因縁 39 強さ
裏庭に居た犬のフィビーを連れ、四人で前庭を散歩する。
ヴィヴィアンナには侍女長が日傘を差していて、ミシェールとエルバルトには侍女が日傘を差していて、デューと年の近い騎士、熟練の騎士も着いて歩いている。
デューがリードを持ち、先を歩きながら、花を見つけては、三人を手招きしたり、虫を見付けたヴィヴィアンナがデューを驚かせたりして、散歩を楽しんでいた。
不意に、遠くから声が届く。
四人の視線を集め、騎士服のシモンが少し離れた所から、手を振っていた。
その隣りの騎士が、シモンの頭を小突く。
デューが溜め息を吐き、ミシェールとエルバルトを見る。
「煩いだろうけど、挨拶してやってくれ」
フィビーを促し、デューがそちらへと歩いていき、ミシェールとエルバルトも続き、ヴィヴィアンナはクスクス笑いながら続く。
待っていたシモンが、顔を明るくさせた。
「ミシェール様、バル君、おはようございます。あ、ヴィヴィアンナ様と、デューさんも、おはようございます」
デューの目が細くなり、ヴィヴィアンナは笑いながら頷く。
女主人に対してついでのように挨拶したシモンに、ミシェールは言葉を失っていたが、気を持ち直す。
「ヴィヴィアンナ様に失礼です」
エルバルトがその横で頷く。
シモンが赤い髪を掻いた。
「いや、普段はお声掛けして良い相手じゃないので。今はデューさんと一緒だから、出来ただけです」
「それは分かるが、お前は二人に馴れ馴れしすぎないか?声を掛けられるまで挨拶はしないのが騎士の規則だろ?二人は閣下の客人として来てるんだ。そして、シモンは仕事中だ。そこはしっかり分けろ」
「すみません」
デューからの忠告に、シモンは頭を下げた。
その後ろに立つ騎士が笑う。
「朝からお貴族様だな」
「シモンの相手は疲れるだろ、頑張ってくれ」
「まあ、単純だから扱いやすいよ」
デューの言葉に騎士が笑い、シモンの頭を撫で、仕事に戻る事を促す。
二人を見送り、デューはミシェールとエルバルトを見た。
「そろそろ戻った方が良い。お願いします」
侍女と従僕、護衛の騎士に頭を下げてから、二人の頭を撫で、デューはヴィヴィアンナに近寄り、髪を一房手に取り、それに口付けをする。
「また」
「ええ」
短い挨拶をして、デューがフィビーを連れて走り去って行く。
名残惜しそうにそれをヴィヴィアンナが目で追い、頭を振って、ミシェールとエルバルトに笑いかけた。
「行きましょう」
ヴィヴィアンナと並び、ミシェールとエルバルトは城の中に戻り、埃を払われ、食堂へと向かった。
朝食の後は、ミシェールとエルバルトは客室に戻っていた。
ふと思いつき、ミシェールはエルバルトの首に巻いてある緑の布を解く。渡してから、毎日首に巻いていて、城に着いてすぐに洗いに出され、エルバルトは随分気落ちしていた。それが昨日の夕方に戻ってきたのだ。
エルバルトが首を傾げるが、その左手を取り、手首にくるくると巻く。
「こうしたら、バルにも見れるでしょ?気に入ってくれてるから、見やすいように」
刺繍を撫で、ミシェールはエルバルトを見る。
エルバルトが少しでも安心出来るように、笑えたら良いが、相変わらずミシェールの顔は言う事をきいてくれない。
エルバルトが目を見開き、大きく頷いて微笑む。
昨夜の事を覚えていない様子に、ミシェールは安堵した。
静かに過ごしていると、ミハエルとヴィヴィアンナが来て、城内の案内が始まった。
ミシェールとエルバルトの要望通り、城内を歩いて周る。
ミシェール達に充てがわれた客室がある2階から3階へと上り、書庫、ミハエルの私室と、ヴィヴィアンナの私室、そしてそれぞれの執務室を案内される。
「用がなくとも、来たい時には案内するように伝えてある。仕事の都合で相手してやれない時以外はいつでも歓迎するから、遠慮は不要だ」
自身の執務机に触れ、ミハエルが静かに言えば、書類の仕分けをしていた家令が目尻を下げて微笑んだ。
ミシェールとエルバルトの後ろに立っていたヴィヴィアンナが二人の頭をそっと撫でる。
「私の所へもいつでも来てね。賑やかな方が楽しいもの」
ミハエルの執務室を出て、階段を更に上る。
普段使用する所だけを案内するという話だったが、騎士が常駐する4階の警備室を通った先、そこにある螺旋階段を上った先まで案内された。
そこは城塞だった名残の物見塔で、着いた部屋には見下ろせる窓がついている。
城の広い庭と城壁が見え、その先には林があり、林の先には屋根がチラホラと見えた。
それを見下ろしながら、ミハエルはぼやく様に言う。
「王族なんぞ柄じゃない、気楽な身分で生まれていたらと、何度も思っていたし、今もそれは変わらない。それでも、ここに立てば、自分に与えられた権限で、出来るだけの事をしようと思える。城にも街にも人々の生活がある。それを護れる事が誇りだ」
いつも自信に溢れたミハエルの、垣間見えた迷いに、ミシェールはこの人もただの人なのだと、当たり前の事に気付かされた。
シェキーラの子供という、覆せない事実は、ミシェールとエルバルトに暗い影を落としている。
王族として生まれたミハエルの悩みと、自分達の悩みは、生まれを選べないという点で、ミシェール達と同じなのだろう。
それを否定するでもなく、ミシェール達を引き取る事に利用出来る強かさに、ミシェールは羨ましいと思えた。
午後からは、ミハエルは仕事で外れ、3人でクッキーを焼く事になっていた。
朝食の際に、ミシェールが古着のお礼をしたいと申し出た為に、ヴィヴィアンナが提案してくれたのだ。
厨房で三人並んで作業をし、焼き上げは料理長に任せ、お茶をする。
ヴィヴィアンナは窯をたまに覗き見ては、楽しみねと言って笑う。
良く笑う人だ。とミシェールは思う。
母親が声を出して笑っていた記憶は残念ながらない。父の兄の婦人は、上品に優しく笑っていた。修道院理事長のナンジーと淑女達も笑う方だったが、ヴィヴィアンナは周囲を巻き込む明るさで、どこか楽しげなのだが、それに取り繕った様子がない。
ミシェール達の母親の犯した事件のせいで、毒に倒れ、生死を彷徨っていたとは、今の姿からは想像出来ず、長く婚約関係だった相手と婚約白紙になった悲観さもない。
朝の散歩で、デューが離れた時に、一瞬寂しそうにしていたのを思えば、今の立場は辛いだろうと予想出来るのだが、それを抱えて、こんなに明るく笑える強さが、ミシェールには眩しく思える。
長く見すぎたのか、ヴィヴィアンナが笑顔で首を傾げた。
ミシェールは無言で首を振り、そっと視線を外した。
その日の夕食前に、ミシェールとエルバルトはクッキーを配り歩いた。
受け取った使用人と騎士達は嬉しそうにしていたので、二人は安堵した。




