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因果 7 銀色の秘密

大公に撫でられた護衛を視線に捉え、ヴィヴィアンナとモントルア夫人は息を飲んだ。

銀色の髪に、少し細い緑の目。日に焼けているが、その顔には幼い頃の面影が確かにあった。

「クリス?」

恐る恐るヴィヴィアンナは声を掛けた。

それに、護衛は大公へと視線を送り、頷きを返され、口を開く。

「久しぶり。綺麗になったね」

声変わりをした声のそれに、ヴィヴィアンナとモントルア夫人の瞳から涙がこぼれおちる。

「閣下、どういう事でしょう?」

怒気をはらんだモントルア侯爵の声。

クリスと呼ばれた護衛は、7年前に不慮の事故で亡くなった筈のデュクリス・ロー・アストリア、その面影を残した精悍な顔付きの青年であった。

「大公領での再会という計画だと記憶しておりましたが」

続いた言葉に、ヴィヴィアンナと夫人は驚きで涙が止まり、その背後のモントルア側の護衛も動揺で身体を揺らした。

「そのつもりだったが。止めた。モントルア令嬢には、本当の笑顔で大公領に来て貰う」

そう言い、大公はデュクリスの背中を叩き、椅子へと座った。

「小僧の事は、デューと呼んでくれ。家名のない平民の、大公家の騎士だ。疑問はあるだろうが、説明は後だ。婚約だが、ここではなく、領地で書類を交わそう。書類をうっかり忘れたのだ」

歯を見せて笑った大公に、ヴィヴィアンナ側とデュクリス改めデューは目を丸くしたのであった。

白いローブ姿の書記官が、小さく謝罪をする。

「私の落ち度でご迷惑をおかけします」


大公の言葉で、ヴィヴィアンナ達の大公領への出立が急遽決まり、離宮内は慌ただしくなっていた。

大公は離宮の賓客室でそしらぬ顔をして椅子に座っている。

「彼女に会うなんて聞いおりませんでしたが」

不満気な表情で、デューは大公の傍らで立っていた。

部屋には大公、デュー、護衛の騎士団長と執事だけだ。

「護衛として選ばれた時、目的を聞かなかったのか?」

「お知り合いへのお見舞いだと聞いておりました。お相手が若いから、貴族のマナーを知っていて尚且、若い自分が居た方が良いだろうと」

「なら行き違いだな」

言って肩をすくめ、大公は困った困ったとニヤニヤと口を歪めている。

「なぜ、あの時呼んだのですか。気付かれずに終わるのを待っていたというのに」

「それは気付かなかった。いやな、そういや、モントルア嬢と知り合いだったな。と思い出したら、なぁほら?」

「領地での再会というモントルア侯爵の言葉は?何も聞いておりませんが?」

大公ののらりくらりとした態度に、デューはイライラを隠しきれなくなっていた。

7年前のあの時は、確かに頼もしく感じていた筈の男が、今は少々小憎らしい程だ。

執事は微笑ましそうに顔を緩ませ、騎士団長は大公と同じニヤニヤとした表情を浮かべている。

デューがまだデュクリスだった7年前、失踪したその年に彼の元へと行った。

留学先へと向かう途中、渡された父親からの手紙に書いてあったのだ。『彼を頼って逃げろ』と。そして、デュクリスは失踪した。失踪にあたり、モントルア侯爵が偽装した遺体を用意した事は、自分の葬儀を知った時に始めて聞かされた。

7年前のあの手紙を、デューは捨てられずにいる。


それは、衝撃的な内容であった。

デュクリスの命が危ういから逃げて欲しい事。

理由は書いておらず、それはデュクリスの咎でも責でもない事。

家に戻っても、留学先でも命の保証がなく、父親の力不足ですまない。とあり、

指定の街でモントルア侯爵が待っており、そこに着いたら、従僕が手引する事。

現大公が身元を引き受けてくれるから安心して欲しい事。が続いて書いてあり、達者で。愛している。生きろ。と綴られていた。

何故自分が?と疑問に思ったが、父親が選んだ身元引き受けの先に、これは余程の事だと悟った。

その後はそしらぬ顔で旅をし、約束の街へと着いた。

着換えを手伝いに来た従僕が、次の街へ行く途中、病で動けなくなるので、小さな町の空き家を借りて欲しい。と耳打ちをした。

聞き返す事なく頷くと、護衛のある一人に大きな街の医者を呼びに行かせて欲しい。協力者だと教えられた。

そして、夜に護衛と二人きりになれたら、薬を飲ませて、その家から抜け出せば、モントルア侯爵の使いの騎士が待っている。と薬を渡され告げられた。その後、切った事が気付かれない程度に髪を切られた。


その翌日の昼過ぎ、従僕の顔色が悪くなり、身体に発疹まで出た。

演技ではないそれに、デュクリスは狼狽え、護衛から近くの町で休ませましょう。と提案されて頷くのがやっとだった。

熟練の護衛は、従僕一人をその小さな町で休ませ、先の街へと行きそこから医者を手配しようと提案したが、デュクリスが一人でも欠けるのを拒んだ。一瞬眉をしかめたものの、熟練の護衛も従僕へ、非情になれなかったのだろう頷いた。

着いた小さな町で、空き家を借り、指定の護衛に大きな街へと向かわせ、デュクリスは若い護衛と部屋へと籠もった。

夕食は携帯食を若い護衛と一緒に食べた。国を越える道中で、宿がない所があるし、不足の事態に備え、旅の荷物として携帯食は用意してあったのだ。

そして、夜。熟練の護衛の就寝の挨拶の際にお湯を受け取った。デュクリスが寝る前によくお茶を飲んでいたので、用意してくれたのだ。

若い護衛に茶葉と茶器を渡すと、若い護衛はお茶を入れて、毒見をした。

「まずいですね。失敗しました。不慣れで申し訳ございません。淹れ直しましょうか?」

「いや。貰うよ。旅の醍醐味だ。そうだ、口直しにコレでも」

言って服のポケットから飴玉を出し、デュクリスは口元に右手の人差し指を当てた。

「秘密だよ。生真面目な彼は怒るから」

「ありがたく頂きます」

おかしそうに笑い、若い護衛がそれを口へと入れるのを、デュクリスはお茶を飲みながら見守った。

「本当にまずいな。これは」

「でしょう?すみません」

顔をしかめれば、彼はまたもやおかしそうに笑い、頭を下げた。

就寝の挨拶をし、若い護衛がドアの脇で床に座り眠ったのを確認し、デュクリスはベッドから出て、布団をならし、その上に手紙を残し、窓からそっと抜け出た。

庭は草木が伸びており、少し屈んで進めば、姿を隠してくれた。

家の敷地を出た所で、モントルアの紋章を持った小作人に声を掛けられ、着いていった先で馬が待っていた。

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