因縁 36 頼る
ヴィヴィアンナが離れ、元の椅子に座ると、デューはミシェールとエルバルトに苦笑を浮かべて、その隣りの椅子に座る。
「大公家の皆さん良い人ばかりだっただろ?」
微妙な気持ちを持て余していたミシェールとエルバルトは、ヴィヴィアンナの話が中断した事に安堵して小さく頷いた。
「二人を全力でお世話しようと、気合い入ってるから、諦めて受け入れるしかないんだ。ここの人間は、ヴィアと閣下が求めたら全力で従うんだ」
デューが何かを思い出したように、苦笑を浮かべた。
ヴィヴィアンナが小さく笑い、首を横に振る。
「屋敷の使用人て、そこの主人に影響されるもの。ミル様が使用人を大事にしてるからだわ」
二人の言葉に、ミシェールは申し訳ないと思って受けていたマッサージを思い出し、気が遠くなるような気がした。
あんな至れり尽くせりが半年も続くのは、気疲れしそうなのだ。罪人の子供だから、こんな恵まれすぎた環境は、申し訳ないと思ってしまう。
お試し期間を途中で止める事も出来るという話だが、大公夫妻と家人達から必死の抵抗が予想されて、いっそ屋根裏部屋にでも引き籠もれないだろうか?とさえミシェールは思えてきた。
だが、引き籠もればそこが快適空間となるように整えられてしまうのもミシェールは予想出来てしまった。
悪意ある人間と接する経験なんて、どこにあるのだろう?と、お試しの意義さえ疑問に思えてきた。
エルバルトが椅子から降りて、ミシェールを見て眉を下げた顔で、ゆっくり首を横に振った。
『諦めよう』
と言われた気がして、ミシェールは小さく頷いた。
以心伝心な様子に、ヴィヴィアンナとデューは視線を合わせた。
一つ咳払いしてから、デューが言いづらそうに口を開く。
「明日はまだ案内されてない所を回る予定になっている。多分、抱っこでの移動となるから、そのつもりで」
エルバルトがミシェールの手を握って固まり、ミシェールは天井を仰ぎ見てから、ゆっくりデューの方を見る。
「そんな年齢ではありませんし、体力もありますが」
「城塞だったから、結構広いからな、お世話したい連中が歩かせてくれるとは思えないんだ」
「普段使う所だけで良いとお伝え下さい。運動不足は成長の妨げになるとも」
「分かった。二人の意思を尊重するようにと念を押せば、多分大丈夫だ。頑張る」
「宜しくお願いします」
『多分』と『頑張る』に不安しか感じないミシェールだったが、デューに向かって頭を下げた。
「もう、お兄様を頼ってるのね」
クスクスとヴィヴィアンナが笑った。
それにミシェールは首を傾げる。
デューに頼まなければ、明日は城内を抱っこでの移動という、羞恥に耐えねばならなくなるのだ、それならば、多少気まずい関係でも、ミシェールがデューを頼る事は当然な気がするのだ。
「きっと、少し前の貴女なら、こんな状況になってもデューに頼っていなかったと思うの」
ヴィヴィアンナの指摘に、ミシェールは眉をピクリと動かした。
前の自分だったら、直接断っていた筈だと、気付いたのだ。自分で対処するしかなかったから、本当に嫌な時は、出来るだけ冷たく伝わるようにと、言葉も声も意識していたのだ。
水に浮かぶ椅子に座っている様な錯覚がし、ミシェールはエルバルトに握られていない手を、エルバルトの手に被せて握った。
よくない前兆のような気がしてきたのだ。
エルバルトと二人で生きていくと、踏ん張っていたのだ、頼る事が当たり前になっては、また二人きりになった時の事を考えると、ミシェールはとても恐ろしくなってきた。
エルバルトがもう片方の手で、ミシェールの手を握った。
デューが椅子から立ち上がり、ミシェールの脇で片膝をつき、腕を伸ばして重なり合う二人の手の上に左手を重ねる。
「頼るのは怖いと思う。無意識でも頼ってくれて嬉しい。人は人を頼って生きるのが普通なんだ。修道院だってそうだっただろ?理事長と、淑女方、子供達もさりげなく頼らせてくれてた筈だ。料理、洗濯、掃除、身支度の仕方、全て教わったんだろ?」
ミシェールとエルバルトが小さく頷くのを見て、デューは続ける
「酷い所だと、食事も服もお粗末で、教育らしい教育もない。子供達は何かに怯えていたり、ミシェールのように表情が無くなったりしていた。だから、修道院の評判を聞いて、少し安心していた。あそこなら、二人は平穏に暮らせているだろうて」
「修道院の評判?」
気になった言葉を、ミシェールが復唱した。
それに、デューが苦笑を浮かべる。
「二人が修道院に送られたて聞いて、送られた修道院の評判を集めて貰ったんだ」
ヴィヴィアンナが小さく笑う。
「そんな事をしてたの?王家が選んだのなら、ちゃんとした修道院に決まってるじゃない」
「そりゃ、そうだけど、万が一があるだろ」
「可愛い人ね」
ヴィヴィアンナの言葉に、デューの頬が少し赤くなる。
ヴィヴィアンナが優雅な所作で立ち上がる。
「自立した女性は確かに素敵よ。でも、それでミシェールが一人ぼっちになったら、私は悲しいわ。だから、頼る事は悪い事じゃないと、覚えて欲しい。断られるかもしれないけど、それはそれで仕方ないの。他人に手を差し伸べられる程余裕がないのかも知れないから。そして、誰かに頼られるようなれたら、素敵だと私は思うわ。人に頼ってばかりじゃ、甘えん坊になってしまうもの」
ヴィヴィアンナが、デューの傍らに立ち、ミシェールの肩を抱く。
「慣れない事は誰しも怖いわ。まずは、デューと私、ついでにミル様に頼ってみない?」
「閣下をついで、て言うのはヴィアくらいだよ」
デューが肩を震わせ笑い、ヴィヴィアンナは舌をチロリと出しておどけた表情をみせる。
「ここだけの秘密ね」
ヴィヴィアンナの手が伸び、重なっている手の上におく。
「どんなささいな事でも良いの。ただ、食べ物の好き嫌いは我慢して貰うかもしれないわ。具合が悪くなる食材ならちゃんと出さないようにするわ」
「あの、じゃあ、裁縫道具を、お借りしたいです。あと本を。時間を潰す物がなくて」
思いきって言ったミシェールに、ヴィヴィアンナが破顔する。
「そんな事は頼ってるなんて言わないわ。でも、言ってくれて嬉しい。そういえば、押し花もしてたわね。押し花の出来る道具も探せばあるわ」
デューも目を細めて微笑んでいて、ミシェールは視線を伏せた。




