因縁 60 火蓋が切られる
一週間後、使用人達は数日前から緊迫感があり、ヴィヴィアンナも花の手配と、お菓子とお茶の味を比べては料理長と相談し、応接室の内装も一週間掛けて変えられた。
子供達にはマナー講師が付けられ、マナーのおさらいをし、既製服のサイズを合わせた物も用意された。
いよいよ当日、朝食は軽く済まされ、ミシェールとエルバルトは3年ぶりの正装に着替え、応接室の壁の奥にある隠し部屋へと案内された。
そこから応接室の様子を見る為で、客人が早く来る可能性も考えて、早くからそこへと入った。
そこへ行くには、食堂から隠し通路を通る必要があり、応接室からはぐるりと廊下を一周する場所なので、間に騎士が居ても不自然ではなく、お手洗いは応接室のすぐ側にある。
これで迷ったなんて言い訳で、子供達の所まで行くのは相当な根性がなければ使えない。
その隠し部屋で、正装したミハエル、ヴィヴィアンナ、ミシェール、エルバルト、騎士服のデューが昼食を早めにしていた。
その部屋に、執事が入ってくる。
「いらっしゃいました」
「予想より遅いな」
スープ皿を持って平らげ、ミハエルは立ち上がった。
ミハエルの予想では、昼食前に来ると思っていたのだ。
「朝が苦手なのかも知れませんわ」
優雅にスープを飲み、ヴィヴィアンナも立ち上がった。
ミハエルが一瞬だけデューを見て、すぐにヴィヴィアンナをエスコートして出ていく。
「非常識極まりない」
デューが溜め息を吐き、黒い髪を触る。
念の為、髪を黒くしたのだ。
来るのはやはり、謀反人シェキーラの子供達が修道院から出る事を快く思って居ない相手だ。
王が公表しなかった事件なので、表立ってアストリアを糾弾する事はないが、今もアストリアに対して懐疑的で、シェキーラの子供を開放するのも反対している。
デューはそのシェキーラの父親に生き写しで、一目で素性に気付かれる可能性があり、焼け石に水だが、髪を黒く染め、大きなホクロを顎に描いて、視線がそこへ向かうようにした。
といっても、貴族は他家の使用人や騎士の顔に見向きもしない。自身の使用人、騎士の顔さえ分からない者もいるほどだ。
お茶の時間に来る予定になっていた客人が、応接室へと招き入れられた。
客人は四人全員40代頃に見えた。
応接室の飾り棚にある覗き穴と繋がる壁の穴に、三人はそっと近寄った。
ミハエルが客人に座る事を促すと、四人はミハエルの向かいにあるソファにそれぞれ腰を降ろす。
「ご招待頂きありがとうございます。趣きのある良いお城でございますね」
細面の男が、にこやかな笑顔で言った。
「古臭いて正直に言えば良い。アンナは黴臭い!て叫んで掃除させたくらいだ」
「本当に臭かったのですよ。男所帯とはいえ、酷い物でしたわ」
ミハエルが笑ってヴィヴィアンナの肩を抱き寄せ、ヴィヴィアンナは不機嫌な声で言い、ミハエルの鼻を摘んだ。
「この鼻は飾り物かしら?とお調べしたかったのを我慢しましたのよ」
「今日のアンナの匂いは、良い事は分かるから、飾りではないだろ」
ミハエルがヴィヴィアンナの首元に鼻を近付けて笑った。
それに、細面の右隣りに座った、細い目のご婦人が扇子を広げて笑い、
「まあ、仲の宜しい事」
細面の左隣りの少しふくよかな女性は、そう溢しておかしそうに扇子を広げた。
その左隣りの立派な髭に対して頭髪の寂しい男が口を開く。
「夫婦仲が良さそうで何よりですな」
ふくよかな女性が、笑顔でヴィヴィアンナをじっと見る。
「大事にされていらっしゃるのに、妃殿下は好ましくない者を寵愛してらっしゃると聞きましたわ。ご自身のお立場をご理解なさっていらっしゃらないのかしら?」
「およしなさいな、妃殿下のお好みなのだから仕方ないわ」
細目が愉快そうに笑った。
それを聞きながら、なんて品のない人々なのか。とミシェールは思った。
会話の内容もだが、笑い方がなってないのだ。あからさまな嘲笑で、聞いていて不愉快になるものだ。
コロコロと、品の良いヴィヴィアンナの笑い声が応接室に響く。
「お可愛らしいお姉様方ですこと。私の可愛い人がお姉様方のお眼鏡に叶わないのは当然ですわ。まだ私もあの人も未成熟である事は否めませんもの。お互い年を重ねれば良いと思っておりますわ」
「んな?!」
「まっ!」
細目とふくよかな女性が言葉を失う。
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あからさまなヴィヴィアンナの挑発に、ミシェールも唖然とした。チラリとデューを見れば、手を拳にしながらも、顔を赤らめている。
恋人が他の男性と肩を寄せ合っているのを見てるのは辛いのだろうが、ヴィヴィアンナの惚気に照れているのだと思われる。
ヴィヴィアンナのうっとりした声に、ミシェールは応接室を覗く。
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「ミル様は私を大事にして下さっているの。私が欲しいと言えば何でも揃えて下さるのよ。この城に存在するという事は、そういう事ですわ」
その時、応接室に侍女がぞろぞろと入って来て、焼き菓子とお茶を並べていく。
「あぁ、やっとお菓子が来たわ。ごめんなさいお出しするのが遅れて。出来たてが美味しいのよ。来てすぐにお出ししたかったのですが」
言って、ヴィヴィアンナがミハエルの肩に顔を伏せ、
「約束の時間を勘違いしていて、この不手際を詫びよう」
「とんでもない!こちらが間違って早く来てしまっただけでございます」
頭を下げようとしたミハエルを、髭男が慌てて立ち上がって制した。
それに、ミハエルが首を捻る。
「そうだったか。揃って来たから、てっきりこちらの不手際なのだろうと思ったんだが?」
「城下町を見て回っておりましたら、少し疲れてしまいまして、失礼ながら予定より早くお邪魔させて頂きました」
ソファに座り、髭男が寂しい頭皮をハンカチで拭った。
「随分甘く見られているようだ。不敬罪を知らないのなら、相応の者に席を譲った方が家門の為だが?」
「殿下が寛容な事に甘えすぎたようですな。ご容赦下さいませ」
ミハエルに鋭く見られ、髭男が必死にハンカチで頭皮を拭う。
その緊迫感をヴィヴィアンナが朗らに壊す。
「心配なさらないで。閣下の意地の悪い冗談ですわ。さあ、お召し上がりになって、皆さんのお口に合えば良いのですが」
にこやかに笑い、ヴィヴィアンナが率先して焼き菓子に手を伸ばす。
小ぶりなシュークリームで、中にはベリーのクリームが入れられた物だ。
男性用にはリキュールを利かせたコーヒーのクリームだ。
一つを食べ終え、ヴィヴィアンナがナプキンで口と手を拭う。
「ダグラス伯爵夫人がベリーがお好きだと聞いて、ベリーのクリームを使ってみたのです。出来たてが一番美味しいと自負しておりますわ」
「大変美味しゅうございます」
ふくよかな女性が気まずそうに顔を伏せた。
「お代わりも出来ましてよ」
ヴィヴィアンナが鈴を鳴らすと、ワゴンを引いて料理長が応接室に入る。
焼き上がった生地が山とあり、トレーに氷を乗せ、その上にクリームの入った器が2種類ある。
「コーヒー、クリームは少なめで」
ミハエルが早速お代わりを頼んだ。




