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因縁 45 舟遊び

エルバルトが両膝を付いて、身を乗り出し、桟橋の下を覗こうとする。

桟橋に居る従僕と騎士は落ちないようにと身構え、池の岸辺に騎士が待機していて、メイドと従者はタオルを用意している。

それをミシェールは不思議な思いで見た。ミハエルの客人だから、大事にされるのは当然なのだろうが、修道院で暮らしていた時と世界が違いすぎて、長い夢を見ている気分になってきた。

くいっと袖を引かれ、ミシェールはそちらに意識をやる。

エルバルトは立ち上がっていて、片方の手でミシェールの袖を引き、もう片方の手で池の中央にある大きな岩を指差している。

よく見ると、花に蝶々が止まっていた。

「綺麗ね」

ミシェールが言えば、エルバルトが笑顔で頷いた。

エルバルトと手を握り、池の周りをゆっくり歩く。

ベンチとは反対側まで行くと、桟橋からヴィヴィアンナがハンカチを手にして振っていた。

ミシェールは意を決して少しだけ手を上げてみた。エルバルトがそれに続き、スカーフを巻いた手を精一杯上げる。

向こうからは子供の手は見えない可能性に気付き、ミシェールは恥ずかしくなり手を降ろし、足を少し早める。エルバルトが慌てて着いて来た。

楽しそうに笑いながら侍女とメイド達がその後を追って歩く。

普通の使用人なら、主人や客人の側では気配を感じさせないが、ここはそうではない。

アストリアの使用人達は、いつも母親に怯えていて、笑顔を見せるのは、母親の目が届かない場所だけだった。

ヴィヴィアンナの言った、使用人は主人に影響されるというのは、こういう事なのだろう。とミシェールは思った。

池の反対側を見ると、ヴィヴィアンナがその下に居ると思われる日傘が、ゆっくりと動いている。

まるで、ミシェールとエルバルトを迎えに歩いているように見えて、ミシェールはエルバルトの手を強く握る。

どんどんヴィヴィアンナとの距離が縮まり、あと数歩の所で、ヴィヴィアンナが膝を折り、両手を広げてにこやかに笑った。

一瞬足が止まったが、ミシェールとエルバルトは、笑顔に誘われるように、ゆっくり歩き、ヴィヴィアンナの腕の中に納まった。

「捕まえた」

優しい声が二人の耳に届き、ミシェールは小さく頷き、エルバルトは少し身を捩る。

ヴィヴィアンナは二人の頬に口付けをし、二人を開放して立ち上がり、左右の手で二人の手を取り、ヴィヴィアンナが来た方向へと歩いていく。

優しく握られた柔らかな手に、ミシェールは緊張して、顔を伏せて歩く。

エルバルトはチラチラとヴィヴィアンナを見ては、足元を見たりと、落ち着きがない。

屋根のあるベンチまで戻ると、デューが騎士服の上着を脱いで立って待っていた。

途端、ヴィヴィアンナの頬が薔薇色に染まる。

「来てくれたのね」

「ここに呼ばれたら、来ないわけには行かないよ」

穏やかに笑い、デューはヴィヴィアンナの右手を取り、指先に口付けをする。

使用人達が木陰に敷布が敷き、バスケットを二つ置いた。

ヴィヴィアンナが、昼食を外で食べる事を提案したのだ。

使用人達は、準備が整うと少し離れたベンチの近くに敷布を広げ、そこに腰を下ろし、それぞれ会話で盛り上がり始めた。

デューがヴィヴィアンナと過ごす時は、侍女長以外の使用人は出来るだけ離れるのが、暗黙の約束となっているのだ。

警備上、騎士団は一定の距離を取って立ち、侍女長はバスケットを持って、ヴィヴィアンナ達の近くで佇んだ。

「大きくてビックリしただろ?池を広げる作業は騎士達でやったんだ。団長が身体を鍛えるのに丁度良いて、計画に乗ってきてさ、一年かかったよ」

「斧を振るデューも素敵だったのよ」

肩を竦めたデューに、ヴィヴィアンナが悩ましげに溜め息を吐く。

暖かくなってからの水遊びを約束したり、石を飛んで渡る遊びの説明をしたり、花を植えるとしたら何が良いかと話たり、穏やかに会話をしながら昼食を食べ、お茶を飲んだ。

一息ついて、デューが敷布から出て立ち上がる。

「じゃあ、戻る。ゆっくり楽しんで」

短く言い、デューは上着を羽織り、侍女長に頭を下げ、この場の騎士の責任者に頭を下げ、仕事へと戻った。休憩時間の僅かな時間を、三人に会うために使ったのだ。


ヴィヴィアンナの提案で舟に乗る事になり、万が一落ちた時の事を考慮し、エルバルトの左手首に巻かれた緑の布は、侍女長に預けられる。

桟橋で騎士の手を借りてそれぞれ乗り込み、ミシェールとエルバルトが隣合い、ヴィヴィアンナはその後ろに腰を下ろした。

日除けにストールがそれぞれに行き渡り、桟橋に残った騎士が繋いでいた縄をほどき、乗るのを手伝った騎士が船首を背に座る。

ゆっくりと舟が動き出した。

揺れる事にミシェールもエルバルトも緊張していた。

オールを漕ぐ騎士が、童話を語りだす。

旅行先で持ち主が落としてしまったヌイグルミが、沢山の人の手を借りて、持ち主の元に戻る話で、その話の中で船で海を渡るのだ。

ヴィヴィアンナが楽しげに童話に反応し、先を促すように合いの手を入れる。

少しずつ二人の緊張が解れ、周りを見渡せるようになると、岸辺では、舟を追うように騎士も使用人も動いているのが見えた。

エルバルトが手を伸ばして、池の水に触れ、ミシェールはエルバルトが落ちないように、エルバルトの裾を握った。

−わふっ!

と声が聞こえ、ミシェールとエルバルトはそちらを見る。

桟橋に犬のフィビーが居て、その横に私服のシモンが立っていて、手を大きく振っていた。

ヴィヴィアンナがコロコロと笑い、騎士も肩を震わせ、小舟の向きを変える。

小舟が桟橋に近寄った時、フィビーが大きく飛び、シモンはそれに釣られた。

−バシャン!

とフィビーとシモンの落ちた水しぶきが飛ぶ。

フィビーが飛んだ瞬間、ヴィヴィアンナは二人を抱き寄せ覆い被さり、その上に騎士が覆い被さっていて、その殆どは騎士と、ヴィヴィアンナに掛かった。

波と揺れが納まった頃、騎士はゆっくり離れる。

「失礼しました」

「いえ。よく動いて下さいました」

ヴィヴィアンナは身体を起こして、首を横に振った。

フィビーは小舟の周りを楽しそうに泳いでいて、シモンは桟橋によじ登り、タオルを掛けられている。

「濡れなかったかしら?」

「大丈夫です。ありがとう、ございます」

ヴィヴィアンナに問いかけられ、ミシェールとエルバルトは首を横に振ってから、頭を下げた。

舟が桟橋に着き、縄で固定される。桟橋で待っていた騎士の手を借りて、三人が降りた。

侍女長がタオルを広げ、ヴィヴィアンナの僅かに濡れた髪と袖を拭き、濡れたストールを受け取り、大盤のストールを彼女の肩にかけた。

その横で、ミシェールとエルバルトも新しいストールに変えられ、濡れていないか侍女と従僕に確認をされた。

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