因縁 47 可愛い
「お茶にしましょうか?」
侍女長が、エルバルトに声を掛けた。
ヴィヴィアンナが見れば、コップを持ったまま、口を付けていない。
エルバルトが無言で首を横に振る。
「バル?」
コップから口を離し、ミシェールが首を傾げた。
「お嫌いでしたか?他にリンゴもご用意しております」
侍女長の言葉に、エルバルトは再び首を横に振る。
侍女長がどうしたものか?と考えを巡らせていると、エルバルトがコップを脇に置き、立ち上がる。
要らなかったのか、遊び足りないのだろうか?と侍女長はそっとその前を退く。
エルバルトはコップを持って、ヴィヴィアンナの前に立ち止まる。
ヴィヴィアンナが目を見張り、ミシェールは納得したように隣りのヴィヴィアンナを見る。
「私に?」
ヴィヴィアンナの問いに、エルバルトが頬を赤くして頷いた。
「私がお預かりします。ヴィヴィアンナ様はまだ残ってらっしゃいますから」
エルバルトの横に跪き、侍女長が両手を出すと、エルバルトは大事そうにコップを預け、ヴィヴィアンナに微笑みかけて、ミシェールの隣りへと小走りで戻った。
「エルバルト坊ちゃま、リンゴの果実水を」
侍女が新しいコップにリンゴの果実水を入れ、エルバルトに渡すと、エルバルトははにかんでコップを受け取り、小さく頭を下げる。
侍女は、エルバルトがヴィヴィアンナにコップを渡そうとした時点で、敷布から腰を上げ、新しいコップを用意していた。エルバルトのはにかんだ表情に、すぐに行動した自分を褒めたくなった。
仲間の所へ戻れば、視線が集まり、侍女は一番仲の良い仲間の手を握り、小さく身体を震わせた。別の仲間が、ハンカチをそっと渡してきたので、侍女はありがたく受け取り、鼻をそっと押さえる。
「可愛すぎてしんどい」
白いハンカチが赤く染まり、周りの侍女達が小さく何度も頷いた。
ヴィヴィアンナが二杯目を侍女長から受け取ると、エルバルトがチラチラと様子を伺う。
一口飲み、ヴィヴィアンナはエルバルトに微笑みかける。
「とても美味しいわ」
エルバルトは顔を赤らめ、コップに残ったリンゴの果実水をゆっくり飲む。
ミシェールが最初に飲み終わると、侍女が近付き、コップを受け取った。
「美味しかったです」
「喜んで頂いて安心しました。恐れながら、そこの花をご覧になられませんか?」
ミシェールの言葉に微笑み返し、侍女は少し離れた場所にある花を手で差した。
果実水を飲みながら、ミシェールの目が時々そちらに向いていたのを、侍女は見逃していなかった。
ミシェールがヴィヴィアンナを見上げると、ヴィヴィアンナが微笑みを返した。
「お願いします」
視線を伏せて言われたミシェールの言葉に、侍女は手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。
花の所まで行くと、可愛らしい花から甘い匂いがして、ヴィヴィアンナのようだ。とミシェールは思う。
「こちらは、デューさんが植えたのですよ」
侍女がこっそり耳打ちをした。
ミシェールは驚いて侍女を見る。
「先程のベンチから、良く見えますでしょ?」
侍女はチラリとベンチを見て、ミシェールに微笑みかけた。
ミシェールもチラリとベンチを見て頷くと、侍女が満足そうに笑う。
「あのベンチは、お二人専用なんですよ」
二人のベンチに、ヴィヴィアンナはミシェールとエルバルトを招き入れてくれたのだと知り、ミシェールはそっと胸を押さえる。
胸がドキドキしていて、何だか落ち着かない気分になる。
兄はどんな気持ちでこの花を選んだのだろう?と、ミシェールは花を見つめる。
赤、白、黃、紫と、それぞれ可愛らしくて、ミシェールは感動さえ覚えた。
「フリージアですよ」
侍女がこっそり耳打ちし、小さく笑った。
「ありがとう」
きっと何か意味があるのだろう。とミシェールは小さく頷いた。
暫く見ていると、エルバルトが従僕を連れて来た。
エルバルトに手招きし、ミシェールは耳打ちをする。
エルバルトが目を見開き、ベンチに居るヴィヴィアンナを見る。
コップを片手に、ヴィヴィアンナが小さく手を振ったので、それに小さく手を振り返し、エルバルトはミシェールを見て、手を握った。
「どれか折りましょうか?ミシェールお嬢様がお求めになられたのなら、デューさんも喜ばれますよ」
二人が花を見ていると、従僕が言った。
「馬鹿!」
侍女がそれを嗜め、
「いえ。見ているだけで十分です」
ミシェールが静かに首を横に振って答えた。
従僕は良かれと思っての発言だったのだが、間違いだったと気付き、頭を下げる。
「出過ぎたマネをしました」
「お気遣いに感謝します」
ミシェールが首を振って、従僕の非礼を気遣いへと変えた。
侍女は目を瞬き、従僕は何度も頭を下げる。
「少し、歩きます」
頭を下げ続ける従僕に、居心地が悪くなり、ミシェールはエルバルトと共に、池の周りを再び歩く。その後を、侍女が続き、横に並んだ従僕を一度だけ睨む。
ヴィヴィアンナは果実水を大事に飲んでいて、歩く二人を眺めていた。
「良い子供達でございます」
「ええ。だからこそ、あの方の罪は深いわ。二人とも凄く思いやりのある子なんだもの。その事に気付いていれば、あんな馬鹿な事は出来ないわ」
侍女長の言葉に、ヴィヴィアンナは眉を下げ、ミシェールが座っていた所を撫でる。
そこは、デューが座る場所で、修道院に立つ前に、そこに座り、蕾を膨らませた花を指差して、『君に』と照れ臭そうに笑ったのだ。
その時の感動を、ヴィヴィアンナはどう表現して良いのか、分からなかった。
てっきり庭師が植えたのだろうと、思ってた花が、デューが用意してたとは思っていなかった。
ある程度の自由を、庭師に与えていたので、庭の雰囲気を変えない程度に、庭師は色々と植えてくれていたからだ。
「ミシェールもエルバルトもデューも、あんなに可愛らしいのだもの。それだけで十分だと気付いて欲しいわ」
「殿方を可愛らしいというのはどうかと」
吐息を吐いたヴィヴィアンナに、侍女長が冷静に言った。
「貴女もデューを可愛がってるじゃない」
「ヴィヴィアンナ様の良い方でいらっしゃいますから」
「あら、まあ。まあ」
頬を薄っすら赤くし、コップを傾けて顔を隠したヴィヴィアンナを、侍女長は可愛らしい方と思い、微笑んだ。
ヴィヴィアンナはコップの中身を飲み干し、デューの指定席を再び撫でる。
デュー、ミシェール、エルバルトを苦しめている女性を、三人が昇華出来るように頑張ろう。とヴィヴィアンナはぎゅっと拳を作った。




