56・陛下の想い
「ハーロルトの提案について言うのなら、その作戦名がお前の趣味に偏り過ぎていることだ」
「そうかもしれませんが……『陛下おめでとう大作戦』は、三十ほど出した名称候補のうち、最も情熱と愛情が伝わると判断したのです。よい響きでしょう?」
「……それはともかく、俺には懸念がある。おそらく本人も気づいていない、レナの欠落している部分だ」
「あんな優秀な方に、そのような部分が?」
「もちろん、鳴きまねが異常に不器用なことではない」
「なんの話ですか」
「いや、それはともかく。ハーロルトもわかっているのだろう。俺のレナへ対する思いを」
私は深々と頷く。
常日頃陛下のことを案じている私から見れば、陛下がレナ嬢に向ける眼差しだけでもう甘すぎて、隠しきれないほどのめろめろっぷりがだだ洩れています。
「しかし陛下は魔帝と呼ばれるほど恐ろしい方でもありますから。他の方は……レナ嬢も気づかないかもしれません」
「いや。彼女は、俺の思いに気づいているだろう」
「確かにそばにいれば、陛下の思いは隠しようのないほど、だだ洩れているのかもしれません」
「そういうことだ」
「それならあとは『陛下おめでとう大作戦』を……陛下がレナ嬢に愛を直接伝えればよいのでは?」
「しかしそれを望まずにいる部分が、レナにある」
「どういうことですか?」
陛下はハーブティーを一口飲み、今までの思いを吐露するように言った。
「レナは驚くほど鈍い」
「……鈍い、とは、その」
天然なメイドに振り回される魔帝でしょうか……?
「レナは俺の思いを避けるでも見ないふりでもなく、当然のように喜んで受け入れている。そして伝わっている手ごたえがまったくない」
「まったくですか」
「ああ。まったくないな」
レナ嬢、ただものではないと思っていましたが、魔帝を完敗させるとは……。
「しかし俺の思いを拒絶するわけではなく、喜んでいるのが余計に厄介だ。おそらくレナは他者からの好意や悪意、あらゆる感情から一歩距離を置いているのだろう」
「それはトラウマのようなものですか? 過去に人を信じられなかったり、ひどい環境におかれたりしていたのでしょうか」
「そうだな。本人はすべて自分で望んだと言うだろうが」
まるで彼女の痛みを知っているかのように、陛下は目を伏せた。
「その鈍さの一番の要因はおそらく、最後の別れのとき『あいつ』を傷つけたと悔やんでいるから。だからレナはあいつと俺を重ねて『今度こそ守りたい』『もう傷つけたくない』と無意識に『望んで』いるのだろう」
無粋なので聞きませんが『あいつ』とは、おそらく……。
「レナは自分の引き受ける結末すら顧みず、相手の幸せを望むんだ。彼女は本当に愛情深くて、一途で、だからこそ危うくて……。しかし俺はそんな部分も含めたすべて、レナのことが愛おしくてしかたがない」
そのようなせつない感情を、陛下は秘めていたのですね。
深い愛ゆえに、互いに踏み込めず……。
そうとは知らない私は『陛下おめでとう大作戦』を徹夜で考えるほど盛り上がってしまい、恥ずかしく思います。
今の関係のまま、静かに寄り添うことが陛下とレナ嬢の願いなのかもしれません。
陛下は再びハーブティーを飲み、小さく息をつきました。
その口元に、どこか楽しんでいるような笑みを浮かべたように見えます。
「しかしどんなに鈍いのだとしても、俺がレナを諦める言い訳にはしない」
「え、陛下……?」
「ハーロルト、お前がそこまで考えて説明してくれたこともあり、心持ちも定まった。作戦名はともかく、お前の思いはありがたく受け取らせてもらう」
「もしかすると、それは……!?」
「ああ。実はすでに、俺なりの手を打ってある」
さすが敬愛する陛下、仕事が早い!!
「陛下、私は……私にできることがあればなんなりと……」
思わず喉の奥がつかえて、私はぐっとその先を飲み込みました。
陛下は今まで、愛情を与える相手も受ける相手もいなかったのです。
それを当然として生きるしかなかった陛下が、愛しくも孤独な相手のためになにかしようとしている。
う、う、ううう……。
「なにを泣いている」
「このハーロルト、もちろん陛下を応援しますよ!」
「ああ、さっそくだが確認したいことがある。頼めるか?」
「もちろんです!」
そうして私は準備中だった資料を早速まとめると、一番に陛下へ渡しました。
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おかげでお話の方も、鈍いながらもディルへの想いに変化があるレナと、そんなレナに対してディルが決意を新たにすることで、いよいよクライマックスに近づいてきました。
レナとディルそして黒猫カイの、前世から続く望みの結末を楽しんでいただけたら嬉しいです。




