因縁 41 雨の休日
翌朝、ミシェールとエルバルトは朝食の時間ギリギリに起きた。
デューの姿はなかったが、侍女から「フィビーの散歩に行ってくる」という伝言を伝えられ、着換えを待っていたヴィヴィアンナの手で髪を整えられた。
「夜更かしは美容にも成長にもよくないから、あまりオススメしないわ。デューには説教しておいたわ」
困ったように言うヴィヴィアンナに、ミシェールは視線を落とす。
「申し訳ございません」
「悪いのは誘ったデューよ。兄弟水入らずで過ごしたいて言うから、夜の挨拶を遠慮したのよ?様子を見に来れば良かったわ」
「父の事を思い出せて、嬉しかったので、話しを聞きたくて、夜更かしをしたのは私達です」
「今日と明日休みなのですもの。何も夜更かしなんかさせる事ないのよ。眠りたがらない子供を寝かせるのは大人の責任。だからデューが悪いのよ」
自分達の為に、ヴィヴィアンナがデューに怒っている事実に、嬉しい反面、申し訳なくミシェールは感じた。
確かに、提案したのはデューだが、断る事を選ばず、聞き入ったのはミシェール達なのだ。
恋人らしく過ごせる時間が少ない二人の、穏やかな朝の時間を奪ったのでは?とミシェールは不安になってしまう。
エルバルトの髪も整え終えれば、ヴィヴィアンナは二人にキスをして、侍女長と共に部屋を出て行った。
今日と明日は朝と夜の身嗜みの時間、ベッドメイクと掃除以外は、ミハエルもヴィヴィアンナも、使用人達も来ないのだ。
少しして、デューがバスケットを持って部屋へとやって来る。
バスケットの中から食器、カトラリーを取り出したデューに、ミシェールは近付いて言葉をかける。
「ヴィヴィアンナ様もご一緒して頂いては?」
「俺だけだと二人が気まずいなら、そうするよ。ただ俺としては、二人とゆっくり過ごしたい。幼かった二人の傍に居てやれなかったから、二人とじっくり過ごしたいんだ」
言いながら、デューはバスケットからスープ皿を出し、スープポットを取り出し、それぞれに注ぎ、パンとスクランブルエッグ、サラダを取り分けていく。
三人でゆっくり食事をしていると、子供達は眠そうに欠伸を漏らし、デューは眉を下げた。
「ヴィアに怒られたよ。無理をさせてしまったね」
言いながらも、スープを綺麗な所作で口に含むデュー。
その所作に、母の事を思い出し、ミシェールは隣りのエルバルトを盗み見る。
サラダのラディッシュを手掴みして、眠たげに口に運んでいて、ここに母親が居たら、後で注意をされただろう。とありし日を思う。
まだアストリアであったあの頃、勿論、ミシェールもエルバルトも食事中にマナー違反をした事はない。
母親と対面するあの時間は、とても息苦しくて、酷く緊張感が漂っていて、苦痛でしかなかった。
修道院は賑やかで、マナーなんてない食事が当たり前になっていて、二人はマナーを守って食べていたが、やっと味わえるようになっていた。
ミハエルと初めて食事を共にした時、旅行中の宿だった事もあり、簡単な食事だったが、ミシェールとエルバルトは酷く緊張していた。何せミハエルは王族だ。
それまでの彼の態度で、失敗をしても非難されないだろう事は、予想出来たが、失礼があってはいけないという、母から植え付けられた恐怖で、ぎこちなくなっていた。
だが、ミハエルとヴィヴィアンナが朗らかに食べてる様子に、回数を重ねる事に、緊張は解れていったものだ。
大公城に着いてからは、ミハエルの粗暴な食事風景に、マナーを気にしていたのが馬鹿らしく思えてきた。
母の所作を思い出させるデューを前に、眠たげに食べてるエルバルトを見て、ミシェールは息を吐いた。
エルバルトは、夕食後に吐いてしまう程に、母との食事の時間が耐え難いものだったのだ。そのエルバルトが、マナーを気にする事なく、食事が出来ている事実に、安堵したのだ。
「バル、眠いなら寝た方が良い」
心配げにデューはエルバルトに視線を送った。
エルバルトはパンをちぎりはするが、食べる事なくテーブルに直に並べていた。
首を横に振って、眠る事を拒み、エルバルトはフォークを持ち、スクランブルエッグを大きくすくう。
それを、ミシェールが慌てて取り上げ、スプーンに少しだけ取り、エルバルトの口に運ぶ。
「これを食べたら、休みましょ。どこにも行かないから、安心して」
ミシェールの言葉に安堵したのか、一口だけ食べ終えたエルバルトの瞼が、ゆっくりと閉じていき、デューが立ち上がって優しく抱き上げた。
「シェリーは眠くないかい?」
「先に休みましたから。お兄様は?」
「仕事で徹夜するから、慣れてるよ。ありがとう」
エルバルトを抱きながら、デューは椅子に戻る。
窓の外は小雨が降っていて、その優しい音を聞きながら、デューに見守られ、ミシェールは朝食を完食した。
優しくエルバルトの背中を撫で続けていたデューが、そっと立ち上がり、エルバルトをベッドに寝かせる為に、衝立の向こうに行き、テーブルに戻ってきた。
途中だった朝食を、デューが食べ終わるまで、ミシェールは本を読んで過ごし、食後は二人でボードゲームで対決をした。
こんなにゆっくり過ごすなら、夜更かししてまで父の話を聞く必要なかったのでは?とミシェールは一瞬思ったが、一昨日の夜にエルバルトが発作を起こしたから、気を紛らわせようとしてくれたのだろうか?と、何も語らない兄の優しさを有り難く感じた。
昼食を三人で厨房の隅で料理をした物を、客室で食べた。
エルバルトとミシェールはサラダとスープ、デューは鶏肉のハーブ焼きと焼きキノコを作り、パンは料理人が作ったものだ。
騎士の訓練で料理を覚えたのだと、デューは話し、最初の料理は、外は焦げて中身は生焼けで食べられた物じゃなかったと笑う。
食後は厨房に戻り、三人で食器を洗い、
「貴族らしくない事をしよう」
とデューに勧められ、果実水を立ったまま飲んだ。
ミシェールとエルバルトは当然初めての事で、飲むのに時間がかかった。
夕食の時間までは、1階にある庭の見える談話室で、ソファーにデューを挟んで横並びに座って過ごした。
修道院での暮らしをデューが聞きたがったので、エルバルトは黒板で、ミシェールは言葉で伝えていった。
初めて作った料理、どんな本を読んでいたのか、子供達の個性、淑女方が教えてくれた事、それらを伝えると、デューは質問をしたり、感想を言ったりと、二人が伝えやすいように返してくれた。
8年という空白の時間があった兄弟なので、まだ距離を測りかねているが、明るい思い出を残す道具をくれたり、こうして自分達を知ろうとしてくれる事で、二人を大事にしてくれている事が伝わって、この人は母親とは違うのだと、ミシェールに安堵を与えた。
二人の母親と兄は血の繋がりがないから当然なのだが、ミシェールにとってそれだけ母親の存在は大きいのだ。
それはエルバルトも同じようで、デューの袖を握ったり、遠慮気味に手や腕に触れたりとしていた。




