室でヒデキが見せた、少しだけ赤らめた顔を思い出した。
「ちょっと寄り道してたんだ」
僕はそう言って、ヒデキの隣に腰を下ろした。セコイアの木の根元は、僕たち二人が並んで座るのにちょうどいい広さだった。
「寄り道?どこに?」
「ああ、本屋に。ちょっと調べたいことがあって」
僕は嘘をついてしまった。本当は、昼間のヒデキの言葉が気になって、少しだけ考え事をしていたからだ。
「へえ、ショウタって本とか読むんだ」
「まあたまには読むよ」
それは嘘ではない。自分で言うのもあれだけど、僕は学年では平均より少し上の成績だ。お母さんから言われているわけではないけど、一応、それよりも落ちてしまわないように最低限の努力はしている。
「それで、今日は何して遊ぶ?」
ヒデキがそう聞いてきた。僕たちはいつも、秘密基地に来ると、その日の気分で色々なことをして遊んでいた。やるのは、お金のかからない遊びだ。特にそう決めたわけではないけど、僕はそのほうが気が楽でいい。ヒデキもそうだと思う。
「そうだなあ……」
僕は少し考えて、提案する。
「今日は、あそこまで競争しようか」
僕が指差したのは、丘の下のほうにあるブランコ。僕たちはもう何度もあそこまで競争しているけど、不思議と飽きない。
「いいね! 久しぶりにやろうぜ!」
ヒデキは目を輝かせてそう言った。僕も、久しぶりの競争に胸が躍る。
「じゃあ、よーい、ドン!」
僕の合図で、僕たちは同時に走り出す。風を切って走る感覚が心地よい。下り坂だから、いつもより早く走れるのも楽しい。そしてヒデキは意外と足が速い。今日は特に調子がいいみたいで、すぐに僕を追い抜いていった。
「イエーイ!」
「待て、ヒデキ!」
僕はそう言って、必死にヒデキを追いかける。でも、結局、僕が着いた頃には、ヒデキは余裕の表情でブランコに座っていた。
「やった! 俺の勝ち!」
ヒデキは得意げに笑った。僕は少しだけ悔しかったけど、それ以上に、ヒデキとこうして笑い合えることが嬉しいと思った。
「ヒデキって意外と足速いよね」
「へへ、まあな!」
僕たちはしばらく、ブランコに乗りながら話した。夕日が僕たちを優しく照らし、僕たちの影が長く伸びてくる。その時、ふと、ヒデキが真剣な顔で僕を見た。
「なあ、ショウタ」
「うん?」
「俺たち、ずっと友達だよな?」
ヒデキの言葉に、僕は少し驚いた。でも、すぐに笑顔で答える。
「当たり前じゃん。僕たちは親友なんだから」
僕がそう言うと、ヒデキはホッとしたように笑った。
「だよな! 俺、ショウタとずっと一緒に居たいんだ。大人になってもな!」
この感じは何だろう。胸がむずむずするような、熱くなるような、でも不思議と気持ちよく感じる。僕も、ヒデキとずっと一緒に居たい。僕は信じている。僕たちの友情が、いつまでも変わらないことを。
「ああ、僕もだよ」
「これからもさ、何かあったらあの木の下に行くことにしようぜ。困ったらいつでも会えるようにな!」
「いいね、それ」
「約束な!」
僕はヒデキと拳をぶつけ合った。僕たちの友情は、きっとあのセコイアのように、強く、そしてどこまでも続くだろう。