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因縁 55 一歩

一週間後にミハエルとヴィヴィアンナは王都へと向かう事になっていた。

王太子の結婚記念と、その子供の王子の誕生祝いを兼ねた夜会が開催されるからだ。それに合わせ、王都で人と会う約束もしている。

その調整と、仕事が滞らないようにする為に、ミハエルは忙しくしていたのだ。

ミシェールの誕生日の翌日、ミハエルは朝食後に、ミシェールとエルバルトに一週間の使用人見習いの体験を提案した。

実際に経験する事で、二人に選択肢が増えるだろうと、説明もされた。

使用人部屋で、二人別々に先輩使用人と同室の寝起きとなり、着替えも風呂も食事も使用人用と、随分本格的な提案だった。

「不服や不安があるなら考慮しよう。返事は夕食に聞かせてくれ」

ミハエルに優しく言われ、エルバルトが右手を挙げ、必死に頷いてみせる。

「やってみたいのか?」

聞かれて、エルバルトが何度も頷く。

それに周りが驚いた。

ミシェールはずっとエルバルトを守ってきたつもりであったから、自分と部屋が別になるのは不安があるのではないか?と、提案を聞きながら心配をしていたのだ。それがまさか、率先して参加の意思を示したのだ。エルバルトの成長が嬉しい反面、驚きと寂しさがあった。

ミハエルとヴィヴィアンナも、エルバルトは姉と離れて寝起きする事に、不安があるかも知れないと懸念していて、その時は、デューに同室させる事も考えていた。

ミシェールは14歳で、いつまでも姉弟で同室は難しい。かと言って、いきなりエルバルトに一人部屋というのも憚られた。

使用人見習いの体験は、慣れてきたら一度はさせるつもりであったから、見習い体験のついでに、部屋を分ける事にしたのだ。

だが、その心配をエルバルト本人が一蹴した。その頼もしい変化に、ミハエルはニヤリと笑い、ヴィヴィアンナは目を細める。

「デューが言った通りになったわね」

その言葉に、ミシェールとエルバルトが首を傾げた。

ヴィヴィアンナが小さく笑い、言葉を続ける。

「デューにね、了承貰っておいたの。私とミル様が身元引受人だけど、デューは二人のお兄様だもの。それに過保護だから、先に話しておいたのよ。そしたら、バルはやりたがるよ。て。自慢気に言われたわ」

言われた途端、エルバルトが落ち着きなくそわそわとし、それに気付いたミハエルが口の端をあげる。

「前庭だ」

トン!とエルバルトが椅子から降りたので、ミシェールも慌てて降り、

「受けます」

とだけ言って、エルバルトの右手を掴み、二人で走り出す。

騎士が一人先導し、侍女と従者が一人ずつ着いて走り、その後を一人騎士が追う。

二人の息が上がりそうになった頃、二人は騎士姿のデューを視界に捉えた。

「お兄様!」

ミシェールが思い切って、出せる限りの大声を出すと、デューが驚いたように振り返る。

何を言いたいのかも分からず、ついここまで走った事と、大声を出した事に、羞恥が襲ってきて、ミシェールは足が止まり、足元を見る。

エルバルトは、柔らかく握られていたミシェールの手から、自身の手を抜き、走ってデューの元へと向かい、その勢いで抱き着いた。

軽々とその衝撃を受け、デューが腰を降ろし、エルバルトに微笑む。

「受けたんだな?」

受ける事を前提とした問いに、エルバルトが涙を浮かべながら何度も頷いた。

エルバルトの頭を撫で、デューは顔をミシェールに向ける。

少し離れた場所で足元を見ながら、伺うようにしている様子に、デューは手招きして見せた。

おずおずとミシェールが近寄り、デューの手が届く距離まで来た。

その小さな手をそっと握り、デューは微笑みかける。

「シェリーも受けたのかい?」

「はい」

「大変だろうけど、二人なら大丈夫。頑張り屋だって知ってるから」

優しく言われ、ミシェールは潤む目でデューを見上げた。

「なぜ、バルが受けると?」

一番近くに居た自分が、エルバルトの事を心配していたのに、再会して一月くらいしか経ってない兄が予想出来た事に、ミシェールは嬉しさと悔しさが入り混じっていた。

デューが小さく笑ってエルバルトを空いている手で抱き寄せる。

「バルは負けず嫌いだから。閣下は横柄だけど、押し付けたりしないだろうし、配慮するとか何かしら妥協点を言ってくれる筈なんだ。配慮するなんて言われたら、バルは面白くないだろうなて思ったんだ」

その説明に、ミシェールは言葉を失ってしまった。

エルバルトが負けず嫌いだとは、ミシェールは思った事がなかった。声が出せない分、エルバルトは積極的に他人とコミュニケーションを取る事をしていなくて、幼い頃は母親に怯えていた姿しか思い出せない。いつだってミシェールが守るべき存在だったのだ。

その不満に気付いたのだろう、デューがそっとミシェールの右頬を撫でる。

「バルが負けず嫌いになったのは、ここに来てからだから。それにシェリーはバルを守る為に頑張って来ただろ?守る存在として見てしまう事は仕方ないと思う」

デューの腕の中で、同意するようにエルバルトも頷く。

そこに、不満げに声がかかる。

「こうなるから、場所は変わっとくべきだったんだよ。真面目すぎて迷惑だわ」

ここまで二人を先導した騎士が、デューの左に立ったので、デューがそちらを見上げる。

「不測の事態に対処するのは騎士として当然だろ?」

「んな話じゃねぇよ。お子様が転ばないか、ハラハラしながら走らされたこっちの身を考えろ。配置を変わる事なんか良くある事だろ」

は~っと長い溜め息を吐いた騎士に、ミシェールが振り向いて頭を下げる。

「勝手な行動でご迷惑をおかけしました」

「お嬢様は悪くない。悪いのは場所を変わる事を受け付けなかったソイツだ。じゃなくて、ソイツです」

フン!と鼻息と共に、騎士はデューを睨みつけ、言葉を続ける。

「お客人の護衛、さっさと代われ。巡回の方が気楽だ」

「お前だから安心して任せたんだ。二人が決める場面に、俺は必要ないから。ずっと母親の目を気にしてたから、身近な俺は、そこに居ない方が良かったんだ」

デューはエルバルトを開放し、ゆっくりと腰を上げ、右手を拳にし騎士の肩を殴る。

「嬉しくない信頼だな。クソ」

騎士が繰り出した足蹴を、デューは笑いながら避けた。

「避けるな!当然の報いとして受けろ!」

「今度奢るから、それで良いだろ?」

「三杯な!」

チッと舌打ちし、先導した騎士は巡回の騎士と合流し、その場を去って言った。

兄の気安い様子に、ミシェールは去っていく騎士の後ろ姿を見、エルバルトは目をパチクリとさせる。

その後、もう一人の騎士に促され、三人で食堂へと戻り、デューがミハエルに深々と頭を下げた。

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