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因縁 40 悪い事

夕食後、湯浴みを終えた所に、私服のデューが二人の居る客室に、鞄を3つ持って入って来た。

明日と明後日は仕事の休みで、今夜から三人で過ごす予定になっていて、客室内のベッド空間と応接空間の間に衝立が立てられ、簡易ベッドが応接空間のベッド空間側に沿って置かれている。

客室にある使用人用の部屋で寝ようと思っていたデューであったのだが、兄弟なのだからと周りからベッドを運び込む事は押し通され、ミシェールの年齢を考慮しての配置であった。

椅子とテーブルを端に寄せた空間に敷布を敷き、三人で輪になって座ると、エルバルトが甘い香りのする紙袋を差し出し、代表してミシェールが口を開く。

「ヴィヴィアンナ様と、クッキーを作りました。お兄様にもどうぞ」

「気遣いしてくれなくても、良かったのに。でも気持ちはすごく嬉しい」

デューがクシャリと笑み崩れた。

デューは、二人が古着のお礼として、子持ちの使用人と騎士に、クッキーを配り歩いていたのは、先輩騎士から聞いて知っていた。

古着のお礼だから、自分にないのは当然だと思っていたので、二人の気遣いに嬉しくなったのだ。

紙袋を膝の上に置き、鞄から二つの包みを取り出し、デューはそれぞれにそれを渡す。

「これを二人に用意したんだ」

視線で開ける事を促され、二人が包みを空けると、しっかりとした装丁をされたノートとインク、便箋が入っていた。

「ノートに、嬉しかった事、楽しかった事、ワクワクした事、困った出来事、美味しいと思った物、何でも良い、俺に知っていて欲しいて思った事を書いて欲しい。毎日じゃなくても良いんだ。小さな出来事でも良い。それを休みの日に読みたい。俺から少し返事を書くけど、書いた事に対して決して否定しないと誓うから、不安や心配は要らないよ」

聞きながらも、二人はノートを慎重に開く。

装丁は厚紙にエルバルトの物には深い赤、ミシェールの物には深い緑に染められた革が貼ってあり、中の紙は薄い上質紙で書き心地が良さそうな物で、安くないだろう事は容易に想像がついた。

ミシェールが首を横に振る。

「こんな立派なもの、分不相応です」

「アストリアの頃の物は没収されて、修道院ではほとんどの物が共有物だっただろ?私物らしい私物がない二人に、不甲斐ない兄として、これくらいは贈らせて欲しい。もし書く事が負担だと感じるなら、無理強いはしない。俺に見せるのが嫌なら、読むのは止める。二人が大人になった時、子供の頃の楽しかった記憶を思い出せるように、形として残せる物を贈りたかったんだ」

静かなデューの言葉は、染みるようにミシェールの中に広がっていく。

嬉しかった思い出、愛された思い出も確かにあるのだが、幼かった頃の思い出は母の存在が多く占めており、それは息苦しいものばかりだ。このノートに、明るい思い出を形として残して欲しいという、兄の優しい想いに、この人が亡くならずに済んで本当に良かったと感謝したくなった。

エルバルトが、デューの右手を握り、小さく頷く。

その無言の返事に満足したのか、デューも頷き返し、優しい声で言う。

「便箋は、誰にも知られたくないけど、吐き出したい事を書いて欲しい。昔の事を思い出して辛いとか悲しいとか不満だった事とか、理不尽だと思った事、何か不安があるけど相談出来ない事とか、そんな言葉を吐き出すんだ。書いたらこの箱に入れれば良いよ」

言いながら、デューは別の鞄から文箱のような、何の飾りもない平たい木箱を取り出した。

細長い穴が広い面に一つだけあるが、開閉出来る蓋はなく、一度その中に便箋を入れたら、誰も取り出せない仕組みだった。

「幾つかこの箱は用意してあるから、一杯になる前に、休みの日に一緒に燃やそう。それで、二人の今までの苦悩が消えるかは分からないけど、俺もこの中に色々吐き出すから、皆で嫌な思いを吐き出して燃やしたい」

そう言って、デューは鞄のポケットから折り畳まれた便箋を取り出し、箱の中へと入れた。

そして、内緒話をするように小さな声で提案する。

「今夜は少しだけ悪い事をしよう」

それにミシェールとエルバルトは首を傾げると、デューが不器用にウインクをする。

「夜更かしをしてみよう。それと、寝支度後だけど、クッキーを一緒に食べよう。夜更かしは、無理をさせるつもりはないから、眠くなったらベッドに入ったら良い」

「夜なのにクッキーを食べるなんて、少し悪い事では済まないと思いますが」

「そうかも知れない。だから、食べ終わったら口を濯ごう。三人だけの秘密だよ」

真面目だと称されている兄からの意外な提案に、ミシェールが苦言を呈したが、返されたのは楽しそうな声だった。

「ヴィヴィアンナ様といつも、そんな事をされてるのですか?」

城中での公認の仲で、少ない時間を共にしようと思ったら、夜にどこかで落ち合っていても可笑しくないとミシェールは考え、そう言ったのだが。

デューは一瞬驚いた表情をしてから、首を静かに横に振った。

「たまに一緒に過ごすけど、お菓子は食べた事がないよ」

「では、なぜ夜にクッキーを食べるなんて発想が?」

経験した事がなければ、そんな事を思いつくのは難しいのでは?とミシェールが疑問に首を傾げると、デューは苦笑を返した。

「同期が子供時代に、親から叱られた話を幾つか教えて貰ったんだ。その中にあったんだよ。二人には、親から怒られてしまうような経験をしてみるのも良いかなと思ったんだ」

ミシェールはエルバルトへと視線を送る。興味をそそられたのか、身体をそわそわとさせ、その視線はクッキーの入った紙袋とデューを交互に見ている。

一つ溜め息を吐き、ミシェールはデューへと視線を向ける。

「夜更かしは、何をするのでしょう?」

「父上の事を、俺が知っている限りを教えたくて」

使用人にお茶と水を用意して貰い、トレーにクッキーとお茶を乗せて床に置き、デューは父親が話してくれた彼の子供の頃の話を、二人に話す。

クッキーを食べ終えると、一旦話を区切り、三人で口を濯ぎ、敷布に戻ると、エルバルトはデューの左側にピタリと寄り添って座った。ミシェールは少し考えてから、反対側に遠慮がちに座った。

デューは小さく笑ってから、父親の話を再開した。

先に瞼が重くなったのはミシェールだった。

ミシェールが衝立で隔てられた向こう側のベッドに倒れるように入れば、デューは話す声を落として、話を続けた。

それを子守唄代わりにミシェールは眠りに落ちたのであった。

エルバルトにとって、父親の話は新鮮だったのか、デューは夜更けまで話を続けていたが、彼が舟を漕ぎ出した所で、話を切り上げ、エルバルトをベッドに運び、頭を撫でて眠りへと誘った。

母親が血を分けた子供でさえも省みていなかったのでは?という疑問は、どんなに考えても答えは出ず、デューは慰めの言葉が思い浮かばなかった。

その代わり、愛情を示してくれていた父親の思い出を、少しでも分け与えたくて、デューは眠る二人に、囁くように父親の子供の頃の冒険談を語る。

夢の中で、子供時代の父親と、二人が共に冒険出来るように、悪夢でうなされる事がないようにと。

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