因果 6 現在へ
翌日、前アストリア公爵の病死が貴族院から社交界へと伝わった。
前公爵へ敬意を評し、王家は喪に服し、第二王子ユーモンドの婚約披露パーティの半年延期を発表した。
勿論、本当は自死なのだが、嫡男の事があったので、伏せられたのだ。不幸の後に不穏な話題が続いては、アストリア家にとって好ましくないだろう。というのが王の判断であった。
王の取り計らいで、前公爵とデュクリスの葬儀は王宮の礼拝堂で合同で行われた。
デュクリスの妹と弟も、親族の列で大人しくしており、参列者の涙を誘った。
時は2年流れ、王太子は王位継承を行い王へ、それに伴いその兄は大公になり、国の最東端の辺境の地を領土として王家から任され、外交から退いた。
その5年後の春、ユーモンドの元婚約者のヴィヴィアンナ・サン・モルトアに大公との婚約が打診された。
というのも、昨年第一王子が病死した為、その元婚約者である皇女と、第二王子のユーモンドが急遽婚約し、ユーモンドは王太子となった。
皇女が将来の王妃なのは、覆せない事なので、ユーモンドとヴィヴィアンナの婚約は白紙となった。その頃、体調を崩し療養していた彼女は、それを半年知らずにいた。意識があやふやで、命を危ぶまれていた程だったからだ。
婚約白紙を知っても、『体調の事もあるから安堵した』と溢しただけで、取り乱す事はなく、『体調を戻す事に集中出来る』と笑ったとか。
そして、婚約を整える為に、国の北東の地にある離宮へと大公の一団は着いた。そこでヴィヴィアンナが療養していた。
ヴィヴィアンナが倒れた頃はまだユーモンドの婚約者であったので、王家所有の離宮を充てがわれ、婚約白紙となってもそのままだったのだ。
通されたのは続いた3部屋の真ん中の部屋で、出入り出来るドアは2つ対面しており、両隣の部屋からしか入れない部屋だ。
大公は、白が混じり始めた赤みのある金髪が艶を放ち背中を覆っており、意志の強そうな赤い瞳。黒の上質な生地に金ボタンと朱色で刺繍をされた軍服を身に付けていた。その右隣に灰色の髪の男で、灰色のフロックコートを着た彼の執事。左隣には綺麗に剃られた頭部に、白いローブ姿の老齢の男で、婚約の書類を取り交わすにあたり、大公が連れてきた書記官だ。
そしてテーブルを挟んだ向かいに、三人が並んで待っていた。
真ん中に立つのは腰まで届く艷やかな金髪のヴィヴィアンナで、18歳になっていた。青い瞳と小さな口は穏やかに笑みの形を浮かべている。服装は白の上質な布に、裾と胸元に光沢を放つ白い糸で編まれたレースが施されたドレスに見を包み、首元には控えめなルビーのネックレス。
その彼女の両脇は、大公と同じ年頃の男女。
金髪に緑の瞳、黒の生地に紺色の刺繍と金ボタンが付けられたウエストコートを着た男性は、モントルア侯爵当主であり、大公が外交を担っていた頃の補佐をしており、今は娘の療養の為に外交官を辞職している。
濃緑の生地に金糸の刺繍を施されたドレスを着用した女性は、モントルア夫人で、金髪に青い瞳で、ヴィヴィアンナと良く似た顔立ちをしている。二人共、表情には笑みが浮かんでいる。
「半年ぶりだな。息災のようで何よりだ」
三人からの挨拶を受け、大公は鷹揚に頷き、三人に座るように手で促し、自身も傍らにある椅子へと腰を下ろす。
半年前に、大公はここへと訪れていた。
療養中のヴィヴィアンナの意識がハッキリしたと聞き、婚約白紙の事で王家に代わり改めて謝罪をする為と、恐らくこうなるだろう事を説明する為に。
第一王子が儚くなり、ユーモンドが皇女と婚約し、問題となるのは、ヴィヴィアンナの存在だ。
ユーモンドとは婚約者として絆を深めていた。白紙になったとしても、それは見えないしこりだ。
ヴィヴィアンナの意識が戻ると、新たな相手探しは急がれる事に。
だが、彼女はユーモンドの婚約者として、国の重要機密以外の事は妃教育で受けており、知識は公爵位当主と匹敵していた。となると、侯爵家でも相手としては不足で、4公爵家の内、1家は先代王弟=王と大公の叔父が婿入りしたものの子がおらず、分家の伯爵家からの養子では相手としては不足、1家はすでに婚姻済、1家は女子、筆頭アストリアは少々問題があった。
2代前の王の弟が婿入りした侯爵家はあるが、令息がまだ幼いために、急ぐ婚約には不向きであった。
そして王の兄弟は独身の大公が一人だけ。44歳とかなり年上だが、選択肢はないのだ。
「今日の婚約は止めにする」
「まあ、陛下の決められた事に不服が?」
言って歯を見せて笑った大公に、ヴィヴィアンナは驚きに目を見開いた。
半年前、婚約白紙と婚約の打診があるだろうと告げに訪れたこの男を、ヴィヴィアンナは誠実な姿に好ましく思っていた、愛情はなくとも共に歩く相手として。それが、まさかの婚約拒否だ。
「半年前にも言ったが、モントルア令嬢は十分国に尽くした。こんな年寄りでは報われないだろ」
「私にはこれ以上のないお話かと存じます」
半年前と同じ言葉を、ヴィヴィアンナは返した。大公は苦笑して帰ったので、納得は出来なくとも、飲み込んだと思っていた。
大公がヴィヴィアンナにとって最良の相手なのは明白だったからだ。彼に拒まれたら、他の国の貴族に嫁ぐしかなくなるのだが、国内のゴタゴタを晒す事になるので、それも難しく、となると、最悪な選択しかなくなってしまう。
「ほんと、ご立派なお貴族のご令嬢なこって」
ガシガシと右手で頭をかき、大公は右の眉を上げ、顎を上げて言う。
「小僧」
それにヴィヴィアンナは首を傾げ、周りに視線を送る。座っているのは六人、その背後にそれぞれ護衛が二人ずつの十人。誰もそれには応えない。
隣の両親の様子を伺おうとした所で、大公が再び口を開く。
「小僧、返事はどうした」
「はい」
大公側の護衛が一人、しぶしぶといった感じで返事をし、一歩前へと進み出る。
「返事が遅いな。明日から鍛え治して貰え」
ヴィヴィアンナ側の視線を集めた大公は、ゆっくりと立ち上がり、その護衛の銀色の頭を乱暴に撫でた。