因縁 70 エルバルト
エルバルトの初夏の誕生日。
ミシェールの時のように、食堂は飾られた。
デューが席までエスコートしようとして、首を横に振られ、侍女の手を借りてエルバルトは席に座り、その場に居た大人達が笑った。
大公夫妻、侯爵夫妻、デュー、ミシェールが祝いの席に着いた。
食前にリンゴ果汁の炭酸割りが配られる。
食事は、犬のフィビーの顔の形に飾り切りされたラディッシュを中心にサラダが盛られ、ハムとチーズは王冠型に切られ目玉焼きに添えられていて、エルバルトの好きなくるみのパン、スープは具材が少なくて修道院の味付けに似ていた。
一つ一つを大事に食べているエルバルトを、皆で見守りながら食べる。
食後のお茶の後は、それぞれからの贈り物をエルバルトは受け取った。
ミハエルからはミシェールと揃いの懐中時計、デューはネクタイと整髪料、ヴィヴィアンナは赤い胴軸の万年筆を渡した。
ミハエルの執務室で執事の真似事をしているエルバルトが、ネクタイをさっそく着けてみせた。
侯爵夫妻からは、エルバルトとミシェールに銀のスプーンが贈られた。
「本当は、産まれた赤ん坊に贈る物だが、二人がこれから新しく生まれ変われるという願いをこめて。勿論、大切な思い出はしまっていて欲しい。ただ、過去にこだわって生きるのは、今日で止めてみたら良いと思う」
ドルファンの言葉に、ミシェールもエルバルトもポロポロと泣き、アンナジョリーが立ち上がって二人の所へ行き、頭に口付けし、髪をそっと撫でた。
「お父様、二人を泣かせないで頂戴」
「いや、そんなつもりは」
ヴィヴィアンナが涙を堪えて言えば、ドルファンは慌てた。
「アンナ、父上を困らせるな」
ミハエルが肩を震わせて言い、また大人達が笑う。
最後に、ミシェールは綺麗な布で作ったスカーフを渡した。
白い狼が3匹、寄り添うように金色の狼、見守るようにもう一匹金色の狼が刺繍してある。
「あらまあ、5人家族なのね」
アンナジョリーが刺繍の出来栄えに手を叩く。
エルバルトが椅子から下りてミシェールの手をひいた。
ミシェールが降りると、エルバルトは抱き着いてくるくると回る。
誘われるように、侯爵夫妻も立ち上がって、手を取り合う。
給仕の為に広さは十分だが、ミハエルは苦笑を浮かべ、執事を見る。
「整っております」
返された言葉に、ミハエルの右眉が上がった。
「奥方様が、閣下のバイオリンを所望されまして」
「黙ってやがったのか」
「逃げられたら困ると」
「逃げるわけないだろ」
ゆっくりとミハエルが立ち上がると、ヴィヴィアンナが悪戯が成功したように笑って見上げてくる。
「じゃじゃ馬の嫁を貰うと苦労が多い」
皮肉気に言っても、ヴィヴィアンナは小さく笑うだけだ。
−ポン!
と大きくミハエルが手を打ち、注目を集める。
「小ホールを用意した」
自分が手配したように言えば、ヴィヴィアンナは楽しげに笑った。
外は晴れていて、小ホールは、大きな窓が開いて風と光が中まで届く。
机に用意されたケースを、ミハエルは一度撫でて開く。
構えれば侯爵夫妻はほうっと息を吐いた。
「お父様も、お母様も知ってらしたの?」
「夜会で壇上から下りられて、楽団からバイオリンを取り上げて弾いてらしたよ。ダンスが嫌いだからとおっしゃっててね。数回だったが、見事なものだった。閣下も私達もまだ年若い頃の話だ。結婚をせっつかれるようになって夜会を毛嫌いされてしまわれたよ」
ヴィヴィアンナからの問いにドルファンは残念そうに言った。
ダンスが嫌いな割には、ミハエルのリードは性格に反して強引さがなく、繊細な優しさで目の前に居るのは誰だろうか?と何度もヴィヴィアンナは思う程で、脚さばきは優雅で、王宮で仕込まれたヴィヴィアンナでさえ惚れ惚れするものだ。
きっと、踊りたい人と踊れないから、そう言っていたのだろうと、若き日のミハエルを、ヴィヴィアンナは思いやった。
ミハエルがワルツを優しく奏で、ミシェールとエルバルトが中心で踊るのを、大人達は見守った。
1曲目が終わり、2曲目、エルバルトは見守っていたアンナジョリーに手を差し出した。
「まあ、私をお誘い下さるのね」
アンナジョリーがエルバルトのエスコートに嬉しそうに答え、ドルファンは小さな淑女の前で礼をとった。
「お嬢さん、年寄りのお相手をお願いして良いだろうか?」
「未熟なので、笑わないで下さい」
そっとドルファンの手に自身の手を重ね、ミシェールが答えた。
「美しいお嬢さん、1曲宜しいですか?」
「3曲でも良いのよ」
差し出されたデューの手を取り、ヴィヴィアンナは優雅に笑った。
踊る3組を見て、ミハエルは口の端を上げる。
次の曲で、エルバルトはヴィヴィアンナと、ドルファンはアンナジョリーと、デューはミシェールと踊った。
3曲を弾き終え、ミハエルはバイオリンをケースに閉まった。
「来年のミシェールの誕生日までお預けだ」
「連れない旦那様だわ」
口の端をあげたミハエルに、ヴィヴィアンナは小さく笑った。
まるで、もうここの子供だと言われたようで、少し納得行かない気持ちと、少し嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちがごちゃ混ぜになり、ミシェールは足元を見た。
デューが膝を折り、ミシェールの目線と合わせて来た。
「迷惑だったらハッキリ言えば良い。俺みたいに」
仕事中に、ミハエルから色々仕掛けられ、慇懃無礼に答えるデューを思い出し、ミシェールは小さく頷いた。
それでも、来年は居ないかもとは言えず、首を横に振ると、デューが歯を見せて笑う。
「実はここに残って欲しいて思ってる」
「まだ決めてません」
「俺には言うのか」
ハッキリ言えば、デューは肩を震わせて笑い、ミシェールを撫でる。
「焦らずゆっくり考えよう」
優しい手に、ミシェールは小さく頷いた。
「デュー、もっと口説け。お試しを切り上げて正式に決めたいからな」
いつの間にか近付いたのかミハエルが、デューの髪の毛をワシワシと撫でて笑った。
ミシェールはミハエルの言葉に内心驚いた。
お試し期間を途中で止めて良いという話は、それで修道院に戻るものだと思っていたが、止めて正式に養子にするつもりだったのか。と驚いたのだ。
ミハエルが、ミシェールに向けて歯を見せて笑う。
やられた。とミシェールは思った。
お昼ご飯を食べ、ミシェール、エルバルト、ヴィヴィアンナ、デューとで客室に入った。
デューはエルバルトを膝の上に乗せて、穏やかに笑う。
「初めて見たバルは、ふわっふわの髪の毛でさ、シェリーと違った可愛さがあったんだ。触れたら溶けそうな位に肌が白くて、父上も抱くのを怖がってた位だ」
懐かしむように目を細め、デューはエルバルトの頭を撫でる。
「それでシェリーが、父上より先に抱っこしたんだ。覚えてるかな?」
問われ、ミシェールは小さく首を振る。
「いえ」
「父上はその後に、やっと抱っこして、生まれてきてくれてありがとうて、やっぱり言ったんだ」
エルバルトのお腹に回されたデューの右腕を、エルバルトはぎゅっと握り、何度も頷いた。
お茶の時間には、葡萄色の花がクリームで描かれたケーキが出た。
『明るい希望』という花言葉を持つムスカリの花だ。




