45・変わっていく関係
「メイドの私たちでも、家具移動は結構体力を使う仕事だよ。華奢な魔術師にやらせて、本当に大丈夫なの?」
「はい。魔術師を養成する初等科では、卒業までに浮遊魔術を習得するんです。ね、イザベラ」
目配せすると、イザベラは基礎魔術である浮遊を使う自信がないのか、目を伏せる。
「実は私、皇城魔術師になってからは、浮遊魔術をほとんど使っていないんです。それに今は、魔術がすごく不安定だし……」
声が小さくなっていくイザベラに、私も秘密の話をするように囁いた。
「大丈夫。雷撃よりずっと簡単だし、危なくないように私も見てるね」
「そっか、師匠がいてくれるなら……」
「うん。心配はいらないから、思いっきりやっていいよ!」
イザベラは少しためらっていたけれど、やがて部屋の中央に歩み出ると、ワードローブに向かって両手を広げた。
そして丁寧に詠唱をそらんじていくと、ワードローブはわずかに浮いて移動する。
メイドたちは感嘆の声をあげながら、今まで手の届かなかった埃っぽい場所の清掃をはじめた。
「へぇ、魔術師たちってこんなにすごい術を、初等科で覚えちゃうの!?」
「なんだか羨ましいな。私もこんな風に魔術を使えたらいいのに!」
「あの皇城白タイツ魔術師がメイドをバカにしていたのはムカつくけど……。魔術師は私たちにない、すごい魔力を持ってることはわかったわ」
「持っているだけでは無理ですよ」
メイドたちの賞賛を聞いて、私は以前にベルタさんから聞いた魔術師養成の実態をそのまま話した。
「魔術は分厚い魔術書を読み込んで理解して、発現させるための訓練をひたすら重ねて習得するものです。初等科に通っていた魔術師たちは、幼いころからみんなそうしているんだよね?」
「そうですね。習得できない者は辞めることになりますから」
「そのせいもあるのか、魔術師のライセンスを持っている人は、平均的な体格より細くて小柄なことが多いそうです。寝食を削って学び続けた可能性も指摘されています。イザベラもちょっとがんばりすぎに見えますし」
メイドたちのイザベラに向けられる眼差しが、先ほどの羨むものから変化していく。
メイドたちが掃除を終えると、イザベラは浮遊魔術でワードローブを元の位置に戻した。
「これでいいですか?」
ほっとしたように息をつくイザベラに向かって、メイドたちが駆け寄る。
「ありがとう、助かったわ!」
「だけどあなた……食事も睡眠も減らしてるから、そんなに小さくて細いの?」
「いくら魔術の勉強で忙しくても、三食とおやつをサボるのはよくないよ絶対!」
「わかった! 掃除が終わったら私、まだ誰にも教えていなかったケーキ屋に連れていくから! 嫌いじゃないよね!?」
「は、はい。もちろん好きです。あの、えっと……ありがとうございます」
イザベラは歓迎され慣れていないのか、あっけに取られた様子で頷いている。
久々の魔術の成功のせいか、メイドたちの言葉なのかはわからなかったけれど、その表情は嬉しそうな笑顔に変わっていった。
「そうと決まったら、早く終わらせましょう!」
イザベラの魔術はその後も快調だった。
はじめはぎこちない動きだった魔術の動きも徐々に感覚を取り戻し、楽しそうに重い家具や片づける物を浮かせたり動かしていく。
私もメイドたちと一緒に掃き掃除や拭き掃除を手伝ったり、ベッドメイクのコツも教えてもらった。
「私たち、さっきのタイツ魔術師との一件で、仕事の開始が遅れてしまったんだよね」
「でもレナとイザベラが手伝ってくれたから、体の負担も時間も普段の半分程度になって、いつもより早く終わったよ!」
「ふたりとも、ありがとう!!」
そして約束通り、イザベラと私をおいしいケーキ屋さんに連れて行ってくれた。
「ええっ!? 新人メイドって言ってたけれど……レナは今日から特別配属されたって聞いた、あの魔帝陛下の専用メイドだったってこと!?」
「確かに見た目も雰囲気あるし、手際もよすぎると思ったんだよね」
「ごっ、ごめんなさい私たち! そんな上級メイドさんだとは知らず、すごく馴れなれしかったような……?」
「そんなことないですよ。私も同じメイドですから、魔帝と違って恐れる必要もありません。ケーキもごちそうさまです」
そして皇城のおいしいお店や食堂の話で盛り上がり、すっかり打ち解けてから別れた。
帰りぎわ、最後まで残っていたヨルクさんは席を立つと、私に向かって丁寧に一礼をする。




