因縁 56 成長
二人が使用人見習いとして暮らしだすと、デューは朝の散歩に誘わなくなった。
使用人の朝は早く、見習いともなれば小間使いがほとんどで、朝から体力を使わせる事は二人の為にならないと判断したからだ。
同室の先輩の使用人は二人を可愛がっていて、朝は優しく起こされ、身支度を手伝おうとするので、二人は頑として断っていた。が、仕事となると遠慮なく色々と教えられていた。
修道院では扱わない高級な布の洗い方、貴重な装飾品の磨き方、銀製のカトラリーの扱い方をそれぞれ教えて貰うと、使用人というのは随分と気を使う仕事である事に気付き、身の回りの事が出来るから使用人ならなれるだろう。という甘い考えを二人は反省した。
何より、本来ならば主一家に気配を感じさせるのは厳禁なので、ここ以外はもっと気を遣う必要がある。
修道院で罪を償って過ごす事に疑問が出てきて、かと言ってミハエルの手を取るのはまだ戸惑われ、二人は平民で幼い内から働ける場所として、使用人を考えていたのだが、自信がなくなって来た頃、一週間が経ち、ミハエルとヴィヴィアンナが王都へ出立する日になった。
それに合わせ、ミシェールとエルバルトは、デューと一緒に旅に出ていた。
立場的に二人を王都に連れて行けず、かと言って大公城に残すと、二人への恩赦を快く思っていない者が訪ねて来る可能性があるので、ミハエルの知り合いの家に避難する事になっていたのだ。
大公家を出る時、同時に何台もの馬車を出し、どれに二人が乗っているか、分からないようにし、馬車を別の馬車に乗り換え、念には念を入れた。
大公家に慣れて来た所だったので、二人は不安そうに馬車の中で寄り添っている。
侍女と従僕は三人ずつ、騎士はデューを含めて6人を連れており、従僕も武術の心得がある人物で、シモンと犬のフィビーは残念ながら城の待機組だ。
修道院に近い街に、二人が身を寄せる屋敷があった。
白髪の目立つ男が、二人の到着を待っていた。
「ようこそおいで下さいました」
白の多い茶色い髪、赤茶の目には目尻の皺が多いその男は、この屋敷の持ち主のイーロン・ランバートで、ミシェール達の居た伯爵領の元伯爵家当主だ。
隠居の身で、妻に先立たれ、僅かな使用人とここで暮らしている。
早速二人は応接室へと通された。
二人がソファに座るのを待ち、イーロンが臣下の礼をする。
「殿下の大切なお客様にご満足頂けますよう、お二方に尽くさせて頂きます」
ミシェールとエルバルトは慌てて立ち上がる。
「そのような事、困ります!私達は平民ですから」
ミシェールの隣りでエルバルトも頷く。
イーロンは臣下の礼のまま口を開く。
「こちらは隠居した身。御身はミハエル殿下の大切なお客様でございますゆえ、尽くすのは当然の事です」
平身低頭なイーロンに、ミシェールは側に立つデューを見た。
デューが微笑み口を開く。
「イーロン殿、お二方は静かにお過ごしになられる事をお望みでいらっしゃいます。過度な接待はお疲れが出てしまうでしょう。どうか、お二方の為にも、このような歓待はご勘弁頂けますか?」
「さすがミハエル殿下のお認めになられたお子様方です。奥ゆかしい性格でいらっしゃる」
イーロンが感動したように顔をあげ、ミシェールとエルバルトを恍惚と眺めた。
「とりあえず、お二方の身の回りは、私共が行いますので、頼みたい事は都度お願いさせて頂きます」
イーロンのミハエルに対しての崇拝ぶりに、デューは会話を諦めて話を終わらせた。
屋敷の使用人に賓客室に案内され、二人は息を吐いた。
賓客室には、使用人用の部屋があり、大公家の侍女達がそこで寝起きをする。
デューは、二人の専属護衛として、賓客室の応接空間で寝起きする事になっていて、賓客室の手前の部屋を、従僕と他の騎士が使う。
侍女がお湯を貰いに部屋を出ていく。
ミハエルが選んだだけあって、ミシェールとエルバルトに対する忌避感はないが、これはこれでどうなんだ?とデューは思った。
お世話をされる事に慣れたとはいえ、それは顔を覚えた相手だからである。
エルバルトは人見知りで、ミシェールは気遣いをしすぎるので、他人からのお世話には抵抗があるのだ。
まるで大公家の初日に戻ったように、ミシェールとエルバルトは寄り添っていた。
「今日はここで食事をさせて貰おう」
二人の前で片膝を着き、小さな声でデューは言った。仕事中の声ではない、柔らかな声に、ミシェールは首を横に振った。
「お世話になるので、皆さんにご挨拶はしないといけません。食事は食堂に行きます」
横でエルバルトが揺れた。
「バルは部屋でも良いのよ。私がご挨拶したいだけなの」
ミシェールがエルバルトを見ると、小さく首を横に振った。
「バルも来るの?」
ミシェールが問えば、エルバルトが頷いた。
人見知りながら、負けず嫌いが働いたのだと予想し、デューは小さく笑ってから、息をゆっくり吸う。
「お二方のご要望、確かに伝えさせます」
部屋にある使用人用の部屋のドアをノックし、出てきた侍女に、デューが伝えれば、侍女は部屋を出て行った。
夕食は、過度な豪華さではなく、質の良い物で丁寧に作られた物が出された。
そこでミシェールは、堂々と屋敷の使用人と接して、挨拶もしてみせる。
エルバルトは無言ながらも、胸を張っていて、デューには頼もしく見えた。
イーロンは、二人の佇まいや所作に感動しきりだ。
翌日は旅の疲れを取る為に、ゆっくりと過ごし、その翌日、二人は馬車に乗っていた。
一日だけ、修道院に顔を出すのだ。
バザーの時に着た、揃いの紺色の生地に白い襟があるシャツとワンピースで、エルバルトは濃灰色のズボンを合せている。
デューが馬車を操り、朝に出発して修道院に昼前に辿り着いた。
先に行く事を伝えてあったので、修道院理事長のナンジーが、敷地の外で待っていた。
「ミシェール、エルバルトおかえりなさい」
温かく抱擁され、二人は大人しくしている。
着いてきた騎士に馬車を任せ、デューがナンジーに歩み寄る。
「お久しぶりです。理事長。慌ただしくて申し訳ないです」
「いいえ。二人の元気そうな姿に安心したわ。さあ、入りましょ。皆が待っているのよ」
ナンジーがいそいそと、修道院に入って行き、三人も後を続く。
懐かし匂いに、ミシェールは目を細めた。
大公城も古いだけあって少し黴臭いが、修道院の黴臭さとはやはり違い、その匂いが感じ取れる事に、ミシェールは寂しさを感じた。
少し前までは、ここの匂いが当然で、意識なんてしていなかったのだ。




