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因縁 48 花

夕暮れ前に、三人はそれぞれ部屋に戻り、ミシェールとエルバルトは足をマッサージされ、夕食に呼ばれ食堂へと向かった。

話すのは主にヴィヴィアンナだ。たまにミシェールとエルバルトにも話を振ったりしてくる。ミシェールとエルバルトは、大人との食事が楽しいと感じれるようになった。

デューは、二人が食べているのを穏やかな笑顔で見守るだけで、会話は少ない。勿論嫌ではない。二人が美味しいと思った物を、さりげなく分け与え、二人が食べてる姿を嬉しそうに見るので、少し恥ずかしいのはある。

父の兄で侯爵家では、伯父が中心に喋っていたが、食事が主で、会話は少なかったし、二人は遠慮してしまっていて、侯爵夫妻は困ったように笑っていた。

ヴィヴィアンナは、返しやすい質問を、明るく聞いてくるので、ミシェールはつい返していたし、エルバルトも明るい表情で首を動かし、意思表示が出来ている。

たまに、ミハエルがヴィヴィアンナに突っ込みを入れ、ヴィヴィアンナはそれに楽しそうに笑うので、使用人にもそれが移り、笑いの耐えない食事だ。

ヴィヴィアンナの明るい笑いが中心で、食事は添え物のようで、ミシェールはマナーを間違える恐怖がなくなり、安心して食べる事が出来ている。

修道院は、子供達がいたから、気兼ねがなかったが、ここは周りが大人だらけだから、その感動はひとしおだ。

食事が終われば、お茶が配られ、一転ヴィヴィアンナは静かにお茶を楽しむ。

ヴィヴィアンナはお茶を揺らしながら、鼻歌を歌い、ミハエルは目を細めてそれを楽しんだり、音が外れた事を指摘したりする。それでもヴィヴィアンナは小さく笑うだけで、鼻歌は続けられる。

お茶を飲み干し、ミシェールは鼻歌を歌うヴィヴィアンナを見る。

「花言葉の辞典をお借りしたいです」

ヴィヴィアンナの鼻歌が止まり、瞬きをしてから花が咲いたように微笑む。

「後で持って行くわ」

その返事に、ミシェールは戸惑った。

裁縫道具、児童書、押し花の道具は、使用人が持って来てくれたので、また使用人が来てくれると思っていたからだ。

何より、兄のデューに向けられた笑顔を、自分にも向けられると思っていなかった。

エルバルトがお茶を飲み終わるのを待って、二人で夫妻に挨拶し、客室に戻った。

エルバルトは椅子に座り、児童書を読んでいて、ミシェールは、ベッドに座ったり、椅子に座ったり、部屋の中を歩き回ったりと、落ち着きのない様子だ。

−コンコン

とノックをされ、ミシェールはキョロキョロしてから、ベッドに座る。

「どうぞ」

ミシェールが言えば、ドアが開かれ、侍女長の横からヴィヴィアンナが顔を覗かせた。

ヴィヴィアンナが大事そうに分厚い本を持って入ってきて、ミシェールとエルバルトに微笑みかける。

「シモンは暫く騎士見習いに戻る事になったわ。副団長も許可を出した責任として、毎朝の薪割りですて」

それは、ミシェールが池から戻る際に、ヴィヴィアンナに願った事だった。

シモンに罰を与えるのか?とミシェールがヴィヴィアンナに聞くと、

下手をしたら三人共に池に落ちた可能性があり、濡れていれば身体に障るから、罰を与えるのは当然だとヴィヴィアンナが答えたので、余り厳しい罰を与えないで欲しいと言ったのだ。

エルバルトも横で頷いた為に、ヴィヴィアンナに対する事だけを罪に問う事にした。

王族の妃を危険に晒した責任は重い。だが、シモンは、短い謹慎で、副団長は減給を免れた。ヴィヴィアンナが騎士団長に、それぞれの立場で、その責任を償って貰うと伝えたのだ。

その為に、騎士団がさらにヴィヴィアンナを崇拝したのは、本人は知らない事だ。

「軽い罰で済んだのですね?」

ミシェールが確認するように言ったので、ヴィヴィアンナは頷いた。

「ありがとうございます」

「良いのよ。二人が無事だったのだもの。心配だった?」

「私達は平民なので。それに、喜ばそうと思っての事だと思うのです」

ヴィヴィアンナに聞かれ、ミシェールが頷き、エルバルトも頷いた。

「シモンが知ったら喜びそうだけど、伝えないわ。反省は必要だもの」

言って、ヴィヴィアンナは椅子に座り、ミシェールを手招きし微笑む。

ヴィヴィアンナが机に置いた本を、そっと開く。

栞が挟まったページが開かれて、細い指先がそれを指す。

『白「あどけなさ」、黄「無邪気さ」、赤「純潔」、紫「憧れ」』

池で見た花の挿絵が描かれてあり、フリージアの名と花言葉が書かれていた。

兄から見た、ヴィヴィアンナなのだろう。と納得し、これ程ピッタリな花があったのか。とミシェールは感動したと同時に、知ってはイケない事を知ってしまった気分になった。

見た目の可愛らしさと、甘い香りに、この花言葉。兄のロマンチストな一面を見た気がし、ミシェールは少し気まずくなったのだった。

「デューはこんな風に見てくれてる。素敵なお兄様ね」

ヴィヴィアンナがうっとりした声で言い、大事そうにその文字を撫でた。

ミシェールが花言葉の辞典を願った時に、ヴィヴィアンナはデューとの思い出を思い出し、あの笑顔になったのだ。

淑女をしている時の優雅さは勿論素敵なのだが、素の彼女はそれ以上に魅力的に見えた。良く笑い、子供のように拗ねてみせたり、少しお茶目で、デューとの思い出を大事に思い、顔を赤らめて花のように笑う。なんて可愛い人なんだろう。とミシェールは感動する。

ふと、ヴィヴィアンナが窓際の鉢植えを見る。

少しの間を置き、ヴィヴィアンナは辞典のページをめくり、指でそっと文字を指す。

シモンから貰った鉢植えの花の絵があり、『アリッサ厶』の名前、『美しさを超えた価値、奥ゆかしい美しさ、優美』の花言葉が書かれてあり、語源に『狂気しない』が書かれてあった。

「偶然か、知っていたのか、難しい所ね」

ヴィヴィアンナが優しい声で言った。

そんな花言葉だとは思っていなかったミシェールは、困惑していた。

自身とは結び付かない言葉ばかりだったからだ。恐らく、シモンは花言葉を知らないだろうが、直接聞くのは何だか気まずく、デューに頼むのも気まずい。

何より、ミシェール達の母親の事を知らない筈なのに、『狂気しない』が語源の名前で、なんて物を選んでくれたのだろうとさえ、ミシェールは思えてくる。

その隣りで、エルバルトは本に挟まれていた栞を手にしていた。

ミシェールの袖をひき、注意を引き、栞を見せる。

ミシェールが瞬きをし、それを手にした。

修道院への贈り物のお礼の手紙と一緒に、入れた物だった。

「デューとお揃いで持ってるのよ」

ヴィヴィアンナが嬉しそうに笑った。

その笑顔と声に、ミシェールは安堵した。

一瞬でも母親を思い出してしまい、暗い気持ちになってしまっていたのだ。

シモンがどういった意味でくれたのかと思うが、花の名前は、ミシェールに『大丈夫』と言っているように感じ、ミシェールは不思議と胸が温かく感じた。

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