因縁 53 ミシェール
2日後の朝ご飯に食堂に二人が行くと、花が沢山飾ってあった。
驚いて入口で足が止まった二人に、背後のヴィヴィアンナが笑う。
「シェリー、今日は主役よ」
ミハエルの後ろで立っていたデューが、ミシェールの前に片膝を着く。
「お嬢様、お手を宜しいでしょうか?」
騎士服のデューが差し出している右手の上に、ミシェールの手が重なる。
デューにエスコートされ、いつもの椅子まで連れられて行く。
エルバルトの手を、ヴィヴィアンナが握り、その隣りまで連れて行った。
ヴィヴィアンナは机を回り込み、その向かいのいつもの席に座る。
デューが騎士の制服の上着を脱ぎ、ミシェールの隣りに座り、ミシェールはそちらを見上げる
「え?」
「シェリーの誕生日だから、休みを貰ってたんだ。エスコートは格好良くしたくて」
「何を着ても中身は変わらんだろ」
照れたようにデューが鼻を搔くと、ミハエルが皮肉げに笑った。
今回の同席は、珍しくデューが望んだもので、ミハエルは快く受け入れていた。
五人の前に、シャンパングラスに入ったイチゴ果実の炭酸割が出される。
「では、ミシェールの輝かしい誕生日と未来に乾杯」
ミハエルの合図で、それぞれグラスを手に掲げた。
ハーブの入ったパンは、ミシェールがここで好きになった物で、食べられる花を飾ったスープ、ハムが花のように飾られていて、サラダ、スクランブルエッグにはハート型に切られたプチトマトが添えられ、それぞれの前に並べられる。
ミシェールは何も言えず少しずつ口に運ぶ。
エルバルトは嬉しそうに笑い、自分の分のハーブパンを半分、ミシェールの皿に乗せた。
侍女が笑いながら、くるみの入ったパンを、エルバルトの皿に盛る。
エルバルトの好きなパンだ。
誰も話す事なく、だけど明るい雰囲気で食事は進む。
ゆっくりとした食事が終わり、プレゼントが大人達から贈られる。
ミハエルからは懐中時計、デューからは緑の胴軸の万年筆。ヴィヴィアンナからは、新しい刺繍の道具。
ミシェールは『ありがとうございます』としか返せず、少し落ち込みそうになっていた。
最後にエルバルトから両手サイズの小物入れを渡され、ミシェールはエルバルトに抱き着く。
久しぶりの二人の様子に、大人達は微笑ましく笑う。
ミハエルが仕事へと向かい、食堂には四人が残った。
二人の部屋へと四人で戻り、デューは、ミシェールを膝の上に乗せて、感慨深そうにする。
こんなに小さかったんだと、手で赤ん坊の頃の大きさを表現し、父親が目尻が下がりっぱなしで、抱いて離そうとしなかったと話す。
「生まれてきてくれてありがとう。父上は何度もそう言っていたよ」
初めて聞いた話に、ミシェールがデューを仰ぎ見た。
「特別な日に教えたくて、黙ってた」
優しくデューの手が頭を撫でる。
「来年は、抱っこなんてさせて貰えないだろうな」
今日14歳を迎えたミシェールを、デューは惜しむように抱き締めた。
ポロポロとミシェールの目から涙が零れ、デューの右隣りに座っていたエルバルトがミシェールの手を握り、左隣りに座っていたヴィヴィアンナは、身を乗り出してミシェールをデューの腕の上から抱き締めた。
抱擁の後は、四人で相手を代わる代わるしワルツを踊った。
ミシェールは泣いた事が恥ずかしいのか、少し俯き加減だったが、踊っている内に顔が上がり、デューがリフトしてくるりと回る。
ヴィヴィアンナが笑い、エルバルトは手を叩いた。
降ろされたミシェールは、デューに抗議の意味を込めて腕を叩き、ヴィヴィアンナに擦り寄り、部屋はさらに賑やかになった。
お昼ご飯に食堂に行けば、修道院のお昼ごはんが再現されていた。
パンにサラダを挟んだだけという、質素な物だが、ミシェールとエルバルトは美味しく食べた。
ミハエルは少し物足りなさそうにし、執事がナッツを出すと、ボリボリと食べる。
午前中、四人で踊っていた事を、ヴィヴィアンナが言い、ミハエルは満足そうに頷く。
ナッツがなくなり、ミハエルは執事と共に食堂を出て行った。
お茶を飲んでいると、食堂のドアがノックされ、侍女長が開けると私服のシモンが入ってくる。
「ミシェール様に、お祝いを言いたくて」
モジモジしながら、シモンがミシェールの横に立つ。
「おめでとうございます。何もなくてすみません」
「いえ。ありがとうございます」
首を振ったミシェールとシモンの間に、デューが厳しい顔で立った。
デューの視線が、シモンの首に巻かれた布に向いている。ミシェールから贈られた布だ。
「それを首には巻くな」
「え???」
大事な物だから、外で髪を隠す事に使う以外は、特別な日にしか着けない事にしていて、今日はミシェールの誕生日だから、見やすいようにと、シモンは首に巻いたのだが、デューにはそれを黙認出来なかった。
「刺繍入りのスカーフを首に巻くのは、その人の所へ無事に戻れるように。ていう騎士での験担ぎで、家族か恋人から貰う物なんだ」
「え?」
目に見えて、シモンの顔が真っ赤に染まり、デューが溜め息を吐く。
「誰かに止められなかったのか?」
「団長には頑張って来いと、言われたくらいです。他は、笑ってました」
「あの髭が」
渋い表情で悪態ついたデューに、シモンが唖然とする。
礼儀正しいデューは、不服があれば澄ました表情で慇懃無礼に対応するくらいで、こうして悪態をつくのは珍しい事だった。
とりあえず、シモンは首の布を解き、手首に巻いた。
「よし」
デューが満足そうに頷いたので、シモンは頭を下げ、急いで宿舎に向かった。午後から仕事なのだ。
ヴィヴィアンナがコロコロと笑う。
「過保護すぎないかしら」
「周りに変に勘違いされたら、シェリーが嫌な思いをするだろ?」
不満そうにデューは席に戻り、カップを手にする。
「やりすぎたなら、すまない」
「いえ。ありがとうございます」
小さく言われた謝罪に、ミシェールが首を横に振る。
布を首に巻く事にそんな意味があるとは思っていなかったので、ミシェールはそれを聞いて言葉を失っていた。
デューが指摘していなかったら、シモンのあの姿を見た人間が増えたのだ。阻止された事にミシェールは安堵していた。




