因縁 38 ありふれた朝
翌朝、床で寝ているデューを見つけ、エルバルトは呆然としていた。
慌ててベッドから降りて、隣りのベッドで眠っているミシェールの身体を揺する。
ミシェールの目が開き、少しボーとしてから、目がパチリ!と開き、上半身を起こしてエルバルトを見て、息を吐いてからエルバルトに微笑みかける。
「おはよう」
エルバルトは頷き返し、ミシェールの袖を引き、自分のベッドを指差した。
ミシェールが首を傾げると、エルバルトはミシェールの袖をさらに引く。
「バル?」
ミシェールがスリッパを履こうとした時、ゴソゴソと音がして、ムクリとデューの上半身がエルバルトのベッドの向こうから覗く。
「ああ、お兄様の事」
エルバルトの行動理由に思い至り、ミシェールは足をベッドに戻した。
「二人ともおはよう」
床にある布団を丸めて持って立ち、デューが微笑んだ。
「おはようございます。バルが驚いています」
ミシェールはそれだけ言い、自身の布団をかけなおした。
エルバルトは瞬きを繰り返し、デューを見ている。
「夜中に寝顔見たくなったんだけど、せっかく側に居るんだし、一緒の部屋に居たくなったんだ。で、布団持ってお邪魔したんだ。驚かせてごめんな」
デューがゆっくり近寄り、バルの頭を撫でた。
「怒られる前に退散するよ」
布団を持って部屋を出て行くデューを目で見送り、エルバルトはベッドに戻る。
まだ空は白みがかっている最中で、起きるには早い時間だ。
ただ、すっかり目覚めていて、ミシェールとエルバルトは身体を起こして、顔を見合わせる。部屋はまだ薄暗く、読書も裁縫も出来そうになかった。
どうしようか?と悩んでいると、ノックの後にドアが開かれた。
ボタンのないシャツとズボンのデューが入ってきた。
「気になって戻ってきてしまったよ」
エルバルトのベッドにデューが座った。
「もう少し明るくなったら、一緒にフィビーの散歩をしよう。俺の朝の仕事なんだ」
「散歩を?」
「あ、犬は怖くはないだろうか?」
「ええ」
デューの言葉に、ミシェールとエルバルトが頷いた。
デューが頷き返し、優しい声で言う。
「賢いから、撫でる事も、リードを持つ事も大丈夫だよ。平気そうだったらやってみよう」
ミシェールとエルバルトが顔を見合わせ、エルバルトは眉が下がっている。
「無理にとは言わないよ」
デューがおかしそうに声を出して笑った。
ミシェールがそれに一つ咳をする。
「周りにご迷惑です」
「あ、ごめん」
デューが小さく頭を下げた。
少しずつ部屋が明るくなってきて、使用人はそろそろ働き始める時間になる。
客人の部屋から声がしたら、仕事の手を止め、お伺いに来るかも知れないのだ。
デューが小さい声でフィビーが水遊びを好きで、毎回周りがビショ濡れになって大変だと説明すると、エルバルトは楽しそうに肩を震わせる。
どれくらい飼われているのか、好きなオヤツなどをデューが語っていると、ドアがノックされた。
『お邪魔します』
くぐもった声の後に、そっと開かれる。
ワゴンに洗面器とコップ、タオルと水差し、ポットを乗せ、メイドが入って来る。
メイドは、デューの存在に、一度驚いた表情をしてから、表情を正してワゴンをベッド脇に寄せ、一礼をする。
「お待たせしました。おはようございます」
「少し早く起きてしまったの。気にしないで。すぐ来られるのは、まだ慣れてないですし」
ミシェールの言葉に、礼をしてメイドは2つの洗面器にポットのお湯を移し、出て行く。
「ドアの外で待ってる」
デューも部屋を出て行き、残った二人は顔を洗って、ベッドに座り水をゆっくり飲む。
見計らったように、侍女と従僕が断りを入れてから部屋に入り、ミシェールとエルバルトの間に衝立が広げられ、それぞれ服を選んで、それを着るのを手伝われる。
着換えが終わり一息つくと、ヴィヴィアンナが部屋着用のドレスに、ガウンを羽織った姿で入って来て、その後を侍女長が続く。
「おはよう」
「おはようございます」
ミシェールの言葉と、エルバルトの無言の返しにヴィヴィアンナは頷き、エルバルトのベッドに座る。
侍女から櫛がヴィヴィアンナに渡され、ヴィヴィアンナは優しくエルバルトの髪を梳く。
本来なら侍女の役目なのだが、旅の間からずっと、ヴィヴィアンナが二人の髪を整えているのだ。
「顔を見せて」
柔らかな声に、エルバルトはヴィヴィアンナを見る。
ヴィヴィアンナは満足そうに笑った。
「今日も素敵よ」
そっとデューの頬に口付けをし、頬を撫でてヴィヴィアンナは立ち上がり、隣りのベッドに座る。
「今日も一つ結び?」
ヴィヴィアンナの問に、ミシェールは小さく頷いた。
ミシェールの髪が丁寧に梳かれ、一つに纏められる。
侍女からヴィヴィアンナに紐が渡され、慣れた様子で縛られる。
「さあ、今日の出来栄えはどうかしら」
ポンとミシェールの肩を叩き、ヴィヴィアンナは鏡台の前の椅子をひく。
ミシェールはスリッパでそこまで行き、椅子に座る。
「美人さんだわ」
ヴィヴィアンナが鏡越しに小さく笑い、ミシェールの頬に口付けをし、肩を撫でた。
まだ慣れないそれに、エルバルトもミシェールも顔を伏せてしまう。
「さあ、デューが待ってるわ。私も一緒に散歩してるのよ」
ヴィヴィアンナの声の後、ミシェールとエルバルトの足元に靴が用意され、ストールを肩に掛けられた。
靴を履いて、ヴィヴィアンナと揃って、開けられたドアを出れば、デューが笑顔で頷く。
「三人とも今日も決まってるね」
「デューは寝癖があるわ」
デューに近寄り、ヴィヴィアンナは手を伸ばし、デューの髪を撫でる。
撫でやすいように、デューが少し前屈みになった。
「まだ、かな?」
「まだよ」
暫くしてもヴィヴィアンナの手が離れず、部屋の前に居た騎士と周囲の使用人達が忍び笑いをした。
「ヴィア?遊んでるだろ」
「だって、いつもキッチリしてるデューが、寝癖つけてたのよ。なんだか可愛くて」
デューにジト目を向けられ、ヴィヴィアンナはデューの頬を撫で、頬に口付けをした。
「二人の前だろ?!」
慌ててデューが背筋を伸ばし、侍女長が咳払いをする。
「ヴィヴィアンナ様、やりすぎでございます」
「ごめんなさい。余りにも可愛くて我慢出来なかったの。許して?」
「全く。驚かせてごめん。ヴィアは少し素直すぎるんだ」
小さく笑うヴィヴィアンナに、デューは溜め息を吐いて、ミシェールとエルバルトに侘びた。
エルバルトは頬を赤く染めていて、ミシェールは溜め息を吐いた。




