7話
梨沙と付き合うようになって一気にみんなからの押しもなくなった。おそらくなにか察したのだろう。それでも応援はしてくれて、なんていいやつらに囲まれてたんだろうなって気づいた。
例の同級生にも付き合ってるって言ったら態度が変わって応援してくれるようになった。案外あいつが言ってたみたいに悪いやつじゃないのかもななんて思えて、それと同時に俺はクラスにも打ち解けられるようになってきていた。
全部梨沙のお陰だ。あの時出会ってなかったらなんてそんなこと考えたくないと思ってしまう。
俺も変わらなきゃ変わらなきゃと思うようになって随分人と話すようになった。担任からも三者面談で「クラスに打ち解けてくれたみたいで安心したよ」なんて言われてすっかりぼっちじゃなくなってしまったけれど今の生活も悪くないと思えるのは梨沙があんなに頑張ってくれたお陰だろう。
季節も変わって今日も並木道を二人で歩く。
「先輩が言ってたみたいに本当に紫陽花綺麗ですねこの道。春は桜が綺麗だし私もこの道好きかもです。」
「な、言っただろ?だからなんとなくいつもこっち使っちゃうんだよな俺。」
「先輩もそういう感受性持ってるんですね!」
「俺の事なんだと思ってんの。」
「だってぼっちだったし人が少ないからって理由でこっち使ってたじゃないですか。でも私は二人きりになれるこの時間好きだなぁ。」
「……そうだな。」
なんというか全てを話さなくても伝わる感じが心地いい。梨沙とは未だに手を繋ぐ以上のことはしてないけれどそれで十分だった。普通の高校生ならもっとがっついてるんだろうけれどさ。クラスメイトにもどこまでしたのかよく聞かれるしそれでも男かとか言われたりもするけど。何より傷つけたくないのだ。それが怖くて家に遊びに来たりもしているけれどいつも楽しく話して終わり。
嫌われたくないって言う感情が強くて一歩を踏み出せない。たまに誘ってくれてるような雰囲気はあるけれどただ服を着たまま抱き合って眠ったりその程度で。ただこうして一緒にいる時間は何よりも幸せだった。
梨沙が携帯で紫陽花を撮ってる。その後ろ姿を見ながら俺なんかで本当にいいのかなんて考えがまだ浮かんでくるけれど俺じゃなきゃ嫌だと俺がそういうことを言う度にはっきり言ってくれる梨沙は俺の無くなりかけていた自尊心すらも回復させてくれる稀有な存在で、度々浮かんでは消える俺なんかがこんな幸せでいいのかっていう考えも少しずつ消えていってくれた。
今日も梨沙は綺麗で、絶対に手離したくないと強く思った。だからこそ俺が変わる必要があるんだ。めんどくさいなんて言ってられない。
「……帰りクレープ屋寄るか?」
「私はどっちでもいいですけど先輩と長くいられるなら寄りましょうか。」
「梨沙の好みを教えてくれ。」
「なんですか急に。」
「いや、梨沙のこともっと知りたいと思って。」
「へぇ。先輩もうすっかり私の虜ですね!」
「まあそのなんていうかだな、付き合ってるんだしもっと色々知っといた方がいいかななんてさ。」
「小学生の時みたいなプロフカード作ってあげましょうか?」
あー、居たなそういややけにカード渡して書いてって催促してくる女子。懐かし。
「いや口頭でいいわ。あれは恥ずいし。」
「私に捨てられたくないなんていう女々しい理由なら絶対教えませんけど私のことを知りたいって言うなら教えます。」
「いや本当に知りたいんだよ。プレゼントとか選ぶ時参考になるだろうしさ。」
「あー。私の誕生日知ってます?」
「……知らない。」
「そこからかぁ……。私の誕生日8月1日なんですけど夏休み中なんですよね。だからあんまり祝われたことなくて。」
「俺は祝うぞ。可愛い彼女の誕生日祝わないとかないからな。」
「先輩も遂に可愛いって認めましたね。」
「いやだって誰が見たって可愛いだろお前。」
「私だってたまにブスとか言われますよ?」
「そいつの目おかしいだろ。」
「まあ嫉妬でしょうけど。先輩は相変わらず死んだ魚みたいな目してますよね。それが可愛いんですけど。」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしろ。」
「え〜、褒めてますよこれでも。私にとっては世界一かっこいいですし。」
「なんかそう直球で言われると恥ずかしいな。」
「先輩と会うために一年我慢したくらいですし。」
「……ありがとな。」
「いえいえただの自己満ですよ。正直付き合えるとか思ってませんでしたし。私自分に自信ないんで。でもそんな私を変えてくれたのが先輩なんですよ。」
「変わりすぎてて最初気づかなかったけどな。」
「あの時ほんとに傷ついたんですからね?いいですけど。」
「今くらいなら最初から気づいてたかもな。」
「確かに入学当初よりは落ち着きましたけど。」
梨沙と歩いていると帰り道があっという間に感じる。もう駅に着いてしまった。……クレープ屋寄るか。
「先輩もしかして最近私と離れるの寂しいとか思ってます?いつも寄り道するし。」
「……そうだけど。」
「いつか一緒に住めたらいいですね。それまでは我慢です。私だって寂しいですし。」
「……そっか。一緒だな。」
「じゃあクレープ以外もたまには食べましょうよ〜!別にカレー屋とか牛丼屋とかでもいいですからね私は。」
「いやそんなところ連れて行けるか。すごい目で見られそうじゃん。せめてファミレスにして。」
「え〜、別にいいのに。先輩お小遣い少ないじゃないですか。無理しなくてもいいんですよ?」
「まあそれはそうなんだが最近何故かお小遣い増えたんだよな。妹が話したのか知らないけど。」
「家族公認ってことですか!?じゃあうちの家族にも認めてもらわなきゃですね。」
「まあいつかは、な。」
「今日うち来ません?」
「……いいのか?」
「親はいるかもですけど多分私普通にいつも話してるんで認めてはくれてると思いますよ。」
「じゃあ行くか。」
「はい!あっ、私の同人誌コレクションは見ないでくださいね!?」
「大丈夫だから。好きなものは好きでいいだろ別に。それがお前なんだったら俺はそれを受け入れるだけだし。」
「……先輩ってほんとクーデレですよね。」
「違うし。自分に正直なだけだし。」
「先輩言い訳する時語尾に(〜だし)ってつけまくりますよね。」
「……そうか?気にしたことないわ。」
「私はいつも先輩のことよく見てますからね。」
そういって胸を張る梨沙。やっぱり可愛い。なんで俺なんかと……やめだやめだ。ネガティブな思考に陥ると碌なことがない。梨沙が俺を選んでくれたそれだけで十分じゃないか。俺も自信を持つべきだろう。梨沙に相応しい彼氏になるためにはそこからだ。俺も梨沙のことをちゃんと見てちゃんと学ばなければ。
初めて入る他人の家がまさか後輩の彼女のものになるとは……。
「お、お邪魔しまーす。」
「何硬くなってるんですか先輩。結婚の挨拶に来た訳でもないんだし気楽にしてていいですよ。」
「いや俺他人の家行くの初めてだからさ。」
「あら、いつも梨沙が話してる先輩くんかな?初めまして。私は梨沙の母です。」
いきなり現れたのでびっくりしたがなんとか言葉を紡ぐ。
「あの、俺梨沙の先輩の杉田って言います。宜しくお願いします。あと先日のお土産ありがとうございました。家族も喜んでました。」
「やっぱりそうなのね!私のことなんか気にしなくていいから梨沙と仲良くしてあげてね。この子こう見えて寂しがりだから。」
「お母さん!もう、うちの家族はみんなこうなんですよ……。先輩、私の部屋行きましょ!」
「おう。とりあえず嫌われてないみたいでよかったよ。」
「いつも割と誇張して話してるのでそれもあるかもですけど先輩のことは前からちゃんと話してあるので。」
「誇張してるんかい!」
「まあ私にとってのヒーローだとは言ってます。それは嘘じゃないですし。」
「そこまでした気はしないんだが……。」
「前も言いましたけど私にとっては十分なんです。もっと自信持ってください。流石にナルシストはキモいですけど先輩は自己評価低すぎますよ。」
「そっか。ありがとな。」
「いえいえ!」
梨沙の部屋に入る。中はなんというか女の子っぽい部屋というほどでもなく梨沙の几帳面さが表れている感じがした。ベッドの布団もすごく綺麗に畳んであるし。俺なんかは起きた時のまま放置してるからいつも布団が偏ってるんだけどさ。ふと本棚が目につく。流石文芸部。めっちゃ本あるじゃん。よく見るとそれは少女漫画で梨沙もこういうの読むんだなーと意外さも感じた。
「先輩あまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいので。」
「ああ悪い。つい、な。めっちゃ整頓されてるな。」
「なんか気になるっていうか、友達いつ呼んでもいいようにはしとかなきゃなーなんて思っちゃうんですよね。」
「女の子の部屋ってもっとこうファンシーな感じかと思ってた。」
「それならここ私が大きくなるまでは元々お母さんの部屋だったらしくてそのせいかもです。」
「ああそういうことか。」
「ちょっと飲み物とか取ってきますね。先輩待っててください。あ、下着とか漁っちゃダメですからね。」
「そんなことするか!」
「じゃ。すぐ戻ってくるんで。」
そう言うと梨沙は部屋を出ていった。なんか他人の家の部屋に取り残されるのちょっと落ち着かないな。そわそわしてしまう。早く戻ってこないかななんて思ってるとなんか外で聞こえる。
「梨沙?ちゃんとゴムはつけるのよ?」
「いやそんなことしたことないししないから!お母さん変なこと言うのやめてよ!」
……聞かなかったことにしよう。うん。気まずくなるし。何言ってんだマジで。
「先輩お待たせしました!」
「てか入るとき思ったけど家でかくない?高級車止まってたし。」
「ああ、それなら私の父親社長なんで。気にしないでください。」
「マジで?気にするわそんなん。」
「別に大企業でもないですし。仕事人間なんで帰ってくるのいつも遅いんですけどね。」
「そっか。うちの親と大違いだわ。うちはなんていうか普通のリーマンだし毎日仕事の愚痴すごいしな。酔っ払うと俺にまで酒飲ませようとするし。妹には甘々なのになぁ。」
「まあ女の子ですしそんなもんですよ。先輩の妹さん前に一度見ただけですけどアイドルかと思うくらいすっごい可愛いじゃないですか。」
「だろ?あいつ可愛いよな……。」
「変な気起こしちゃダメですからね?」
「ないわ。妹に手出すとかラノベくらいだろ。」
「まああの様子だと無さそうではありますけど。」
「反抗期だしな。洗濯物も分けろとか言ってるし。」
「私は弟いますけどそういうのないですね。ただなんかむしろうちの弟はシスコン感すごいですけど。」
「それもそれで面倒そうだな。」
用意されたお茶菓子と飲み物を頂きながら話し続ける。
「先輩あの新刊読みました?あの展開酷くないですか?」
「ああ読んだわ。確かにそこでそうなんのかよって思ったわ。」
「ですよね〜!読むの辞めようかと思いましたよ。」
「まあまだどう終わるかわかんないしさ諦めんのは早いかもな。」
「……確かにそうですけど。あっ、先輩今日もギュッてしていいですか?」
「いいけどさ、なんかこういうのって中々慣れないよな。」
「そうですね。なんか気恥しいっていうか。でもやっぱり私は好きです。なんていうか先輩とひとつになれてる気がして。」
「確かにな。そういうのはわかる。ほらいいぞ。」
俺が手を伸ばすと梨沙が胸に飛び込んでくる。
いつもこの時間が好きだった。暖かくて心まで満たされるような幸せな時間。こんな時間が永遠に続けばいいのに。失いたくない気持ちが強すぎて離れるのがいつも惜しくて、だから時間があるとよく抱き合った。梨沙はいつもいい匂いがして、俺はどうなんだろうって気になるようになって付き合ってからよくその辺は気をつけるようになった。今日もとても暖かくて俺がこんな幸せでいいのかとさえ思える。お互いあまり喋らなくなってしばらくこの時に浸る。梨沙も多分同じ気持ちなのだろう。だといいなと思う。抱き合ったまま梨沙が喋る。
「そういえば、星です。私が好きなもの。」
「だからか、星の絵柄のペンダントあるの。」
「はい。なんていうかどんな夜でも静かに照らしてくれてる感じが好きなんです。悲しいことがあった時はよく窓から見てます。」
「……俺は悲しい思いさせたことあったりする?」
「先輩から連絡来なかった時すっごく悲しかったです。」
「あの時か。ごめんな。」
「もう気にしてないから大丈夫です。……あとは、純愛もののストーリーが好きです。別の人とくっつく作品は嫌いです。」
「俺もそれは分かる。だからこの作品なのか。」
「……です。最後二人がくっつくところ何度見ても泣いちゃうんですよね。」
「やけに積極的だったのもこの作品の影響か?」
「そうですね。結末は違っちゃいましたけど。」
「そうだな。俺たち割と早くくっついたもんなぁ……。」
「正直あの時返事くれないと思ってました。先輩がちょろ…気持ちが動いてくれてて助かりました。」
「今チョロいって言おうとしたろ!……いや確かにちょろい気はするけど。」
「ちょろ過ぎるから他の子に取られないか心配なんですよ……。」
「俺は一途だから二股とかありえないし安心してくれ。」
「もちろん信じてないわけじゃないですよ。ただ私が自信ないだけです。……よく先輩に振られる夢見るんです。起きたらいつも泣いてて。私本当に先輩のこと好きなんだなぁってその度に思うんです。だから私が一番好きなものは先輩です。」
「そっか。こんないい彼女絶対俺から振ったりなんてしないから安心してくれ。むしろ俺が愛想尽かされないか心配なくらいだわ。」
「浮気でもしない限り振りませんし。……ありがとうございます。私の事安心させようといつもそうやって言ってくれて。」
「いや本心だからさ。それで安心してくれるんなら何度でも言うぞ。俺は梨沙が好きだ。大好きだよ。」
「先輩やっぱりずるいです。そんなこと言われたら色々我慢できなくなっちゃいます。」
「……その色々の中身は聞かないでおくわ。」
「先輩とできるの楽しみにしてるんですからね。でそのまま結婚していつか先輩との子供をふたり産むんです。それで死ぬまで仲良く一緒にいるんです。近所で有名なおしどり夫婦になって、先輩が死んだら私も追うように死ぬんです。それであの世でも生まれ変わってもまた一緒になるんです。そうなりたいんです。」
「そうなれたらいいな。なれるように俺も頑張るからさ。不安にさせるようなことはしないでずっと一緒にいてさ、梨沙の言うこと叶えられるように汗水垂らして働いてさ、大きい家買ってさ、これからも毎日梨沙の作るご飯を食べて。もし子供が出来なかったとしてもふたりで毎日幸せに生きられたらいいよな。」
「私は先輩との子供欲しいですけどね。」
「もしもの話だよ。俺も梨沙との子供ならいっぱい可愛がってあげたいしさ、女の子なら梨沙みたいに可愛く着飾らせてあげて、男の子なら一緒に外遊びしてさ、そうやってなれたらいいなって思うよ。」
「……やっぱり先輩はずるいです。たとえお父さんが認めなくても周りが祝福してくれなくても誰に何を言われても絶対別れませんからね。」
「そうしてくれると嬉しいよ。俺たち他から見たらバカップルなんだろな。」
「今そういうこと言います?」
「いや、それでもいいなって思ってさ。誰がどう思おうと言おうと結局はふたりの問題だし。」
「そうですね。……先輩キスしてください。」
「そういやしたことなかったな。俺したことないから下手でも嫌わないでくれな。」
「大丈夫です私も初めてなので。」
そして抱き合ったまま唇を合わせる。なんていうか言葉にできないもんなんだなこういうのって。
一瞬だったけれど永遠のようで、多分一生忘れられない日になった。今の俺は間違いなく幸せだ。だってそうだろ?こんなに俺のことを想ってくれてる最高の彼女とこうして一緒にいられるんだからさ。
この先も勉強も仕事もいくらでも頑張って行けるとすら思えるそんな一日だった。
これから先どんな困難が押し寄せてくるかなんて想像すらできないけれどもうひとりじゃない。
梨沙のためならもうなんだって面倒くさくなんてない。過去の俺にも言ってやる。何度だって言ってやる。恋愛はめんどくさくなんてない。クッソ幸せなことなんだよって。それが契りだ。梨沙は俺が幸せにしなきゃいけない。幸せにしてやりたい。受動的じゃなく能動的にそう思うのだった。




