(4)しつこいプレゼン
この日も仕事が遅いとクラーヌから怒られる。
アトが邪魔をしてくるからとクラーヌに言ったところで無駄だった。むしろ研究の邪魔になるなら魔族を殺せと言いかねない。
ただずっと怒られ続けるのも限界だった。
それなら俺にも考えがある。俺はクラーヌの研究室へ向かい彼に向かって頭を下げた。
「俺に魔王と交渉させてください」
「今、何と言った?」
いつもは作業をしながら人の話を聞いているが、さすがにクラーヌの手が止まる。
「やはり話し合うべきです。こちらの都合で一方的に魔獣を討伐するから、魔族にも邪魔され仕事が遅れる。効率が悪いと思いませんか?」
「効率?ハッ、この私に物事の効率を説くつもりか。無駄だ、以前も書状を出したがあいつらはそれを受け入れないどころか、あまつさえこちらに要求をしてきた。話が通じる相手じゃない」
「だからってこのまま進めても」
「いいか?時間の無駄だと言っている」
クラーヌは「戻りなさい」と言いながら、作業を再開させた。だけどそんなこと想定内だ。だから準備に抜かりはない。手にしていたプレゼン資料をクラーヌの机に置く。
「これは?」
「魔王と交渉するにあたっての利点と、交渉が上手くいった暁にはさらなる効率アップを望める、という点をまとめてあります」
「こんなのを作っている暇があるなら与えられた仕事をしたらどうだ」
「仕事が終わり次の指示があるまでの時間にまとめたものなので、仕事に影響はありません」
「そもそも書状を受け取ってもらえないんだぞ?城に行っても突き返されるのがおちだ」
クラーヌはぱらぱらと資料に目を通しながら突っぱねる。
「でも、」と言い募る俺を見かねてクラーヌはベーリーを呼んだ。そのまま無理やり部屋から連れ出されてしまう。
だけど諦めない。
こんなところで公務員の忍耐力が生きるとは思わなかったが。
それから一週間にわたり自分でも嫌になるくらいクラーヌの元へ行って説明を続けると、とうとうクラーヌが根負けした。
「わかった。これ以上お前に周りをちょろちょろされると研究にならない。そんなにやりたきゃ好きにしろ。ただし、今まで通り研究に必要な魔獣の討伐の妨げにならないように」
渋々だがとりあえずOKをもらった。
嬉しい。初めて自分の意見が通った高揚感に自然と口角が上がる。
部屋に戻った俺はさっそく書状をまとめた。
【魔獣を乱獲しない代わりに人間の邪魔をしないで欲しい。月に1体。こちらが指定した魔獣の討伐許可さえくれれば、森を汚すことも他の魔獣を傷つけることもしない。もちろん魔族に攻撃もしない】
内容的にはこういうもの。
魔族側がこれで納得するとも思えないが、とりあえず1回目は話をするだけでいい。魔王がどれくらい人間を嫌っているのか知るだけで十分な収穫だ。アトの対応を見る限り人間にかなりの嫌悪感を抱いているはず。
クラーヌが送った書状も突き返されたと聞くし、恐ろしい風貌のものが出てくる可能性も高い。なんて言ったって魔族だ。魔族ってあの悪魔とかそういう感じの生き物だろう?
門前払いも覚悟の上。
とにかくまずは敵を知らねば対策も立てられない。
どうか巨大で恐ろしい野獣のような男じゃありませんように……。
そう願いながら俺は書状を懐にしまった。