因縁 57 郷愁
修道院の食堂に入ると、淑女方も子供達も立って待っていた。
子供達が、わあ!と二人を囲む。
「なんか良い匂いがする」
「変わらないな」
「泊まってけよ」
「泣かされてたら言えよな」
「あそぼ」
「帰ってきちゃったのかよ」
「服買って貰えないの?」
それぞれに一度に言い、淑女方は上品に笑って見守る。
懐かしいそれに、エルバルトが微笑んでミシェールの手を握った。ミシェールとエルバルトを囲む子供達に向かい、
−パン!
とナンジーが大きく手を叩いた。
「ミシェールとエルバルトは少ししか居られないの。早く一緒に食べましょう」
その言葉に、わらわらと子供達が動く。
食堂は机と椅子が壁際に寄せてあり、床に敷布が何枚も敷かれ、パンとサラダの乗ったトレーが敷布に置かれていた。
子供達に手を引かれ、ミシェールとエルバルトは敷布の上に座った。
周りを子供達と淑女方が座って囲む。
「では頂きましょう」
ナンジーの号令を懐かしく思いながら、ミシェールとエルバルトはパンにサラダを挟み、口に含む。
大公家で再現された物と少しばかり違う。
大公家では柔らかくて甘いパン、サラダの野菜も質が良い物だったと、懐かし味との違いの差を考える。
どちらが良い。悪いなんて事はない。どちらも美味しいし、修道院は精一杯の愛で補っている。
「美味しい」
ミシェールが言えば、子供達が笑う。
素直じゃない年若い淑女は、鼻をスンと鳴らしながら食べている。
本当に良い所だとミシェールは思う。
可愛げがないにも関わらず、皆が良くしてくれる場所だ。勿論、数人突っかかってくる者もいたが。
その受けた優しさを、ミシェールは返したいと思っていた。
離れた場所に座り、ナンジーは感慨深けに言う。
「良くして頂いているようで、安心しました。あんなに血色が良くなって」
「皆が世話をしたがるので、大変ですよ。ここで優しさを覚えたからか、皆に人気なんです」
デューもパンにサラダを挟んで口に運んだ。
食事の後、二人は子供達と自分達が使っていた部屋に向かった。
小ぢんまりとした部屋だったが、その分互いの息遣いが分かり、寄り添って居られた部屋で、2年間の思い出が詰まった部屋だ。
泊まれたら良いが、何かがあった時に皆を巻き込む事になるので、ミシェールはこっそり息を吐いた。
炊事場にも行き、洗い場と風呂場を見て、庭を見て、礼拝堂に向かった。
二人で神像に修道院の安寧を願い、優しい大人達に出会えた事に感謝をした。
皆で掃除道具を持ち、礼拝堂を掃除をする。デューも布を持ち、高い所を拭いた。
帰る時間となり、城を出る前に、ヴィヴィアンナとデューと、ミシェールとエルバルトとで作ったジャムをナンジーに渡し、馬車に乗り込んだ。
次にここに来る時は、どんな気持ちになっているだろうか?と思いながら、ミシェールは遠ざかる修道院を、エルバルトと共に馬車から身を乗り出して眺めた。
町を出てからは少しだけ馬を早く走らせ、イーロンの屋敷に着いたのは、夕日がまだ残っている頃だった。
夕ご飯として出されたのは、スープとパンだった。
「修道院の食事を再現させました。メイド長がそこの出身なので、少しはご満足して頂けるかと」
思わぬイーロンの心遣いに、ミシェールとエルバルトは頭を下げてから、ゆっくりと食べた。
少し酸味のあるパンに、具の少ない薄い味付けのスープは、修道院のそれと似ていて、修道院での賑やかな食事を、ミシェールは思い出した。
「美味しいです」
ミシェールが言えば、イーロンが涙を浮べて何度も頷く。
「ナンジーは元気そうでしたか?」
「はい。とても元気そうでした」
「それは良かったです。私が現役の頃はまだ利用者だったのですが、苦労を知っているだけに、理事長を引き受けたと聞いた時は、心配していたのです。立派に勤めてくれているようで良かった」
イーロンが優しく笑った。
この辺り一帯の元領主なので、修道院に行った事があるのは不思議ではなかったので、修道院とナンジーをこうして気に掛けてくれる事に、ミシェールは安堵した。
「美味しく頂きました。ご厚意に感謝します」
二人食べ終わり、ミシェールが言えば、イーロンが目尻の皺を深くする。
「勿体無いお言葉でございます。ごゆっくりお過ごし下さい」
イーロンに見送られ、ミシェールとエルバルトは賓客室に戻った。
護衛として背後に居たデューも続き、二人がそれぞれのベッドに座るのを待ってから、応接空間にあるソファに座る。
夕ご飯が用意してあり、デューはそれを頂いた。
ベッドに居る二人は、数時間しか居られなかった修道院を思い出して、部屋の静けさに寂しくなり、エルバルトがミシェールのベッドに移り、隣り合って座った。
そんな二人に気付き、デューは食事を早々に終え上着を脱いで、エルバルトをミシェールと挟む形で座る。
「帰る場所は二人が決めたら良い。二人がどこに居ても、会いに行く。ヴィアも閣下もこっそり行くと思う」
「今は、まだ決められません。それに、閣下にこっそりは無理だと思われます」
「確かに」
ミシェールから返ってきた言葉に、デューは内心ホッとしながらも声を殺して笑った。
どんなにこっそり行動しようとしても、ミハエルは背が高いし身体も大きい。何よりあの圧倒的な存在感は、隠しようがない。
その会話で少しだけしんみりしていた空気が薄まり、まったりしていると、従僕が湯船の準備が整ったと知らせる。
賓客室の一角に、衝立に囲まれて湯船が用意されていて、二人は順番に入る。
騎士と使用人は、交代で軽くお湯を掛けるだけで、湯船に長く浸かる事はない。
部屋の中で身体を動かしたり、屋敷の周りを散歩したり、厩舎で馬のお世話をしたり、イーロンとカードゲームをしたりと、ここに来てから5日も経つと、二人はここに慣れて来ていた。
そんな朝、ミシェールが微熱を出してしまった。
イーロンが呼んでくれた医師からは、ゆっくり過ごす事を勧められ、ミシェールはベッドで横になっていた。
エルバルトは側で心配そうにしていて、離れようとしない。




