因縁 61 暴走
皆が1つ目を食べ終わるのを確認し、ミハエルが呆れたように言う。
「アンナの愛人の事だが、そもそも俺の公認である以上、口出しは無粋だと思うのだが?」
「もしお子が出来たらどうなされるのです?妃殿下に庶子など、ミハエル殿下ならびに王家が侮られる恐れがあるかと」
ふくよかな女性が扇子を握り締め、ミハエルを見据えた。
それにニヤリと笑い、ミハエルはソファにふんぞり返る。
「そんな心配は無用だ。そろそろ俺の王籍離脱が承認される」
「なんという事を!!御身は貴重な直系王族ではありませんか!」
細面の男が厳しい表情でミハエルを見た。
ミハエルが首を横に振る。
「元々、後継に子供が産まれたらそうするつもりで用意していた。重要な責務を果たせないのなら王籍に居るべきではないだろう」
本来であれば、大公を賜った時点で、ミハエルは王籍を外れる筈だったのだが、現在の直系王族の少なさに、王籍が維持されていたのだ。
何せ、現在の王は祖母の遺言で外交の為でも国から出られない。かと言って、重要な外交には王族が出向く事が求められる。現王の王子2人が若さで侮られない様に、それを補う為に先王は王位を譲り、国の内政は現王に任せる事にしたのだ。そして、もし万が一後継が次代を産む前に、何かがあった時の補佐として、ミハエルは王籍に残っていた。
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隠し部屋のミシェールとエルバルトは、ミハエルの言葉の意味が分からず、デューの裾を引いた。
それに、デューは二人が聞こえる程度の声で告げる。
「閣下は、お子を成せないお身体なんだ。王家は血を残す事が一番の責務だろ?」
だからこそ、ミハエルは王族ながらに44歳まで独身で居られた。父王と弟の理解があっても、政務として求められれば拒む事は難しい。子供を成す力があるのなら、直系王族が少ないので、子供を作る事を求められ、王位継承も見える為に、国内の貴族が放っておくわけもなく、他国との縁を結ぶ事だって求められるのだ。
だが、子供を成す力がなくとも、子供を諦めれば、娘は王子妃として不自由のない生活が保障され、ミハエルが生きている間は、王家が後ろ盾となるので、それを狙った親達はしきりに、ミハエルに身を固める事を求めていたのだ。
その筆頭がふくよかな女性だ。子供を諦めさせてでも、年が離れていようとも、家紋の利益になる縁談を諦められないでいた。
王籍から離れても、王族である事に変わりないが、王籍に居る、王族に対して支払われる支給金は貰えなくなり、王家を後ろ盾にする事が難しくなる。例え王がミハエルに頭が上がらなくとも、ミハエルがそれを許さないだろう事は、貴族なら簡単に予想出来る。
ミハエルを通して王家から甘い汁を吸おうとした貴族達は、閑職においやられている事は、皆知っている。
これで、ふくよかな女性は、娘をミハエルに嫁がせる利益がなくなった。大公領は贅沢三昧出来そうには見えず、ミハエルが急逝すれば、大公領は王家所有地に戻り、妻は修道院に行くのが慣例なのだ。王子妃なら慈悲として王宮に部屋が用意される可能性もあるが、王籍から出てしまえば、そんな慈悲は見込めない。
ミハエルの呆れた声が三人に届く。
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「揃いも揃って、そんな事を心配して、こんな辺境まで来たのか?」
「本題はこれからでございます。謀反人の子供を修道院から出すなど、ご乱心にもほどがあるかと存じます。あんな恐ろしい事を平気で行える方の子供です。何を考えているのか、分かったものではございません。お考え直し下さいませ」
細目の女が背筋を伸ばして言ってから、深く頭を下げた。それにミハエルは頭を横に振る。
「だからこそ、愛情を持って育てるべきだと思った。そうやって穿って見られて育つ方が、子供達は歪むだろう。それに、大事にして貰えれば、その相手に刃は向けないだろう。それこそが王家の為になると思えないのか?残念だ」
「アストリアで大切に育てられた方が、あんな恐ろしい事をされたのですよ!愛情を持って育てようと無駄になるに決まっておりますわ!」
細目の女性は扇子をバキリと鳴らしてミハエルを睨みつけるが、ヴィヴィアンナは優雅にカップのお茶を飲んでから、静かに口を開く。
「二人を実際に見もしてないのに、あの方のようになる。と言われるのは心外です」
「妃殿下こそ!分かっておいでなのですか!あの毒で倒れられたではないですか!」
「スミズリー侯爵夫人は学園で優秀であったと聞き及んでいますが」
「何を急に?」
ヴィヴィアンナの話題展開に、細目は顔を顰め、ヴィヴィアンナは頬に右手を添えて微笑む。
「ご息女は随分と奔放らっしゃいますよね?画家に弟子入りされていると聞きました。スミズリー侯爵夫人とは異なる生き方を選ばれていらっしゃるわ」
「それと、これとは、」
「なぜでしょう?同じだと思いますわ。親は親。子は子。同じになるとは限りませんでしょう?あの方の子供達と居ると、日々の成長に心が弾んでおりますの。何より、とても愛しく感じております。
あの二人は、とても愛らしいの。もっとわがままを言って欲しいし、困らせて欲しい。庭を見まして?子供が二人も居るのに綺麗でしょう?」
どんどん前のめりになるヴィヴィアンナに、細目は唖然としてしまった。
ヴィヴィアンナがソファから立ち上がり、早口で捲し立てる。
「イタズラをしないのよ。イタズラを楽しみにしてるのに、嬉しい事しかしてくれないの。お洋服を一緒に選びたいのに、服は要らないなんて寂しいと思わなくて?髪はサラサラで、毎朝梳くのが楽しみなのよ。あの子達を産んであげられなかった事が悔しいくらい愛してますわ」
「分かったから、落ち着こう。どう、どう」
ミハエルが立ち上がり、ヴィヴィアンナの背中を撫で、客人達は淑女の鑑のようなヴィヴィアンナの取り乱し様に、驚愕して言葉を失った。
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隠し部屋では、ミシェールは床に座って呆然とし、エルバルトは壁にピタリと耳を寄せて言葉を必死に聞いていた。デューは苦笑し、ゆっくりと二人の頭を撫でる。
「代わりに止めてきてくれないか?閣下が困ってるようだ」
少しミシェールが考えている間、壁の向こうでは『何も知らずに勝手に決めつけないで』とヴィヴィアンナが涙混じりの声を上げていた。
「慰めてます」
ミシェールの言葉選びに、デューは小さく吹噴き出した。
−ガチャリ
と応接室のドアが開き、子供達二人が揃って綺麗な礼をした。
「シェリー!バル!」
ミハエルの腕の中で泣いていたヴィヴィアンナが、驚いたように顔を上げた。
ミシェールが客人四人に向かって改めて一礼し、ゆっくりと言う。
「お客様にご挨拶が遅れまして申し訳ございません。ミシェールと申します。家名は今はございません。ご存知のように、母は許されざる罪を犯しました。生きている事が罪で恥だとは分かっております。ヴィヴィアンナ様に恥ずかしくないよう、精一杯努めます。なので見守って頂けたら幸いです。こちらの弟は、エルバルトです。病気で声が出ませんが、思いは私と一緒でございます」
エルバルトが隣りで礼をした。
客人四人から『ほう』と声が漏れた。
修道院に送られて3年経つのに、二人の礼は社交界でも通じるほど美しかった。




