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(5)魔族、顔良すぎな件について

 

 いったいどうなっている?


 門前払いされる覚悟を決めてきたというのに。

 むしろ城まで無事にたどり着けるのか?という不安もあったが、誰に妨害されることもなく魔王が暮らしているという城に難なく辿り着いた。

 しかもアイドルの一日署長ばりに顔の良い門番と、見目麗しい執事みたいな人に恭しく出迎えられ城の中を案内される。

 暮らしはかなり人間寄りだと感じた。

 それにアト以外もちゃんと人型のようだ。城の中をきょろきょろと見渡しながら進む。


「一応テスキオの使者としてここにいるんですが」

「存じております」

「そう、ですか……」


 部屋に通されるとお茶とお菓子まで用意されていた。誰かと人違いでもしているんじゃないかというレベルの好待遇。

 クラーヌの元にいたときより遥かに良い待遇に戸惑いを隠しきれない。

 人間は嫌われているんじゃなかったのか?

 一応出された物には手はつけないが、すかされたような気持ちになる。


「準備が整いました。こちらへ」


 いよいよ魔王と対面だ。

 部屋の奥の扉を開けると、なんとも美しい女性が中央に立っている。


「ようこそ。私が魔王のルーナ・ミクリヤです。ここにいる補佐と共に魔族を取り仕切っています」

「サジェス・ヒガノです。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願いします。私はテスキオの国の使者として参りました。ソルと申します」


 ずらりと壁際に並ぶ魔族の人たちの視線を一身に浴びながら挨拶をするとルーナが口角を上げた。


「ソル、ですね。私のことはルーナとお呼びください」

「ルーナ様!!なにもそこまでっ」


 魔王に向かって呼び捨てはないだろう。

 もちろん断るつもりだったが部屋に少女の声が響いた。この声に聞き覚えがある。ルーナの背後から聞こえた声の主を確かめようと顔を上げると見覚えのあるツインテールの少女がいた。


 俺をずっと妨害してきたあいつだ。


 殺気だった目で睨まれるが、振り返ったルーナが「アト」と静かに名前を呼んだ。


 俺からは魔王の顔は見えないが、アトは「申し訳、ありません」と下唇を噛んで一歩下がる。そんな彼女の横に同じ暗緑色の髪をポニーテールにしている少女も見つけた。

 双子だったのか。

 ただ彼女の方は俺を見ることもなくただぼんやりと立っているだけ。同じ魔族でも人間に対する嫌悪感に差があるのかもしれない。


 再び俺の方へ向き直ったルーナは少し眉を下げた。


「あの子が失礼なことを言ってすいません」

「いえ、私は一介の使者ですから。ルーナ様と呼ばせていただきます」

「ただの使者ではないでしょう?あなたはテスキオの勇者であり特別な身体を持っている。だからそんなにかしこまらず、どうかルーナと」


 もちろん俺の情報は筒抜けだった。

 それはいいのだが、これは試されているのだろうか。ルーナと呼んだ瞬間アトに襲われてもおかしくない。ただ微笑みかけられ唾を飲み込む。


 ほんの僅かに茶色がかった灰色の長い髪が黒いドレスによく映えた。まるで月の雫のようだ。ほんとうに美しい。横に控えるサジェスという男も細いフレーム眼鏡が似合う端正な顔立ちをしていた。顔の良い二人が揃ってにこにこと俺を見ている。


「あ、それでは……私のこともソルとお呼びください」

「ええ、分かりました。ソル。今日ははるばるよくいらっしゃいました。さあこちらへ」


 駄目だ。これ以上突っぱねる気概は無くてルーナの意見を受け入れた。

 用意されていた椅子に座るとルーナとサジェス、それにアトと彼女そっくりな顔の子。そしてマッシュの青年が同じ席に着く。この青年もあまり好意的ではないらしい。

 でもアトと青年のようにジトとこちらを見据えている視線のほうがかえって安心した。

「ようこそ」なんて笑顔で迎えてくれる魔王と補佐の方がよっぽど恐ろしい。


 恐ろしい野獣のような魔王じゃないことを祈っていたが、こんな芸能人のような見た目をしているとは思っていない。


 顔が良すぎる。

 そうか……魔族ってことは、日本で言う悪魔とかそういう類。


 よく悪魔の囁きって言うけど。

 こんな美しい顔だったらそりゃ誘惑も騙されもするだろう。恐ろしい顔の化け物みたいな奴の言葉を聞こうとは思わないじゃないか。


 一人納得しているとルーナが「それで?なにかお話があるのでしょう?」と切り出してくれた。


 余計なことに気を取られていたが本来の目的を思い出す。慌てて書状を差し出すと、ルーナは破り捨てることもなくすぐに目を通してくれた。


 この間が緊張する。

 顔をあげたルーナは俺の目をしっかりと見ながら口を開いた。


「こちらのお話より先にひとついいでしょうか?」

「はい、もちろんです」

「あなたの身体の中からたしかに魔獣の存在を感じます。アトに話したことに嘘はないとはっきり言えますか?」

「はい。嘘はついていません。この身体は魔獣の遺伝子と人間の遺伝子を組みかえたものだと聞いています。心臓も魔獣のものだと」

「あなたは召喚された、と聞きましたがそれも本当ですか?」


 召喚の話まであの子にしただろうか。少し疑問が残るがバレているのなら嘘をつくこともない。


「ええ。私は人格だけの存在で本来は別の世界で生きていました」

「そうですか。それであれだけの働きが出来るのですね」

「……え?」


 なんて責められるかドキドキして待っているとルーナは微笑みを浮かべたまま「すごいわ。サジェスもそう思うでしょ?」なんて言う。

 同意を求められたサジェスもすぐに「はい」と肯定した。


「突然知らない世界にやってきて、慣れない身体のまま魔獣を討伐するなど、普通の人間では出来ないと思います。いかに彼が仕事に対して真面目であるかがよく分かる」

「サジェスの言う通りだわ」

「いや、あの……俺は」


 思わず”俺”と言ってしまうが、ルーナたちは何も気にしていない。


「謙遜しなくていいのよ。私たちは本当に感動しているんです。クラーヌの言うことを聞く義理なんてないはずなのに、どうしてそこまで働けるのかしら?」

「どうして……って、俺が一番分からないんですけど。でも、人類のためって彼が言うから。俺はそのためにここにいるんだし」


 正直自分でも分からないし、何度もやめてやろうと思ったけど、元々のワーカーホリックな性格が災いしたのかもしれない。


「人類のため?自分のためじゃなくて誰かのために一生懸命になれる人って本当に尊敬します。慣れない身体でよくここまで頑張ってきましたね」

「本当にソルさんは偉い」


 ルーナとサジェスに口々に褒められて胸がぎゅうとなった。

 温かくて鼻の奥がツンと痛む。じわりと滲む視界に自分が一番驚いた。気付かれないように俯いてサッと袖で目元を拭う。


 誰かに認めてもらいたかった。

 大の大人がそんなこと思うのはおかしいのかもしれないけど、一生懸命やっているんだからたまには褒めてほしかった。


 まさか俺の願いがここで、しかも魔王たちによって叶えられるとは……。

 膝の上で握りしめた拳に力を入れる。

 久しぶりに全身で浴びる賞賛や労いの言葉に浸かった心は、緊張や警戒心をほぐしていった。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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