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(2)人間でも魔獣でもない

 


 一応素直に従ってはいたが、まだ100%信じたわけじゃない。だってそうだろう?こんな突拍子もない話すぐに信じられるほうがどうかしている。


 意識朦朧として幻覚を見ていると言われた方がまだ理解できる。丁寧な説明を受けてもどこか他人事のようで、ありえないと思う自分がいた。


 けど、今まさに。


 実感した。

 せざるを得なかった。

 この身体の中に、魔獣の遺伝子が生きている。


 長椅子に座って頭からタオルを被り背中を丸めた。

 自分はもう村山太陽ではない。これで認めないなんて言うのはただの分からず屋だ。そこまで物分かりが悪くなったつもりはないが、意識がここにあるだけでジェットコースターにでも乗っている気分になる。


 気持ちと身体の乖離がひどく、自分が自分じゃない感覚についていけない。

 それが切ないのか、それとも恐ろしいのか。燻った感情に名前をつけられずにいる。



 クラーヌに別室に連れていかれた俺は2時間ほど様々な実験に付き合わされたのだ。



 部屋に入った途端、突然クマみたいな魔獣を放たれた。

 俺の選択肢は“逃げる”一択だったのに、この身体はそんな判断をしない。むしろ攻撃性が高まっているのを感じた。いつしか気持ちも身体に引っ張られ、俺は喜々として魔獣に向かっていきあっという間に制圧した。

 遺伝子や心臓とはいえ元を辿れば魔獣同士のはずなのに。クラーヌいわく戦闘意識を高めてあるからなのか、戦うことを本能で選んでしまう。


 人間にそんな動き出来るはずがない。

 俊敏さも、回復力も、攻撃力も、防御力も、どれをとっても人間の限界を超えていた。


「見事に身体を使いこなせているようだな。傷口もすぐに塞がる。完璧だ」


 気持ちはへとへとに疲れているのに身体的に疲労はない。それがやっぱり気持ち悪くて俯いたままクラーヌの満足気な声を聞く。


「さっきのあれが魔獣ですか?なんでここに……それより俺はあの生き物を、殺した?」

「あれは生け捕りにした魔獣だ。訓練用だからな、死なせないさ」

「そう、ですか……よかった」

「なんだ?魔獣の心配をしているのか?お前の役目はあいつらや魔族の奴らと闘うことなんだぞ」


 勇者、というからには薄々勘づいていたが、ただどんな見た目であれ、自らの手で殺生をするのは気が引ける。


 平凡なただの限界公務員だったのに突然魔獣と闘う勇者になれ、なんて無茶を言われても無理に決まっているじゃないか。絶対無理だ、無理。そう思っていたのに……。


 出来るはずがないことが簡単に出来てしまい途方に暮れた。


 ただ、空気を読むのは得意だった。

 自分の感情のまま言葉を発しようとは思わない。


「いえ、そういう意味じゃありません。役目はちゃんと果たします」

「そうか!頼もしいな。期待しているぞ」


 上司の言うことは絶対だ。

 案の定素直に返事をすると、クラーヌは満足そうにベーリーを呼ぶ。


「私は研究に忙しい。詳しいことはベーリーに聞いてくれ」

「分かりました」

「ベーリー、勇者のことを頼んだぞ」

「かしこまりました。クラーヌ様」


 クラーヌはベーリーに指示を出してすぐに部屋を出ていった。意思疎通は出来るといってもロボットと二人にされると正直困る。


「ソル様」

「あっ。……はい」

「なにか質問はありますか?」


 若干の気まずさを感じているのは俺だけか。ベーリーは丸い目でこっちをジッと見つめてくる。敬語をやめて少し砕けた口調で問いかけた。


「俺の役目はさっき聞いたけど、具体的にここで何をすればいいんだ?」

「完全に人格が定着したか、もう一度実験が必要です。それが終わるとクラーヌ様の研究のために仕事をしてもらいます」

「仕事?」

「はい。森へ行き魔獣を討伐し研究所まで持ち変えるという仕事です。その際に魔族からの攻撃があれば戦闘も必要になります。ただ魔獣に傷はつけないように」

「それは……可能なのか?」

「可能かどうかではなく、やってください」


 ずいぶん横暴な。

 直属の上司を思い出してしまい胃が重くなる。

 ベーリーは俺の顔色の悪さには気付かないのかそのまま続けた。


「必要な魔獣はクラーヌ様から指示があるので、それに従ってください」

「従うのはいいけど、そもそも魔獣がいる場所は分かるのか?」

「森の全ては解明できていませんがある程度はクラーヌ様が調べています。生息地など記されたものがあるのでそれを見て必要な魔獣の討伐に向かってください」


 なんだか狩りでもするみたいな言い方だな。

 とりあえずやることは分かったが、あまりにも簡単に言うけど本当に俺に出来るのだろうか。


「心配ありません。ソル様がどう思うとその身体があれば大抵のことは可能に出来ます。クラーヌ様がそう作られましたから」

「ベーリー、俺の考えていることが分かるのか?」

「感情を読み取る機能が備わっています。くわえて、この国の人間よりソル様は表情豊かでいらっしゃいますから」

「表情豊か?俺が?」


 だったら俺の顔色の悪さにも気づいてほしい。いや、もしかしたら自分が思っているほど顔色は悪くなかったのか。それよりこの俺が表情豊かなんて言われる日が来るとは思っていなかった。


 近づいてきたベーリーは液晶を鏡に変える。

 そこに映る自分の顔を見て思わずぺたぺたと頬を触ってしまった。


(俺、やっぱりこの世界に来て良かったかも)


 前日職場で見た自分の顔の酷さが嘘みたいに。

 目の下のクマは消え、頬もふっくらし、顔に生気がみなぎっている。

 たったこれだけでなんだかやる気が満ちてきた。



「そういえばこの身体は亡骸だったんだよな?この人の家族はどう思っているんだろう」

「派遣員はテスキオの民ではありません」

「え?」

「彼らはこの国の技術を盗みに来た他国の者がほとんどです。クラーヌ様の認可の元、足りない人手を増やすために子を産み生活をしている人たちもいます」

「それは……あまりいい話じゃないな」


 結婚とか子育ては人から決められたり、強制されるべきじゃない。相手がいない俺ですらそう思うのに。

 ボソッと呟くとベーリーは丸い目で俺を見上げる。


「倫理観の問題でしょうか?」

「いやまあ、そう難しいことじゃないけど」

「この国ではこれが普通で正常な考え方です。他国の人間にこの国の技術が盗まれれば、それこそ世界が変わります。今までこの島から生きて出た人間はいません。そんな島に来るのですから彼らも相応の覚悟を持っているはず。ここに来ることになった経緯は知りませんが、すぐに殺されないだけありがたいと喜ぶ者もいるくらいです」


 生きて出られない島から技術を盗んで来いと言われるのはどんな人間なんだろうか。たしかに死を覚悟して来たのなら、どんな理由があるにしろ家族を作って生活を送れるのなら幸せなのかもしれない。


 そもそも俺が生きてきた世界とは違う。

 魔獣や魔族と共存している世界だ。ここでは自分の価値感だけで判断しないほうがいいのかもしれない。


「クラーヌさんたちは、その技術を守っているんだもんな」

「はい。ソル様も私もそのために作られました。テスキオの、いいえすべての人間のために役目を果たしましょう」

「分かった」


 俺がここにいる理由はクラーヌの偉大な研究の手伝いをするため。たしかに不老不死の研究が進めば助かる人間も大勢いるんだろう。倫理や道徳なんて考えたら仕事にならないことは知っている。


 公務員は国民や社会のための仕事と言われていた。

 魔獣の心臓と遺伝子を持つ勇者は、すべての人間のために働く。これもけっこうアリかもしれない。



 今度こそ頑張ろう。

 ここでなら俺が夢見たキラキラした人生が送れるはずだ。




 ――――――――――――――― 




 俺は馬鹿だ。

 今まで詐欺にあわなかったのはただ運が良かっただけなのか。



「勇者の扱いってこういうもんだっけ」



 あれから再度実験という名の検査を受け、晴れて勇者としてクラーヌの仕事を手伝うことになり二ヶ月ほど経った。

 不安はあったけど、俺はもう勇者ソルであって村山太陽ではない。最初の内はただ言われるがままやっていたが、徐々にこの身体の使い方も分かってきた。



 ほぼ不眠不休。

 警戒心が強い兎型の魔獣を捕獲するのに十日がかかった。

 

 大型の魔獣ではないから今回は楽な任務かと思っていたが、途中魔族からの妨害も受け、なかなか手間取ってしまったんだ。


 しかも妨害してくる魔族は何故かフルフェイスのような物を被っている。言葉が通じているのかさえ怪しい。それに表情が認識出来ず、視線の動きも読めないから戦いづらかった。


 それでもやっとクラーヌが指定した魔獣を持ち変えることが出来た。


 今回もハードな任務だった。けれど俺は俺なりに一生懸命頑張ったのだ。なのに待っていたのは賞賛でも労いでもなく小言だった。



「遅い。なぜ十日もかかったんだ」

「すいません」

「まったくお前の身体は多少無茶をしても大丈夫だと言っているだろう」

「はい」

「一つの個体に。しかも今回は小型だぞ。これに十日もかかっていては話にならない」

「すいません、でもこの魔獣は警戒心が強くて、しかも魔族の妨害も……」

「言い訳を聞くのは一番時間の無駄だ。もういい。ほら次の仕事だ。お前のせいで実験に遅れが生じている。次は頼むぞ」

「あっ、……はい。分かりました」


 荒々しい音を立てて扉が閉まる。部屋を出て行ったクラーヌを見送った俺は、体中の二酸化炭素を全て吐き出した。


「っ、……はあーーっ」


 どこに行ってもこれか!!!


 帰ってきた途端、次の仕事?

 勇者だなんだと言われて良い気になっていた自分が恥ずかしい。


 勝手に召喚されたのに、素直に勇者として異世界で魔獣を倒しているだけでも褒めてくれよ。

 なんでこんなところまできて社畜と変わらない日々を送らなきゃならないんだ。


「やめてやろうか。俺は不老不死なんてどうでもいいんだよ。チッ。……そもそもクラーヌが自分でやればいいだろ。研究ばっかりして研究室に籠もっているから、あんなもやしみたいな見た目になるんだ。だいぶ老けてみえるし」


 俺がわざわざ身を粉にして働く理由なんて何もないはずだ。そうだ。絶対おかしい。


「ソル様」

「っ!」


 突然声をかけられてビクッと肩が跳ねる。

 聞こえていた……?

 恐る恐る振り返るとベーリーがジト目でこっちを見上げていた。


「今クラーヌ様の悪口が聞こえましたが」

「言ってない!言ってない!」

「……次、聞いたら報告しますからね」

「ベーリーありがとう」


 ジト目からいつもの顔に戻った。

 ヤバい。どんなに腹が立っても理不尽だと思っても、揉め事を起こしたくはない。見逃してもらえてよかった。


「今回は魔族との戦いもあったのですね。明日に備えて早く休んでください。私はまだクラーヌ様の手伝いがあるので失礼します」

「ああ、そうするよ。ベーリーも早く休めよ」


 背を向けたベーリーにそう声をかけるとくるりと振り返った。いつもの表情のままだったが、一瞬間が空いてベーリーが話し出す。


「ソル様。この前もお伝えしましたが、私は休まなくても大丈夫なんですよ」

「あっ。そうだった。でもまあ……気分的にさ」

「私には気分もありませんが、でも、ありがとうございます」


 にっこりと山なりの目に変わった顔を見て、束の間の癒しを得た。ベーリーが部屋を出て行き今度こそ一人になる。


 今日は早く休もう。

 久しぶりにベッドで眠れることが何よりも嬉しい。自分で用意しなくても温かいお風呂が準備してあるし、日本にいたときよりマシだ。絶対こっちの方がいい。そういう思考になるように自分に言い聞かせる。


 仕事をしていたとき痛感したじゃないか。

 褒められたいとか認められたいとかそんな子どものような考えは捨てよう。

 

 人間の見た目をしているが人間ではない。かといって魔獣を討伐するのだから魔獣でもない。何者でもなくなってしまった俺が、この知らない世界で暮らしていくにはクラーヌの言うことを聞くしかないんだ。


 俺はもう大人だ。言われたことさえ出来ていれば怒られないんだから。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

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