公爵令嬢はでっち上げられた不貞を理由に婚約破棄を言い渡されたので、その旨の契約書を作りました
公爵令嬢であるメアリ=ディセンブルは裁判の被告側に立たされていた。
これは王族裁判であるため、普段はダンスパーティーを行う吹き抜けの大きなホールで行われている。
そこへ歩いて近づいて来るのは王子であるキーン=オフェッセンである。
私の婚約者でもある。
キーンは周りにいる王様をはじめとする王族と貴族の方を見た。
「私の婚約者であるメアリのためにご足労感謝いたします。しかし、内容が内容ですので示談したいのですが、王様よろしいでしょうか?」
「よかろう」
なぜこの裁判は示談となるのか。
メアリは執事に調べさせた情報を元に事前に知っていたのである。それはメアリが行ったと”でっち上げられた”不貞についてだ。つまり王子以外の男性と深い仲になったということだ。不貞というのは王族に珍しいことではない。大体の場合は暗黙の了解のことが多い。それは結婚後のことがほとんどだからだ。
しかし今回は婚約中だ。当事者だけではなく国をもゆるがすことがある。
王子は自分勝手な愚かな男だがその辺は教育係が口酸っぱく教えたのだろう。
メアリは王様の前で深々とお辞儀をするとキーンの後ろをついてホールを出て行った。しばらく歩いていると応接室の1つにたどり着いた。執事が扉を開ける。
部屋の中には金の蔓と葉を表した刺繍を施した豪華な壁紙に曲線が優美なソファがある。それに合わせるように猫足になっている机が真ん中に設置されている。
さぁ、私の戦いはこの机で行われるのね。
示談とは名の通り、話し合いで今回の出来事を収める話し合いをするのだ。でっち上げられたといってもその作られた証拠に対する対抗策である”反証”がない。それはメアリにとって不利な状況だった。
だが、そうは言っても相手は愚かわいいと評判のキーン王子だ。甘やかされてきたのだろう。王子はソファに腰掛けるとメアリを反対側のソファへ座るように促した。二人は正に机を挟んで臨戦体制になった。
「さてメアリ、話をまとめようじゃないか。シューメル、不貞についての説明を」
王子は執事に説明を促した。
全く王子ったら、うまく説明できないからってシューメルばっかり使って成長のかけらもないわ。
シューメルは深くお辞儀をするとメアリを見て説明を始めた。
「メアリ様はモルゲン=カインセラ侯爵とこの4カ月にわたる計23回の逢瀬によって不貞を行いました。その回数の根拠はモルゲン様とメアリ様の執事、従者、その他目撃者の複数人による証言から成っています。そのうち5回はモルゲン様よりメアリ様に贈り物をしている記録もございます。こちらがリストになります」
シューメルはリストをメアリに渡してきた。
目撃者だけではなく、記録としても証拠を作っているのね。誰の仕業かわからないけど用意周到だわ。
メアリがそう考えていると、それを見たキーンがにやりとした。
「メアリ、ぐうの音も出ないのか。まぁ落ち着け。俺も感情だけで動く愚か者ではない」
わあお、王子が愚か者ではないなんて驚きですわ。
シューメルは紙のようなものを王子に渡している。
「この話し合いの後に何かあっても嫌だからな、婚約破棄についての契約書を作ることにしたのだ」
王子は自信満々に胸をはった。
望むところよ、私も安心できる第二の人生を歩みたいわ。次は隣国に行って畑なりパン屋なりしてスローライフを送るんだから。⋯⋯はあ、もっと王子が賢かったらもっと話も弾んだだろうし、王子から任せてもらえる政務もあったはずだわ。そうだったらどんなに良かったかしら⋯⋯
「かしこまりました。王子がしっかり者で助かりますわ」
「ははっそうだろう」
王子はそう言うと紙を自分の前に置き、何かを書き始めた。なんとその契約書を王子が書くらしいのだ。メアリは驚いで王子の書いている様子をじっと見ている。王子が顔を上げるとメアリは目が合ってしまった。すると王子が口を尖らせている。
「なんだ、俺が自ら作ってやるというのだ。いいだろう?」
「えぇ、素晴らしいです。一言一句漏らさずにお願いしますわ」
「待て、話しかけられると書き間違える」
「⋯⋯失礼いたしました」
「まずは婚約破棄についての条件をまとめる」
王子は何かを書き始めた。
「俺がメアリに渡した金品を含む贈り物をすべて返却すること、いいな?」
確かに持っていては面倒になるかもしれないわね。
「大丈夫ですわ。婚約破棄をした後の爵位はどうなるのでしょうか?」
王子はペンを止めて考え始めた。
「ふむ、どうしようか⋯⋯」
そう言いながらシューメルを見た。
まぁ考えも放棄するなんて勢いがあったのははじめだけね。
シューメルは苦しそうな声を出した。
「さすがに公爵のままではいられませんね⋯⋯」
「それは重々承知しておりますわ。しかしこの先一人で生きていく身で平民は心もとないですわ。せめて名ばかりでよろしいので地方の男爵くらいの爵位はいただけないでしょうか?」
シューメルは王子を見た。
「よかろう! 俺もまさにそう思っていたのだ!」
メアリはそれを聞いて呆れた。
まぁ! 言いなりになっている王子は遠くから見るくらいなら可愛いものね。⋯⋯こんなに近いと話になりませんわ。
「他になにかあるか?」
「⋯⋯いいえ、特にはありませんわ」
男爵くらいの爵位があれば第二の人生はなんとかうまくいけそうね。
その時シューメルがこっそり王子に何かを言っている。王子はそれを聞くとメアリにこう伝えた。
「一人で新たな人生をスタートさせるのは大変であろう。住む場所が決まって、すべての荷物を運び入れるまでは今の爵位とする。素晴らしい案だろう?」
王子はあたかも自分の意見のように胸をはっている。
さっき、シューメルが入れ知恵してたじゃない。お馬鹿な王子⋯⋯。
王子は書き終わるとメアリを見た。
「これで、婚約破棄だ。サインをしてくれ」
メアリは王子から契約書を受け取ると内容も見ずにサインをした。そして王子に渡すとこう言った。
「キーンさま、今までありがとうございました。私キーンさまは嫌いじゃありませんでしたのよ。でももう少し話の合う方だと良いなとは思っていましたわ⋯⋯」
王子はこれを聞いてにこにこと笑顔をふりまいている。
「それは良かった。契約書を確認してくれ」
ーーーーーーーーーー
(王子の目線)
キーンは裁判が始まる前に執事のシューメルにこう告げた。
「シューメル、ようやく第2王子のしっぽを掴んだぞ。メアリをありもしない不貞をでっち上げて俺たちを婚約破棄にする気だ。婚約破棄したら2度と結婚どころか婚約も出来なくなる。先に仕掛けるぞ」
「キーンさまがわざと愚か者のフリをしたかいがありましたね。かしこまりました」
■
キーンはシューメルに王族が結ぶ契約書の紙を持ってこさせた。
「まずは婚約破棄についての条件をまとめる」
キーンは契約書を書き始めた。
「俺がメアリに渡した金品を含む贈り物をすべて返却すること、いいな?」
キーンはこう書き始めた。
【メアリ=ディセンブルはキーン=オフェッセンから受け取った金品を含む王子が認識する贈り物を王子の許可なしに手放すことは出来ない】
「大丈夫ですわ。婚約破棄をした後の爵位はどうなるのでしょうか?」
キーンはペンを止めて考え始めた。
「ふむ、どうしようか⋯⋯」
そう言いながらシューメルを見た。
考えるフリでもしておこう。
シューメルは苦しそうな声を出した。
「さすがに公爵のままではいられませんね⋯⋯」
「それは重々承知しておりますわ。しかしこの先一人で生きていく身で平民は心もとないですわ。せめて名ばかりでよろしいので地方の男爵くらいの爵位はいただけないでしょうか?」
さすがはメアリだ。ちゃんと後のことを考えているんだな。この契約書さえ結んでしまえば第2王子も手を出せなくなる。
「よかろう! 俺もまさにそう思っていたのだ!」
キーンはこう書き始めた。
【メアリ=ディセンブルとキーン=オフェッセンの婚約は破棄できないものとする。また結婚の日取りの優先権はキーン=オフェッセンが有する】
これで良し。
「他になにかあるか?」
「⋯⋯いいえ、特にはありませんわ」
その時シューメルがこっそり王子に聞いた。
「他にも何かございますか?」
「あぁ、もう少し入れるものがある。」
キーンはシューメルにそう返すとメアリにこう伝えた。
「1人で新たな人生をスタートさせるのは大変であろう。住む場所が決まって、すべての荷物を運び入れるまでは今の爵位とする。素晴らしい案だろう?」
キーンは書き始めた。
【本日より今後一切のメアリ=ディセンブルに対する醜聞を口にした者あるいは広げることに関わった者にはキーン=オフェッセンの采配により厳しく罰する】
それから1番大事なことを書かなくてはならない。
【本日、この契約を結ぶ場において契約締結に至るまでの一切のキーン=オフェッセンの言質は無効とする】
これで良し。
書き終わるとメアリを見た。
「これで、婚約破棄だ。サインをしてくれ」
メアリはサインをしてキーンに渡すとこういった。
「キーンさま今までありがとうございました。私キーンさまは嫌いじゃありませんでしたのよ。でももう少し話の合う方だと良いなとは思っていましたわ⋯⋯」
キーンはこれを聞いてにこにこと笑顔をふりまいている。
「それは良かった。契約書を確認してくれ」
■
メアリは契約書を読んで目を丸くした。
「なんですの? この内容はさっき話したものと全然違いますわ」
「そうなんだ。契約書の1番下を見てくれ」
メアリは急いで契約書の1番下に目を移した。
「えっ、【本日、この契約を結ぶ場において契約締結に至るまでの一切のキーン=オフェッセンの言質は無効とする】!?」
この部屋に入った時から王子の言質を無効にするってことは、さっきのは全部嘘ってことよね?
王子は真剣な顔をした。
「メアリは第2王子に嵌められて不貞の罪をでっちあげられたんだ。そして俺たちを婚約破棄に追い込んで、君を自分のものにしようとしている。」
「そんな⋯⋯」
シューメルがお辞儀をした。
「恐れながら申し上げます。メアリさま、キーンさまは愚か者のフリをしてこの国の貴族の勢力を探っておりました。」
「おかげで細かいところまでよく分かった。第2王子の勢力には覚悟してもらうぞ。それからこの契約書はこの後、王様と裁判長へ提出される。正式な王室の契約書として有効となる。もちろん君さえよければだが⋯⋯」
王子がこんなしっかりしている人だなんて思ってなかったわ。心の準備が出来ない。
「俺はメアリを愛している。こんな契約書を書いてでも囲いたいくらい君を想っている。選んでくれないか? 俺か、第2王子か」
王子の熱のこもった視線にメアリの胸はうるさくなり始めた。
急にそんな真剣な顔で見てくるなんてずるいわ⋯⋯
メアリは王子に近づくと、王子の胸に顔をそっとつけた。
「キーンさまがどれくらい私のことを想っているのか見せて下さいませんか?」
「これからの人生でずっと見せ続けるよ」
(おわり)
お読みいただき、ありがとうございました。
誤字・脱字がありましたら、ご連絡よろしくお願いします!