73・気づいていたのか
あのとき、ユリウス殿下は廃太子を避けるために私を手なずけようとしたけれど、全然思い通りにならなくて駄々をこねていた。
「俺があいつの不愉快な視線からレナを遠ざけようと、つい抱きしめた姿を多数の者に見られていたらしい」
私は冷酷な魔帝の腕の中が実はとてもあたたかいという、癒しのギャップに感激していたことを思い出す。
あれは確かに公衆の面前だった。
「もしかして今回の建国祭で、威厳ある魔帝の振る舞いが失敗になってしまったの?」
「それが……魔帝のイメージとしてありえなかった『愛情深い』『弱者を守る』『人情味がある』という、今までとは違う評価で受け止められているらしい」
つまり、それって……!
「かわいいディルの魅力が、たくさんの人たちに好感を持たれたってこと?」
「ハーロルトはそのような分析をしていた」
私たちは見つめ合うと、同時に笑ってしまった。
「ね、私の言う通りでしょ? あなたはとってもかわいいの!」
誇らしい気持ちで訴えると、ディルはすっきりしない表情で首をかしげている。
「……正直、それについてはよくわからないが。おかげでハーロルトや配下たちの士気も上がり、魔帝と他者の関わりについて様々な案が検討されはじめた」
「そうだね。『魔帝を愛でる週間』とか、『魔帝なでなでチケット』の配布とか。みんなもほしがるよ」
「なにか勘違いしているようだが、俺はそんなものを作られても断固拒否する。レナ以外に触らせるつもりはない」
「あ、そうだったね」
私は少し背伸びして、彼の黒髪に触れた。
ディルは私が撫でやすいように、頭を屈めてくれる。
髪はさらさらで、間近で見ても相変わらずきれいな顔をしていた。
健気でかわいい、今は私の従僕……。
「さっきね。カイが会いに来てくれたの」
「見たのか?」
「うん。ディルが建国祭のあとにしてくれる話って、そのことだよね。ディルが私に白猫になってほしくない理由について……ううん。私が白猫になれない理由について」
「気づいていたのか」
「そうかもしれないって思ってただけ」
ディルに「建国祭が終わるまで、白猫に変身しないでほしい」ってお願いをされてから、私は人の姿で眠るようになった。
それから一度も、寝ているときの無意識なときですら、白猫に変身することはなかった。
きっと私にディルの魂……カイがくっついていなかったからだと思う。
「ディルの魂剥離は治っているんでしょう?」
「そこまでわかっていても、俺が建国祭を終えてから話すまで待っていてくれたのか」
「かわいいディルの望みだからね」
でも私だって、ずっと気になっていた。
魂が戻ってから、ディルは前世のことを思い出しているのか。
私は黒髪を撫でていた手を引くと、改めて彼を見つめた。
「私からカイが離れたということは、あの子の望みは叶ったの?」




