1話
朝の通勤ラッシュ。
俺はいつも通り寿司詰めになる井の頭線に揺られて学校を目指す。やりたいことがあったから志望したちょっと遠くの学校に通っているから中央線から吉祥寺で乗り継いで高校の最寄駅に着く頃には毎日すっかり疲れ切っている。
2年目ともなると流石に慣れて来はしたがそれでもやっぱり遠い。最寄駅に着いて混み合った電車をなんとか降りて一息つく。同じ高校の生徒たちもだいたい一緒に降りていく。毎朝の光景だが春休み明けともありなんだかみんな疲れてそうだ。
そんな中、突然同じ制服の女の子に声をかけられた。
身に覚えもないし痴漢と間違えられてるのなら最悪だ。俺は無視して改札を通ると学校へ向かって歩いた。すると当然のようにその女の子もくっついてきた。なんなんだ一体。
「あの〜すいません、先輩ですよね?」
「えっと、誰なんですかね。人違いだと思うんでこれで失礼しますね。」
「いやいや!その死んだ魚のような目に友達いないオーラ出しまくってる人なんて先輩くらいですよ!絶対間違いじゃないですって!」
あれ、俺なんで出会い頭にdisられてんの?ラップバトルか?知らんがな。俺は先を急ぐぞ。時間ないし。
「先輩〜!待ってくださいよ〜!」
「いや、だから誰なのお前。急いでんのよ俺。」
「こんな可愛い後輩のこと忘れたんですか!?」
「記憶にございません。じゃ。」
「言い訳政治家ですか!?というか、だから待ってくださいってば〜!」
しつこくついてくるこいつは……先輩って言ってるし多分中学の時の後輩?かもしれないけれど自信は全くない。そもそもずーっとぼっちな高校生活のおかげで比較的楽しかった中学時代のことなんてよく覚えてないし友達もみんな別の高校に行ったし、こんな奴いたっけって思うんだけど。いたら覚えてそうなもんだろこんなうざい奴。それに通ってた中学もここからそこそこ遠いし。適当言ってる?もしかして逆ナンってやつ?
俺は高2で絶賛登校途中なのだが。なんだ、新手の勧誘か?壺は買わないぞ?俺の歩みに合わせてその女の子もついてくる。こいつ学校までついてくるつもりか……?流石にそれは御免被りたい。適当にあしらうか。
「中学の時一緒の部活だったじゃないですか〜!ほんとに覚えてないんですか……?」
「あの文芸部にお前みたいな明るいやつなんて一人もいなかったぞ?人違いじゃね?」
「いや確かにあの時は暗かったかもしれないですけど……ほら、高校デビューってやつですよ!あるじゃないですか〜!」
「いや、とりあえず名前くらい言ってくれない……?」
そうなのだ。ここまでずっと付き纏って来て一切名前も名乗ってないのだこいつは。いやマジで誰。親しき仲にも礼儀ありよ?俺別に親しくすらないはずだけど。
「そっか!まだ名前言ってませんでしたね!先輩は誰だと思います〜?」
「そう言われましても……あの部活で後輩で眼鏡かけてなかった奴だろ……?葉山か種田辺りか?」
「いや、普通にコンタクトにしただけです。」
「眼鏡かけてた奴なんてめちゃくちゃ多かったし絞れるかそんなん!」
「えー、当てる気なくないですか?先輩とよく話してたのに忘れるとか酷いです!」
「……え?お前いやそんな嘘だろ……こんな変わるもんなの?いやまさかな……。土屋……なのか?」
一人だけ何かというとめちゃくちゃ話しかけて来てたやつを思い出した。でも確かめちゃくちゃオタク臭い眼鏡女だったはずなのだが。
「あー!思い出してくれました〜?私ですよわ・た・し!土屋です!土屋梨沙です!」
「いや変わりすぎだろ。気づくかそんなん!」
「あ、もしかして昔の私のこと可愛くない根暗オタク女とか思ってました〜?」
「あ、いや、そんなことは……あ、時間やばい。」
「あー!話逸らすってことは思ってたんですね?酷いです!先輩のばーか!」
いや、ほんとに時間はギリギリなのだが。
「いや、時間見ろ。遅刻するぞ。」
「私はまだ30分以上ありますし先輩と一緒なら別にいいです!」
「いや、俺が良くないから。成績に響いたら受験おじゃんよ?先輩のこと少しは気遣ってくれても良くない?」
「え〜?先輩も可愛い後輩のこと適当にあしらわないでちゃんと考えてくれるんならいいですけど。」
なんなんだ本当に。別人のように髪型もバッチリキメて眼鏡もやめてメイクもしてモテ女風になったキラキラした土屋と昔のように目を合わせられない。会わなかった一年でこんなに変わるもんなの人間って?確かに卒業前にあいつにどこの高校行くのか聞かれたし答えたけどさ。てかあいつ中学の時化粧するようになった友達のこと色気付きやがってとか敵だとか言ってなかったっけ?
混乱する頭をなんとか整理する。
てか時間ほんとやばい。今日は対面式とかいう新入生との顔合わせ会の日だから在校生はいつもより始業が30分早いのだ。
「さっきも言ったように私は新入生なのでまだ余裕ありますしゆっくり思い出話でもしません?ほらこんなに可愛くなりましたし!先輩もさっきから目合わせてくれないのは意識しちゃってるとかですよね?ね?」
「俺は余裕ないんだが。またあとでいいか?」
時間的にも心理的にも余裕がない。どこかの100均とかで余裕なんて売ってませんかね。あ、無理っすか。はい。わかってました、すんません。
「……そこまで言うなら別にいいですけど。だってこれから毎日会えますもんね!」
「てかうちの高校に入ってきたのか。……まあどうせ暇だしたまに話くらいは聞いてもいいけどよ。」
「やった〜!先輩って昔から押しに弱いですよね〜。もしかしてMなんですか?」
「張っ倒すぞこら。」
「そういう態度とる男の子ほどエッチの時には女の子みたいにアンアン喘いでマゾ全開なんですよね。薄い本で見ました。」
「現実と虚構の区別つけようね〜。」
なんなんだこいつ。昔も中々新刊ラノベの話やら深夜アニメの話でかったるくなるほどの長話に付き合わされっぱなしだったけどよりウザくなってやがる。なんとか適当にあしらって今まで通り隅っこで平穏な暮らしを楽しみたいと思ったがそうもいかなそうだった。さよなら俺の平穏な学校生活。
「あ〜やっぱり緊張しますね!こうしてみると本当に入学したんだな〜って気持ちになります。」
「入学式は昨日だろ。」
「その時にはまだ実感がなかったっていうか〜。」
「まあそのうち慣れるだろ。中学と一緒だろうし。」
「もし友達できなかったら先輩が友達になってくださいね!」
「……昨日は誰かと話さなかったの?」
「……時間やばいですよ先輩!急ぎましょ!」
「(話さなかったんだろうなー。高校デビュー出来てねーじゃねーか。まあ言うのはやめとこ。)」
「私にとって(高校に入って話した)初めては先輩なんですよ?」
「誤解されるような言い方すんな。」
駅から片道15分。平坦な道のりで長いのか短いのかってくらいの距離に俺の通ってる学校はある。
都立高井戸総合高校。偏差値もそこそこ普通よりは上くらいの中途半端な進学校だ。総合高校というのは取る授業を自分で選べたりして(もちろん必修科目以外だが)それが割と楽しそうだなと思って入ったものの選択がめんどくさいの以外普通の高校と変わらなかった。でもたまに楽しい授業があったり学習し足りない教科の実質再履修のような授業があったりで不満はない。
ただ友達はいないからぼっちで昼食も購買で買ったパンやら駅で買った飲み物なんかを人の来ない階段の上なんかで食べてる。たまに通りかかる人たちからの奇特なものを見るような目線が痛いがそんなことを気にしていたらぼっち生活なんてできない。
あ、今日飲み物買ってねーじゃん。あいつに気を取られてすっかり忘れていた。
「ほら着いたからまたな。」
「またってことは話してくれる気にはなったんですね!もう〜先輩はツンデレだな〜!じゃ、またあとでです!」
そう言うと走っていった。俺も自分の教室へ向かう。7:55。ギリギリだが間に合ってよかった。近くでもしようものなら扉を開けた途端にみんなから変な目で見られるしそんなのは嫌なのでいつも遅刻だけはしないようにしている。
8:00。朝礼が始まって担任が今日の段取りを話し終えるとみんなで体育館へ向かう。
8:30。対面式。並んで立っている在校生の間を新入生が一列に入って来てこっち向きに並び始める。
そうして式が始まった。
新入生代表の挨拶は毎年一般受験の際の成績トップのやつがやることになっている。なんで知ってるかって?去年やったのは俺だからだ。やりたいことがあってわざわざここを選んだから自分の偏差値よりもかなり低く、受験勉強も大してしていないのにトップになってしまったのだ。ちなみに自分の偏差値で行ける総合高校はここを除くともっと下しかない。ちょっと頑張れば偏差値が高い学校もあったのだが流石に遠すぎて断念した。
……って代表挨拶あいつじゃねーか!
確かに頭は良かったはずだが俺ほどではなかったはずなのに。頑張ったんだな……。
俺の周囲の男子たちが「なにあの子めっちゃ可愛くね?」的なことをぼそぼそ話している。全くこれだから男子は。いや俺も男子だが。
土屋は用意して来たであろう文章をすらすらと読み上げると列に戻っていった。
途中で目があったのは気のせいだろう。なんかずっとこっち見てた気がするが。
9:00。ここからは通常の授業だ。何故か教師に好かれることの多い俺なのだが社会科の先生には特に好かれていてよく俺の方を見て駄洒落を言ってくるのだ。やめてくれ。
「こりゃ日光の手前だな。いまいちなんつって。ガハハ」
いや面白いとは思うけどそれ伝わってるの俺だけだからね?俺しか笑ってないし。
そうして時間は過ぎていき昼休憩になった。
教室を出ると購買でパンと飲み物を買っていつもの場所で昼食を摂る。この静寂が好きなのだ。
ほぼ俺しかいない場所。そんな時にあいつが来た。
「あ〜!先輩探したんですよ〜?教室にもいないしこんなところでご飯ですか〜?寂しいですね!」
「うるせえ。俺はここでいいの。教室うるさいし他に行く場所ないし。」
「うわぁ……。先輩ほんとに友達いないんですね。私の胸で泣いてもいいですよ〜!ほら!」
両手を広げてなんのアピールだ。いらんわそんなの。てかこいつ胸でか。制服パツパツじゃん。
「あ〜!先輩私の胸見て興奮しちゃいました?ほら、Eカップですよ!ほらほら〜!」
「やめろ押し付けてくんなって!今食事してんだから!」
「こっちも味見してみます?先輩ならいいですよ〜?」
「するかボケ。」
「てか聞いてくださいよ先輩〜!」
いやまずこっちの話を聞け。
「男子ったらどいつもこいつもめちゃくちゃ話しかけてくるんですよ〜?絶対体目当てじゃないですか!中学の時にもいましたけどほんとキモいですよね〜。胸ガン見してんの丸わかりだし。」
「まあみんな可愛い彼女欲しいんだろな。新入生挨拶でお前目立ってたしな。俺はそういうのどうでもいいけど。」
「あ、私のこと可愛いって思ってるんですね!どうですか〜?付き合ってみちゃいます?ほらほら!」
「そういうのどうでもいいって言っただろ。」
「え〜、それでも先輩ちんこついてるんですか?こんな可愛い後輩ほっといたら別の男に取られちゃいますよ〜?一生童貞でもいいんですか!」
「好きにしろよ。てか下ネタ多くね?お前。」
「今好きにしてます。先輩私が同人誌好きなの知ってるでしょ?まだ処女ですから安心してくださいね!」
「俺はそんな下ネタばっか言う女嫌だわ。」
「じゃあ自重します。てか先輩追いかけてこの学校選んだのに先輩と付き合えないなら来た意味ないじゃないですか!どう責任とってくれるんですか!」
「いや、昔も言っただろ。自分の進路は自分にあったところに決めたほうがいいって。」
「私にあったところとか、やっぱり先輩がいるところですもん!ほら趣味とか合うし、こうやってめっちゃ話せるし!」
「割と一方的に話してるだけだけどな?」
埒が開かない。どうして俺なん?確かに中学の頃はいろんな後輩の面倒見たりしてたけどあれ部長だったからだからね?
「ところで先輩って何部なんですか〜?」
「帰宅部。」
「え〜、先輩と同じ場に入ろうと思ったのに!……で、ほんとは?」
なんかずっとこっち覗き込んでくるんだが。
こいつ俺がほんとのこと言うまで黙ってる気だ。仕方ない、言うか。
「……文芸部。」
「やっぱりそうですよね〜!じゃ、早速入部申請してきます!それじゃ!」
「おい待て!……なんなんだあいつ。」
駆け足で去っていく後輩と残された俺。
時間を見ると昼休みが終わろうとしていた。俺は急いで残りのパンを口に放り込み飲み物で流し込むと教室に戻った。
放課後。この学校は帰宅部が認められていないせいで仕方なく文芸部に入ったのだ。重い足を動かしなんとか部室に辿り着く。あー、あいついるのかなー、めんど。超めんどい。高校デビューとか言うならもう少し大人っぽくしててくれ……。
扉を開くと土屋が早速駆け寄ってきた。
「先輩〜!遅いですよ〜!」
「いや、新入生と違ってちゃんと授業ある日だからね?」
「ほらここ座って!これ読んでください!」
「は?性教育のすすめ……?て、こんなん読むか!」
「あ〜先輩顔真っ赤で可愛い〜!」
普段静かに来て静かに本を読んでそっと帰っている存在感のない奴を演じている俺だから今日は余計に目立ってる。周囲からの目が痛い。
こいつといると気が休まることはない。中学の時はもっと暗かったはずなんだけどなぁ。あの頃はそーっと近づいてきてボソボソと喋って勝手に去っていく感じだった。それが今じゃこのザマだ。
「お二人ともちょっといいかな?」
「え、あ、はい。」
「あ、部長さんですよね!先ほどはどうもです!」
「杉田くんは知ってると思うけど私部長の佐倉ゆかりです。まさか杉田くんがこんなに喋る子だなんて知らなかったからつい話しかけちゃった!土屋さんはもしかして杉田くんの後輩ちゃんなのかな?」
「はい!そうなんですよ〜!同じ中学で同じ部活であんなことやこんなことを話し合ってた仲なんです!」
「いや普通に本の話してただけだから。なんかうるさくしてすみません。」
「いいのいいの!私はね、文芸部って暗いイメージあるから少しでも明るくしたくて!だから土屋さんが入ってくれて杉田くんも珍しく話してくれて嬉しいな〜なんて思ってるの。よかったらこれからもいっぱい話して欲しいな。」
「もちろんです!というか大体先輩はこんな可愛い後輩持って幸せものなんですよ?手放したら今後一生後悔しますからね!」
「……ええ、まあ頑張ります。」
「それじゃあなんかあったらいつでも話しかけてね!二人とも仲良くね!じゃあね!」
「はい!」
「……ええ。」
この文芸部、部長のキラキラオーラが眩し過ぎていつも苦手なのだ。大体一年の時文芸部なんて暗い人しかいないもんでしょと思って気軽に見学に行ったところを部長に捕まって半ば無理矢理入部させられたのだ。他にも似たような感じで入部させられてる人を何人も見た。部長は一人で本を読んでる人に次から次へと近づきこんな感じで話していく言わば陽キャの鑑みたいな人で、俺も何度餌食になったか分からない。色んな人から好かれていてよく恋愛相談もされた。曰く、「大して話てもいないのに見た目が好きってだけで告ってくるのは失礼だよね!私も白馬の王子様みたいな人と付き合いたいな〜。」とのことで俺の中の面倒臭い人ランク最上位に君臨していた。
まあ土屋が現れたことで二位に格下げかな。
「先輩ってああいう女の人がタイプなんですか?」
「真逆だわ。もっとお淑やかで静かな子の方がいいわ。」
「え、じゃあ中学の時の私のこと好きだったってことですか!?」
「そうは言ってない。大体中学の時も今ほどじゃないがお前めっちゃ話してきただろ。」
「そうでしたっけ?てへっ。」
「そういうあざといのやめろ。」
「まあいいです。これから先輩を私大好きメロメロ人間に変えてやるので!」
「無駄だぞ。」
「やる前から無駄と決めつけるそこの君!そういう諦めの姿勢が良くないんですよ!」
「なんで俺説教されてんの……」
「てか放課後暇ですよね?一緒に付き合ってください!」
「……30分だけな。」
「わ〜!先輩がデレた!このツンデレめ〜!」
やっぱ断ろっかなぁ……。
まさか二年目になってこんな生活が始まるとは微塵も思ってなかった。
俺はこれからの学校生活を思って頭を抱えた。




