因縁 37 動転
ヴィヴィアンナに、侍女長が部屋に戻る事を促して、ヴィヴィアンナは残念そうに部屋を出ていく。
三人だけとなり、デューは頭を掻いた。
少し説教臭かったかと、自身の発言に気まずくなっていたのだ。
そっと重なり合う手から、デューの手が離れる。
「二人で生きてたつもりでした」
ミシェールが細い声で溢した。
デューは自身の膝に両手を重ねて置き、小さく頷く。
エルバルトも、小さく頷いた。
「でも、違ったのですね。気付いていなかっただけ。あそこの優しさにいつも安心してたのに、頼っている事実を、全く気付いていなかったと、やっと気付きました」
「うん。それに気付かない人は案外多いよ。気付けたなら返せる」
「返す?」
「ヴィアも言っただろ?頼れる存在になるんだ。修道院を卒業して働いている子は、少ない金額を寄付していると、理事長から聞いてる。お金だけじゃなくても、方法は沢山あると思う。何が出来るか、そう考えたら将来の事も決められると思う」
デューの言葉に、俯いていたミシェールの顔が上がり、エルバルトを見る。
エルバルトが大きく頷いた。
「一緒に考えてくれるのね」
ミシェールが手に力を入れると、エルバルトも力を入れて応える。
除け者にされ、デューは苦笑して頭を掻き、ゆっくり息を吐いて二人を見詰める。
じぃと無言で見詰められ、ミシェールとエルバルトが身じろぎし、ミシェールが口を開く。
「何か?」
「いや。ただ見てただけなんだ。二人はどんな将来を選ぶんだろう?て考えてた」
「そんなにすぐには決められません」
「うん。ゆっくり考えて欲しい。さて、じゃあ、使命を果たしに行くよ」
そう言って微笑み、デューは腰を上げて部屋を出て行った。
使命なんて大げさなと思いミシェールは溜め息を吐く。
ミシェールが椅子から立ち上がり、鏡台の引き出しを開けて、紙を取り出す。
エルバルトの所へ戻り、エルバルトの手をひき、二人でベッドに上って座る。
向き合った二人の間に、紙が開かれて置かれた。
デューから貰った、沢山の職業が書かれた紙だ。
その字をじっくりとミシェールは見る。
シモンの少し歪んだ字ではなく、ミハエルの力強くて角ばった字でもない。
丁寧に書かれたそれに、ミシェールは兄が書いたのだろう。と予想した。
二人の将来を思って書かれただろうそれを、そっとエルバルトが撫でた。
貰った時は、夢物語だと思っていたその文字が、ミシェールの手の届く場所にあるように見えてきた。
入浴を済ませ、部屋に戻ると、メイドと従僕が、裁縫道具と、押し花用の薄紙と分厚い本、児童書が何冊も机に置いて部屋から下がった。
二人は早速一冊の本を一緒に読み、就寝の時間となり、ベッドに入る。
メイドが部屋の明かりをドア脇だけ残して消し、部屋を出て行く。
抱っこでの城内案内は阻止して貰えただろうか?と考えながらミシェールはうつらうつらしてきた。
身体が余り疲れていないので、慣れない柔らかなベッドで、眠りが浅くなっていた。
ふとミシェールの意識が覚醒し、早い呼吸の音が耳に届く。
慌てて起き上がり、ミシェールは隣りのベッドのエルバルトに触る。
熱はないが、苦しそうに呼吸をしていて、身体が震えていた。
自分のベッドの布団を剥ぎ取り、エルバルトに掛け、ミシェールは裸足で部屋のドアを急いで開けた。
そこに騎士が二人立っており、一人が腰を落とす。
「いかがされましたか?」
「あ、」
助けを呼ぼうと口を開き、ミシェールは口をパクパクさせるだけで、音として出なかった。
焦っていると、もう一人の騎士が口を開く。
「お邪魔しても?」
それになんとかミシェールが頷くと同時に、声をかけた騎士が部屋に入り、ベッド脇のベルを鳴らす。
「医者を」
部屋の中からの短い言葉に、腰を落としていた騎士が、すぐに立ち上がり、一礼して足音を立てずに走り去った。
「お嬢様、スリッパを」
ミシェールの前に、騎士がスリッパを置き、ストールを肩にかける。
震えて動けない様子に、騎士が手を上げたり下げたりしてる内に、侍女がやって来たので、その場を譲る。
従僕もやって来て、室内に入り、エルバルトに声をかける。
騎士に連れられ、寝巻き姿の中年の女性が部屋に入って行く。
「シェリー!」
寝巻き姿のデューも来て、ミシェールの膝裏に腕を入れ、抱き上げて部屋に入った。
中年の女性は、聴診器をエルバルトに当てている。
デューによって、ミシェールはベッドに座らされた。
その隣りに、デューが腰を降ろす。
「怖かったな。よく気付いてくれた」
ミシェールの背中を、デューがゆっくり撫でる。
夜着姿にガウンを羽織ったミハエルとヴィヴィアンナも部屋に入り、執事と侍女長が椅子を勧めるが、首を横に振って断る。
中年の女性が、カバンに聴診器を仕舞い、注射を取り出し、エルバルトに打った。
暫くすると、エルバルトの呼吸が落ち着き、すぅと寝息が聞こえた。
その場に居た全員が、ほっと息を吐く。
「外で」
ミハエルが短く言い、従僕一人を見守り用に残し、ミシェールはデューが抱き上げて移動し、食堂に辿り着く。
「ご苦労。全員座ってくれ」
ミハエルの言葉に従い、それぞれ椅子に座った。
長い机の短い辺にミハエルが一人で座り、そのすぐ側にヴィヴィアンナ、その対面に中年の女性。ヴィヴィアンナの隣りにミシェールで、その隣りはデュー。対面には中年の女性の隣りに執事、その隣りは侍女長で、以下、騎士、侍女と従僕。
「原因は?」
「精神的な事から来る発作かと思われます。身体に気になる所はありませんでした。慣れない環境でビックリされたのかも知れません」
ミハエルの問いに、中年の女性が答えた。
「気を付けていたつもりだったが、なかなか難しいな」
ガリガリとミハエルが髪を搔く。
「人を側に置くのは、気疲れさせてしまうわよね。人見知りだもの」
ヴィヴィアンナが辛そうに溜め息を吐く。
「部屋の外からでは気付けませんでした。ただ、何度も様子を見るのも落ち着かないかも知れません」
部屋の前にいた騎士が申し訳なさそうに言った。
ミシェールはまだ身体が震えていて、デューは背中をずっと撫でている。
「デューに同室させましょう」
侍女長がパン!と手を打った。
「ほぉ」
「そうね」
ミハエルとヴィヴィアンナが頷き、食堂内の視線がデューに向けられた。
その視線に、デューは一度渋い顔を浮かべたが、ゆっくり息を吸い、ミハエルを見据える。
「甘えさせて頂いても?」
「当然だ」
ミハエルが口の端を上げ頷いた。
デューに抱えられて部屋に戻り、ミシェールはベッドに座り、用意された温かいハーブティーを飲む。
暫くして、布団が運ばれてきて、デューはエルバルトのベッドの向こうに敷いて貰うようにお願いする。
ミシェールが落ち着きを取り戻すと、デューはミシェールの指先に軽く口を押し付け、就寝の挨拶をした。
エルバルトの健やかな寝息に、ミシェールは誘われるように眠りに落ちた。




