因縁 58 ただいま
ベッドで横になっているミシェール。
どんなに促しても、エルバルトはベッドの側から離れなかった。
デューは外出したようで、護衛は他の騎士が務めていた。
侍女は洗面器に水を張り、タオルを浸して絞り、ミシェールの額に乗せる。
昼食にパン粥が出され、エルバルトにはパンにハムとサラダが挟んだ物とスープが出された。
オヤツの時間の少し前、
−コンコン
とノックされ、騎士が外を確認し、ドアを開ける。
「ミシェール、熱を出したのですって?」
修道服のナンジーが、声と共に入ってきた。
後ろからデューが入って来る。
「ナンジー先生?」
「ああ、寝てて」
起き上がろうとしたミシェールを、ナンジーは寝ているように促し、デューが用意した椅子に座る。
「デューさんが、ミシェールの為に来て欲しいと言って下さったの」
「大げさな。ご迷惑をおかけして」
「使用人だけでは不安だからと、修道院まで来て下さったの。一泊だけ側に居させて。安心して戻りたいのよ」
ナンジーに頭を優しく撫でられ、ミシェールは目を少し伏せて頷いた。
イーロンの使用人が、簡易ベッドをミシェールのベッドの近くに用意して出て行く。
ナンジーはリンゴの皮を剥き、ミシェールとエルバルトが食べるように、皿に並べている。
「修道院は、大丈夫なのですか?」
「宿屋の女将に声をかけて、子育ての終わったご婦人に一日だけお願いしてある。あそこの子供は賢いから、手はかからないて、快諾してくれたよ」
リンゴを食べたミシェールの問いに、作業を終えたデューが言い、エルバルトの隣りに腰掛ける。
修道院の責任者のナンジーが不在となれば、修道院を快く思っていない者にとって、襲撃の機会となる。町の者が代理として居れば、そうそう下手な事が出来ないので、デューはしっかり対策をしてきたのだ。
ミシェールの顔を見て、デューが表情を柔らかくする。
「顔色が良くなったな」
「騒ぎすぎです」
「シェリーは年頃だからな。親しい女性が居た方が良いと思って。ナンジーさんが居れば、バルも安心出来るだろ?」
優しく笑うデューに、ミシェールはヴィヴィアンナの『過保護すぎないかしら』という笑い声を思い出した。
本当にこの優しい兄は過保護だと、ミシェールも同意したくなった。
夕ご飯は部屋の中で済まし、ナンジーの読む経典の一小節を子守唄代わりに、二人は眠りに落ちた。
翌日の昼食に、ミシェールは食堂に向かった。
朝には熱が下がっていたが、医師の診察があるまでは、デューがベッドから降りるのを拒んだのだ。
ナンジーはミシェールの側に居る事を望んでいて、イーロンは病床のミシェールに気遣って部屋に来なかったので、ナンジーはまだイーロンに挨拶が出来ていない。
医師からの、無理をしなければ起きても良いと言葉を貰い、ミシェールはエルバルトとナンジーと、背後にデューを連れて食堂に入った。
イーロンが立って待っていた。
ミシェールは、イーロンに心配と迷惑を掛けた事を侘び、イーロンは体調が良くなった事に喜んだ。
メイド長との再会を、ナンジーは大変喜び、涙を浮かべた。
ナンジーが修道院の利用者だった頃の年長組の子供で、イーロンが使用人見習いとして引き取っていたのだ。
手紙でのやり取りはあったが、久しぶりの事だった。
デューの操る馬車でナンジーは帰っていき、ミシェールとエルバルトは一泊だけでも過ごせて良かったと、顔を見合わせて笑った。
その後は、またゆっくりとした時間を二人は楽しんだ。
イーロンの次男が6歳の孫娘を連れて遊びに来たり、馬車に乗って少しだけ遠出をして外で食べたりもしていた。
楽しい時間は、ミシェールはヴィヴィアンナがここに居たら、もっと楽しかっただろう。と彼女の笑い声と顔を思い出していた。そんな時は、エルバルトがそっと近寄ってきて、ミシェールの手を握ってくれた。
イーロンの屋敷で3週間過ごし、帰る日となった。
「ミハエル殿下に、お身体をお大事にとお伝え下さい」
イーロンにそう見送られ、馬車の旅を6日。
以前より体力が付いて、旅程が少し短く済み、お茶の時間に大公城に辿り着いた。
門をくぐり、広いアプローチも馬車で進み、玄関前に着けられた。
玄関前には、ミハエルとヴィヴィアンナが並んで待っていて、使用人達、騎士達も見た限り勢揃いに見えた。その中に、赤い髪がチラリと見えて、ミシェールは眺めていた窓から身を乗り出したくなるのを堪えた。
騎士団長が馬車の扉を開け、その手を借りて、ミシェールとエルバルトが降りる。
ヴィヴィアンナが二人に笑いかける。
「おかえりなさい」
ミハエルはその横で口の端をあげて右手をあげている。
二人に向かい、ミシェールとエルバルトは頭を下げる。
「ただいま戻りました」
「埃を落としてらっしゃい。早くお話を聞かせてね」
ヴィヴィアンナの笑顔に見送られ、ミシェールとエルバルトはそれぞれ別の部屋で身体を洗い、身支度を整えられるが、髪は整えられないまま、談話室へと案内される。
ミハエルがソファで座って待っていて、ヴィヴィアンナは椅子の背に手を乗せて立って待っていた。
その椅子に、先にエルバルトが誘導され、ミシェールは隣りの椅子に促された。
優しい手付きでエルバルトの髪を整え、ヴィヴィアンナは優しく笑う。
「少しお兄様に似てきたわね。ハンサムさんになったわ」
エルバルトの正面に周り、ヴィヴィアンナはその頬に口付けをした。
エルバルトはぎこちなく椅子を降り、ヴィヴィアンナの右手をそっと持ち、手の甲にキスをした。
「ほう」
「あらまあ」
ミハエルとヴィヴィアンナの驚きの声があがり、エルバルトは礼をしてから近くの侍女の手をとった。
侍女は微笑み、ミハエルの向かいにあるソファにエルバルトを誘導し、お茶を渡した。
ヴィヴィアンナは、隣の椅子へと移動し、嬉しそうにミシェールの髪を整え、前に回り込み、出来栄えを確認し、
「少し大人びたかしら、寂しくなってしまうわね。まだまだ可愛がりたりないのよ」
言って、ミシェールの頬に口付けをした。
ミシェールの手が伸び、ヴィヴィアンナの頬に口付けを返される。
ヴィヴィアンナはクスクスと笑い、一度ミシェールを抱き締め、椅子の前から退いた。
ミシェールが椅子から降り、エルバルトの隣りのソファに座る。
ヴィヴィアンナがミハエルの右隣りのソファに座り、机に焼き菓子とお茶が並べられた。




