因縁 51 匂い
4日後、ミシェールは鏡台の椅子に座っていて、ヴィヴィアンナは、髪の毛の出来栄えに満足した所だった。
ふわっとヴィヴィアンナから香った匂いに、ミシェールはヴィヴィアンナから頬に口付けをされた時に気付いた。
「お姉様の匂い、フリージアに似てます」
「デューにあの花を貰った後に、探して貰ったのよ」
鏡の中で、ヴィヴィアンナが恥ずかしそうに目元を赤く染め、少女のように微笑んだ。
「特別な日につけたかったの」
「今日は、記念日なのですか?」
ミシェールが聞くと、ヴィヴィアンナは、秘密を打ち明けるように小さな声で言う。
「再会した日なの」
ミシェールが、顔をヴィヴィアンナの方へと向け、少し身体を捻ってヴィヴィアンナの頬に口付けをする。
「お姉様、可愛いです」
ヴィヴィアンナだけに聞こえるように言い、ミシェールは鏡台の椅子から降りて、エルバルトの所へと小走りに向かい、エルバルトに耳打ちをする。
ヴィヴィアンナは呆然としていて、侍女長は微笑ましそうに小さく笑う。
「どうしましょ。こんな事てあるのね」
鏡台の椅子に、力が抜けたようにヴィヴィアンナが座る。
耳打ちを聞き終えたエルバルトが立ち上がって、ヴィヴィアンナの所まで来て、見様見真似の騎士の礼をし、ヴィヴィアンナの手を一度だけ握り、ミシェールの元まで戻った。
「もう、こんなに私を喜ばせて、帰したくなくなってしまうじゃない」
「デューさんが嫉妬されるかも知れませんね」
両頬に手をあて、くしゃりと笑ったヴィヴィアンナに、侍女長がそっと近付き、肩を撫でる。
ミシェールとエルバルトは、やった事が恥ずかしいのか、並んで座り足元を見ている。
−コン
と控えめにノックされ、
『まだかな?』
とドアの向こうで三人が出て来るのを待っているデューの声が、くぐもって届く。
いつもより掛かっている身支度に、心配になったのだろう、少し心配そうな声だ。
侍女長がドアを開けて、デューを中へと招き入れる。
デューはヴィヴィアンナの横に片膝を付く。ヴィヴィアンナの目元がうっすら赤くなっていた。
「ヴィア?顔が少し赤いようだけど?」
そっとデューの手が、ヴィヴィアンナの頬にあてられている彼女の手を触れる。
「シェリーが、私の頬にキスを」
夢の中の出来事を言うように、ヴィヴィアンナは言い、
「バルは、騎士の礼と、自分から私の手を握ってくれたのよ」
そこまで言って、はにかんだ笑顔を浮かべた。
デューは目を見張ってから、微笑みを浮かべる。
「頬にキスなんて、ズルいな。俺だってまだだよ。騎士の礼なんて、バルは君に随分懐いてしまったんだね」
「ヴィヴィアンナ様は、お二人と長くいらっしゃいますから」
侍女長の言葉に頷き、デューは空いている手で、ヴィヴィアンナの右手を取り、手の平にキスをする。
「良くしてくれてありがとう。君を好きになった自分を褒めたいよ」
「私はしたい事をしてるだけよ」
「少しだけ、お願いします」
デューからの願いに、侍女長はヴィヴィアンナの肩から手を離し、ミシェールとエルバルトの前に立ち、一つ礼をする。
「暫く、失礼をします」
二人の目を侍女長が優しく覆う。
暫くして、侍女長が咳払いをする。
「デューさん、そろそろ」
「ありがとうございます」
少しの間の後に、デューが返し、侍女長の手が二人から離れた。
「失礼をしました」
侍女長が二人の前から退くと、デューはヴィヴィアンナの肩を柔しく抱き寄せていた。
デューがヴィヴィアンナに手を貸し、エスコートをしてヴィヴィアンナをミシェールの隣りに座らせる。
「急いでフィビーの散歩して来るよ。シェリー、バル、ヴィアを頼むよ」
「はい」
頼もしいミシェールの返事と、エルバルトの頷きに、デューは頷き返す。
「二人の兄で居させてくれて嬉しいよ」
デューはミシェールの髪を撫で、続いてエルバルトの髪を撫で、ヴィヴィアンナの前に立ち、身体を傾け耳打ちをする。
「良い匂いだね」
「もう」
口を尖らせたヴィヴィアンナに、デューはそのまま耳元に軽く口付けをし、
「それじゃ、行ってくる」
返事を待たず、デューが部屋を出て行った。
「もう三人とも今日は私を喜ばせすぎよ」
ヴィヴィアンナがベッドに突っ伏して、嬉しそうに笑った。
デューは、少しだけ遅れた散歩を取り戻す為に、犬のフィビーを連れて庭を走って回った。
ヴィヴィアンナが、二人の子供を連れて食堂へと入ると、既にミハエルが居て、新聞を読んでいた。ふとミハエルが新聞から顔を上げて、ヴィヴィアンナを見る。
「甘いな」
「似合いませんか?」
「悪くはない。俺は少し苦手だがな」
「では、ミル様避けに使えますね」
「じゃじゃ馬め」
新聞を畳み、ミハエルは左の眉を上げて皮肉げに笑った。
ヴィヴィアンナは楽しそうに笑う。
朝食後、ヴィヴィアンナに誘われ、二人はヴィヴィアンナの部屋に向かった。
白を基調とした部屋で、淡い緑が優しく差し色として使われている。
銀細工の緑の目の小さな妖精が鏡台に飾られていた。
二人を応接空間のソファに座らせ、ヴィヴィアンナが棚から小物入れを取り出しだ。
修道院のバザー用にエルバルトが作った物だ。
ソファの前の机にそれを置き、ヴィヴィアンナはそっと開く。
ミシェールがバザー用に刺繍したハンカチが出て来て、細長いケース、小さくて薄いケースが出て来る。
二人の作品を、大切そうにしているヴィヴィアンナに、二人は驚いていた。
二人の向かいに座ったヴィヴィアンナが、細長いケースを手にする。
「これは、彼がデュクリスだった頃の、最後の贈り物として貰った物なの」
言いながら開け、青い胴軸の万年筆を取り出した。
ヴィヴィアンナが悲しげな表情を浮かべる。
「ユーモンド殿下と婚約が決まって、アストリア家に挨拶しに行って、その時に。それが、デュクリスとの最後の思い出」
ヴィヴィアンナとユーモンド殿下との婚約が決まったのは、デューが留学に出る少し前の話だ。
8年以上前の物を、こうして大事に仕舞ってある事に、ミシェールは言葉が出なかった。
二人が目隠しされてる間
キスはしてません。
鼻を擦り合わせ、間近で見つめあっていただけです。
多少のお触りはあっても
年頃の二人の前なので、節度ある範囲
本文に入れるか迷いましたが、恋人達は何をしてるんだろ?
という子供達目線重視で




