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(3)赤いキツネと緑の少女

 


 次の標的はクマ型の魔獣だった。

 一度戦っている相手だから怖くはないが、自分より遥かに大きいから緊張はする。


 傷をつけるな、との注文なので無鉄砲に討伐すればいいという話じゃないのが厄介なところ。

 息を潜めじっと魔獣の動向を探る。なるべく一撃で仕留めないとクマにも申し訳ない。


 基本魔獣は警戒心が強い。こうして気を遣っているから時間がかかるんだ。


 クラーヌはまったく分かっていない。あんたのこだわりのせいで遅くなっているんだ。傷だらけで持ち帰っていいなら俺だってすぐ帰るさ。



 クマの生息場所でただひたすらジッと待つこと4日目。


 忍耐強い俺にも限界ってもんがある。

 ふわあ、と欠伸をしていると大きな足音が聞こえてきた。


 目を凝らして音の聞こえる方を見ていると、ようやくその姿を捉えることが出来た。

 相変わらずの大きさに唾を飲み込む。気付かれないようにそっと背後に回り込んだ。まだ姿は隠したまま。強く拳を握りしめ好機をうかがう。


 密猟者ってこういう気持ちなのか。

 彼らにもし少しでも罪悪感があるのなら、きっと今の俺と同じ気持ちなんだろう。

 俺は密猟ってわけじゃないけど。でも、魔族にとっては密猟になるのかもしれない。


 心の中で手を合わせる。

 なるべくすぐ終わらせるから。


 ゆっくりと間合いを詰めていた俺の足がピタと止まった。肌の表面がチリチリが痺れる。激しい殺気をもろにくらった皮膚は粟立った。


(ヤバい。来る)


 咄嗟に身を潜める俺の目の前で、どこからともなく現れたあいつはクマ型の魔獣に顔を寄せていた。

 聞き取れないが、何か言葉のようなものを発しているのは分かる。


(くそっ。またやられた……)


 森の奥に逃げていく魔獣の背を見送って、思わず拳で地面を叩いた。


 この前も、その前も、あいつが現れてからますます討伐に時間がかかるようになった。ただでさえ警戒心が強いのに、狙われていることを知った魔獣たちはますます姿を現さなくなる。


 あのフルフェイスのせいで、俺はクラーヌに嫌味を言われながら怒られるのだ。


 身長は俺より小さい。

 最初は子どもかと思ったが、そもそも魔族の平均を知らなかった。いつも同じ殺気を感じるから多分同一人物だと思うが。


 どちらが悪いとかは置いておいて。

 こんなに邪魔をされると正直腹が立つ。


 魔族には魔族の言い分があるように俺にだって言い分はある。

 ただ平穏に暮らしたいだけなんだ。

 褒められなくてもいいから怒られないように。責められないように。心穏やかに暮らしたい。



 異世界で、勇者にもなって、俺はこんな慎ましい願いしかしていないんだ。



 深く息を吐き出す。

 振り下ろした拳を持ち上げると砂がパラパラと落ちていった。軽く手を払いフルフェイスの動向を探る。真っ向からやりあったことはないが、この身体を持ってしても感じるほど殺気立てる相手だ。只者じゃないだろう。


 いつものようにこのまま去るだろうと目で追っていると、顔の部分が俺の方へ向いた気がした。そんなわけないのに、目が合っているようにも感じる。


 風の音すら止まったように静まり返った森の中で息を吸い込む音がした。


「おいっ。そこにいるんだろ、人間!」

「っ!」


 言葉が分かる。

 予想外のことに気が動転した。

 身動ぎした音に気付いたのかフルフェイスは俺の方に近づいてくる。


 咄嗟に俯いた俺は自分の胸元を握りしめた。とりあえず落ち着け。そう言い聞かせるのに、頭の中では別のことでいっぱいになる。


「女……?」


 完全に男だと思っていたのに、聞こえてきた声はあまりにあどけなかった。まるで少女のような声に理解が追い付かない。思わず口についた言葉にフルフェイスの足音が止まる。


「やっぱり言葉は通じるんだ」


 それはこっちのセリフだ。

 声はすぐ近くから聞こえた。心臓の音がやけにうるさい。恐る恐る顔をあげると、数メートル先にいた少女がちょうどフルフェイスを取ったところだった。


 ひょこと飛び出てきたツインテール。

 暗緑色の髪色は森と調和し、予想よりさらに幼い顔立ちをした少女がそこにいた。

 白くふっくらとした頬に赤みが差す。少女は可愛い顔を怒りで歪めながら荒々しく声を張り上げた。


「こそこそしないで出てきなよ!出てきて……納得がいく説明をして。なんで、あんたからあの子たちの存在を感じるのか」


 徐々に細くなる声に俺の眉間にも皺が寄る。

 ここまできたら逃げきれない。少女は俺が潜む草陰をジッと見据えていた。


 ゆっくりその場で立ち上がると俺を見上げるように少女が顎を上げる。

 視線の先でぶつかった瞳が潤んでいるのを見て、かけるべき言葉を見失った。


「ちゃんと答えろ」

「それは。あの……君は魔獣と会話が出来るのか?」

「うるさいっ!人間のくせに私に気安く話しかけるなっ。あんたは私の質問にだけ答えればいいの」


 少女の剣幕に言葉を飲み込む。

 身体を突き刺すような殺気の理由が分かりそうで、なんて説明すればいいのか難しい。


 少女は魔獣と意思疎通を図っていた。だから少女が言う「あの子たちの存在」とは魔獣のことだ。


 言うべきじゃないのかもしれない。

 だけど誤魔化しきれる自信がなかった。


「この、身体は作られたもので。……君が言う通り、魔獣の心臓や遺伝子がここに」

「っ……なぜそんなっ。そんなむごいことを」

「でも彼らの命は無駄にしていない。俺たちにも理由があって……」

「黙れ人間!」


 地面を蹴るとツインテールが跳ねた。一歩目で俺の目の前まで来た少女は、唇を噛んで振りかぶった拳をゆっくりと下ろす。


「人間と共存なんてするからこんなことになるんだ」

「それは……」

「あの子たちと同じ目に合わせてやりたい。けどっ……人間のくせにお前の身体からあの子たちを感じる。だから」


 強く握りすぎて拳が震えている。

 少女は俺を睨みつけながらギリっと歯ぎしりさせた。


「いいか。あんたがそのつもりなら、私は徹底的に邪魔してやるから。この森で暮らす魔獣をこれ以上傷つけるなら許さない」

「君の言いたいことも分かるけど、こっちにも事情が」

「人間の事情なんか知るかっ!」


 吐き捨てるように言った少女はフルフェイスを被りなおした。

 すぐに俺から距離を取るとそのまま森の中へ消えていく。



 なんだかどっと疲れた。

 少女の怒りの理由が分かってしまい、その気持ちを痛いほど感じてしまった。


 心を通わせていた相手の生死に関わる話だ。俺だって実家で飼っていた柴犬のシバを勝手に研究材料にされたら……。


 許せる、許せない、の問題じゃない。


 クラーヌの使命と少女の気持ちの板挟みに懐かしい胃の痛みを感じた。

 ここに来て忘れていたが俺は胃が弱いんだ。


 八方美人でいさせてもくれない。

 いくら少女の気持ちが分かっても、俺はクラーヌに作られたテスキオの勇者だ。どっちを尊重するか考える余地もなかった。



 ――――――――――――――――――― 



 少女の言葉通り、その後俺は何度も森で対峙することになった。


 クラーヌが提示した納期は刻一刻と迫っているのに、警戒されてしまいなかなか上手くいかない。邪魔が入るせいで余計に仕事が遅れる。仕事が遅れるとまたクラーヌに怒られる。



 心が疲れ果てた俺は、草木の間で仰向けになっていた。



 生い茂る葉の隙間から覗く青空を見上げる。

 空の色は日本と変わらないな、なんて現実逃避を始める始末だ。


 何度目かのため息のあと上半身を起こした俺は肩を大きく回した。今日こそクマの魔獣を見つけないと。


 憂鬱な気持ちは足取りも重くする。

 足を引きずるようにして進んでいた俺は思わず間抜けな声を上げた。



「は?……赤いキツネ?」



 日本にいるときよくお世話になったカップ麺……ではなくて。本当に赤い毛を持つ狐がそこにいた。


 身体を小さく丸めているが、怪我をしているのか傷ついた足がちらりと見える。近づいてみると、近くに罠らしきものがあった。おそらくクラーヌが仕掛けた物だろう。


 狐は討伐対象ではない。

 このまま見過ごすことも出来ず手当をした。自分の傷はすぐに治るが気持ち的に用意しておきたくて、包帯や薬を準備しておいてよかった。


 包帯を足に巻き、携帯食を小さくちぎって顔の前に差し出す。一応魔獣の遺伝子を持つ俺が食べられるものだからこの子が食べても大丈夫だろう。


 最初は警戒していたが、この子も俺の身体の中から何かを感じたのか、恐る恐る食べ始めた。

 もぐもぐ食べる狐が可愛い。荒れ果てた心に栄養が満ちていく。


 少しくらい休憩したっていいだろう。どうせ怒られるんだし。俺は狐が食べ終わるまでずっとそばに居た。


 それにしても、なんと可愛いことか。

 ふさふさで、もふもふの毛がそよ風に揺れる。つぶらな瞳は携帯食をしっかりと捉え、懸命に口を動かしていた。


「あわてて食べなくても大丈夫だよ。なんかどうでもよくなってきたし」


 元の世界にいたときも。この世界にいる今も。誰にも聞いてもらえなかった心の内側が剥がれだした。


 語り掛けるように狐に愚痴をこぼす。


「どこの世界に行ったって変わらない。一生懸命やっているのに誰も褒めてくれない。俺はずっとこういう役回りなのか」


 一生懸命なんて求められていないんだ。

 仕事場で重宝されるのは仕事の良し悪しではなく、愛され力だと気づいた。


「召喚されて、勇者だなんて言われていい気になっていた自分が恥ずかしいよ。いくら外側が良くたって中身は俺なんだから」


 俺は要領も良くないし、上司に好かれるタイプでもなかった。仕事が出来なくても上司に好かれてる奴はいっぱいいたし、誰からも愛される人間というのは存在する。


「要領が良くない俺は、一生懸命やることしか出来ないんだ」


 独り言を言っている間にいつの間にか狐は全部食べ終わっていた。

 きゅるんとした瞳で俺を見上げている。話を聞いてくれていたみたいで胸がぎゅっとなった。

 ありがとう、の気持ちを込めてそっと背中を撫でると、何故か狐は膝の上に乗ってきた。


 慰めてくれるのか?

 すり、と頬ずりしてくれる狐に思わず「くっ」と声が漏れた。本当に可愛すぎる。我慢できずそのまま狐を抱きしめて、ふわふわな身体に顔を埋めた。


 実家の犬を思い出す。懐かしさも相まってもふもふを堪能していると、急に指を噛まれた。

 あ、やってしまった。せっかく心を許してくれそうだったのに。


 慌てて顔を上げると狐はぴょんと俺の膝の上から飛び降りた。


 焦ってしまった。

 いくら可愛いとはいえ野生動物、いや、あれは魔獣だけど。どっちにしても距離の詰め方を見誤ってしまった。


「罠に気をつけろよ!!」


 一目散に逃げていく背中を見つめ俺はそう声をかけるしか出来なかった。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

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