38・噂
「でも私、ただのメイドだよ」
「……ただのメイド?」
「うん」
「あの魔術の機転と実力と洞察力を兼ね備えた師匠が、ただのメイド?」
「ほら見て。私が着ているの、皇城支給のメイド服だよ」
「魔術師ベルタをはじめ、大魔術師は被服にこだわりが強いという定説があります。師匠に似合いすぎているメイド服も、いわゆる自分好みのコスプレの一種かと」
う、否定できない……。
確かにディルの許可は取ったけど、別にこのメイド服を着ることは義務付けられていないし。
私が気に入って、そのまま着ているだけというか。
皇城を巡っているあいだに、他にも試したい制服をいろいろ見つけたというか……。
イザベラは両手を軽く上げて、ゆったりサイズだとしても大きすぎる袖を交互に見た。
「私は最小サイズの魔術衣ですらぶかぶかで、自分でも似合っていないのがわかるんです。制服だから諦めて着ますけど……。師匠くらいの大魔術師なら、似合っていればなんでも着るんだろうと思っていました」
そういえば三百歳越えでも、ベルタさんはセクシーから乙女チックまで、色々な魔術衣をクローゼットにしまっている。
しかも似合っていた。
妙に納得していると、イザベラは気落ちしたように目を伏せる。
「それに少し会っただけでもわかるくらい、師匠は私にやさしいので。まさかメイドだとは……」
おや。
「もしかしてイザベラはメイドが嫌いなの?」
何気なく聞くと、イザベラのつり目がさらにつり上がった。
「嫌っているのはあっちです。だって……っ!」
イザベラが私の背後に視線を止める。
私の後ろを数人が横切った。
近くにある大きめのテーブルに、休憩に入ったらしいメイドたちが和気あいあいとやってくる。
それからみんなでメニューを注文して、楽しげに話しはじめた。
「それでね、あまりにも白猫ちゃんの人気がすごすぎたから、陛下がもう人前には出さないんだって」
「えっ! 魔帝陛下って猫好きだったの!?」
「意外だけどそうなのかもね。ヴァレリーちゃんは眼福だったって、あの気の合わない騎士と文官が一緒になって騒いでいたし」
「私も見たかったなぁ、ニャーンって鳴くんでしょ?」
「それが違うらしくて、すっごく不器用な……。たどたどしくて、ぎこちなくて、どうしてそんなへたっぴな鳴き方しかできないの? って思うくらいかわいいらしいよ」
「聞きたかったなぁ」
「聞きたいねー」
に……っ、危ない。
そこまで喜んでもらえると、つい猫の鳴き声で返事をしかける自分がいた。
でも私の鳴き方はオンリーワンのようなので、身バレを防ぐためにも出かけた鳴き声はぐっと飲み込む。
だけど珍しいな。
メイドさんの中で一人だけ、スカートではない人がいた。
年齢は私と同じくらい。
穏やかそうな顔立ちをした金髪の男の人が、私たちに気づいて視線を向ける。
その男性メイドはイザベラに目を留めると、ひどく傷つけられたかのように顔を歪めた。
でもそれは一瞬のことで、イザベラと目が合うと眉間を寄せて険しい表情になる。
それはイザベラも同じで、ふたりは「ふんっ」とでも聞こえてくるような態度で顔をそらした。
気が合わないのかな……?
でも息はぴったりだから、合っているのかもしれないけど。
私はイザベラに顔を寄せて、こそこそ聞く。
「あのメイドの男の人と、知り合いなの?」
「べっ、別に! 皇城魔術師になりたてだった私が魔術衣の裾をふんで転んだとき、ヨルクは医務室まで運んでくれただけで……」
「ヨルクさんっていうんだ。親切な人だね」
「はい、すごく! そのあと『また転んだら危ないから』って裁縫道具を持ってきて、私の魔術衣の裾を詰めてくれたんです。他にも図書館の高いところにある魔術書を取ってくれたり、作り過ぎたからってカレーをおすそ分けしてくれたり」
「仲いいんだね」




