因縁 65 攪乱
階段にさしかかり、中年騎士が二人に注意を促し、そのついでに自身の経験を話しながら階段を下りる。
「私は父親の酒を飲んで怒られた事があります。酒を飲んだ翌日にオネショをした時はショックでした。10歳にもなってと、随分母親に叱られたものです。あとは親のお金を盗んだり、お二人に聞かせられない悪さもしました」
「親子でも、お金を盗むのは良くないかと存じます」
ミシェールの苦言に、先を下りている中年騎士が笑う。
「ええ。あの頃はどうしようもない悪ガキでした。それで、出ていけ!と言われ、悪ガキ仲間の家を転々とし、騎士見習いなら寝食に困らないと知り、ここの試験を受けました。今は、罪滅ぼしで給金から仕送りしています」
「俺だって、お菓子を差し入れしたり、してますよ」
「張り合ってどうする」
シモンが面白くなさそうに言えば、護衛騎士が溜め息を吐いた。
立派な騎士として働いている中年騎士の、結構な悪い事に、ミシェールとエルバルトは驚いていた。身内同士の事だから大事にされなかったのだろうが、今は真っ当に生活しているのが、不思議でならない。
「それで、何か参考になりましたでしょうか?」
階段を下り終わり、シモンが伺うように二人を見ると、揃って首を横に振って返された。
「私達には難しそうなので、ミハエル様にお断りしようかと思います。それに、催促されて行うのは何か違うのだと、気付きました」
その翌朝の昼食前、二人は大公城から姿を消し、大騒動となった。
鍋をかき混ぜているミハエルを見守りながら、ミシェールはなぜこうなっているのかと、困惑していた。
隣りには黒板を抱えているエルバルトが居て、窓の外は薄暗い森の先に、赤い空。
朝食後、ミハエルに一日付き合えと言われ、執務室に連れられたまでは良い。
暫く大人しく仕事をしていたミハエルが、二人を連れて書庫へと向かい、護衛騎士に『昼までこいつらと遊ぶ』と外で待つように告げた。そして、書庫に籠るのかと思いきや、そこの隠し通路を使って、一緒に城を抜け出してしまった。
戸惑う二人をよそに、『心配しなくとも、二人には伝えてある』と言われ、城下町の隠れ家に留めてあった馬に乗せられ、どの方向へ向かっているのか分からないまま、森にある小屋まで来てしまったのだ。
王籍から離れ、大公領の名前から家名をクロノスと変えたミハエルだが、王兄であることには変わりなく、やんごとなき血筋。護衛もつけずに出歩いて良いのかと聞いたが、『自分の領地だからな』と笑われてしまった。
移動中の休憩でパンを1個だけしか食べていないので、着いた早々、ミハエルが料理を開始した。
二人も手伝おうとしたが、頑として受け入れられず、見守っているのが今だ。
材料はミハエルが荷物袋に入れて持ってきており、食材が大胆に切られ、調味料も適当に入れられていて、味の想像も出来ない。
出来上がった汁物は、時間をかけて煮込んだからかなんとか食材に火が通っていたものの、わずかな酸味があり、塩気が少し足らなかった。食べられなくはないが、美味しいとは言えず、ミハエルから味を聞かれ、何も言葉を返せなかった。
調味料を並べられ、好きなように味を変えて良いと言われた時は、二人揃って素直に頷いた。
食後の食器洗いも、ミハエルがしているのを見守るだけとなった。
窓の外はとうとう明かりが細くなっており、これは泊まるという事だろうか?とミシェールは不安になった。今使っている部屋の他に、ドアは3つ。一つは外に通じる物で、他のドアはまだ見て居ない。
ミシェールは、護衛の居ない状況に心許なく感じた。
-トントン
と、その時小屋の出入口のドアがノックされた。
ミハエルが『俺が出る』と言い、洗い物の手を止め、手を服で拭いながら向かい、ドアの施錠を外して開ける。
「お探しました。お二人もご一緒ですね?」
確認するように言った声は、騎士団の副団長の物だった。
「遅いな。食事は残ってないぞ」
「失礼します」
ミハエルのからかうような声を無視し、副団長がドアを大きく開け、小屋の中へと入ってきて、
-ワフッ!
と、副団長に続き、フィビーが小屋へと入ってきた。
二人の目の前で、副団長が跪く。
「皆が心配しておりましたよ」
ここに至り、ミシェールはとんでもない事態になっているのだと悟る。
「兄と、ヴィヴィアンナ様は、何もご存じではない?」
さぁと血の気が引くのを感じながら言えば、副団長は頷きで返した。フィビーがじゃれるように、エルバルトの周りをぐるぐると回っているのを見てから、ミシェールは恐る恐るミハエルを見る。
「家出を一度やってみたかったんでな。これで立派にやらかせたな」
歯を見せた笑みに、ミシェールは頭を抱えたくなった。
副団長はフィビーを残し、一旦外へと出て、暫くして戻ってきた。
「狼煙をあげました。迎えが来るまではお待ち下さい」
ミシェールの前で跪き、副団長が説明をした。ミハエルにしないあたり、ミシェールとエルバルトを不憫に思ったのだろう。
荷物から、水やお菓子が二人に配られ、かなり気を使って貰っていると、ミシェールは感じた。
昼になっても書庫から出てこない三人を心配し、護衛騎士が書庫に入ろうとし、中から入れないように扉が細工されていて、すぐに近くの使用人に緊急事態を告げ、城の中を探す手配がされたのと同時に、騎士団長に報告がされ、総出での大捜索になったと、副団長からの説明を聞き、エルバルトはフィビーを抱き締め、ミシェールは目まいがした。
すっかり外が暗くなった頃、勢い良く小屋の扉が開いた。
「シェリー!バル!」
二人の姿を確認したデューが、椅子に座っている二人に駆け寄り、二人の前で膝をつき、下から見上げてくる。
いつもは丁寧に後ろへと撫でつけられている髪がほつれ、前髪が額に汗で張り付いていて、いつもの柑橘類の匂いではない汗の匂い、充血した目と荒い息に反して青ざめた顔。心配させてしまったのだとミシェールとエルバルトが思うと同時に、そっと二人の頬が撫でられた。
「良かった。無事で。怪我はないかい?食事は摂っただろうか?水は?怖かくなかったかい?」
震える声で次々と質問され、ミシェールとエルバルトは揃って何度も頷く。
そのデューの後ろでは、騎士が四人入ってきて、ミハエルの無事を確認する。
何度も『良かった』と溢すデューの、自身達の頬を撫でる手に、それぞれ触れる。
「申し訳ございません」
ミシェールが小さな声で言えば、デューが首を横に振る。
肩が震えていて、手からも震えが感じられ、ミシェールはもう片方の手で、デューの腕を何度も撫で、エルバルトも同じように撫でる。
「デュー、早くお連れしよう。ここでは休まらないだろう」
副団長がデューの肩を叩き、帰る事を促し、デューが頷きで返し、二人に言う。
「暗い森は怖いだろうが、必ず守るから、安心して欲しい」
「お兄様をはじめ、騎士様方がいらっしゃるので、心強く思います」
ミシェールがそう言えば、デューが何度も頷いた。




