因縁 35 優しい世界
お昼ご飯の為に、中庭のガゼボに案内され、四人が座る。椅子は5脚用意されていたが、デューはガゼボの外で立っている。
ミハエルが溜め息を吐くが、ヴィヴィアンナはおかしそうに笑うだけだ。
使用人が食事を運んで来る。
薄く焼いたパンに、ローストポーク、生野菜と、ポテトサラダ、豆の入ったスパイスがほんのり香るスープが出されるが、何も乗っていない皿と、小ぶりな器が1つずつある。
「デュー、毒見しろ」
パンを半分にちぎり、それに具材を乗せて巻き、ミハエルは何も乗っていない皿にそれを置く。
「スープもお願いね」
小ぶりな器に、ヴィヴィアンナはスープを分けた。
それが空いている椅子の前に置かれる。
「毒見は済んでいる筈ですが」
デューが渋い表情を浮かべた。
「慎重に越した事はないだろ?主人を守るのが務めだ。違うか?」
ミハエルが口の端を上げ、自身の左手にある空いた椅子を叩いた。
「失礼します」
一礼して、デューがガゼボ内に入り、椅子に座る。
「では、食べよう」
「毒見が先です」
鷹揚に言ったミハエルに、デューはそう言い、先に食べる事を侘びて、皿の上にある具材を巻いたパンと、スープをしっかり味わう。
「大変美味しく頂きました。ただし、今後は同席しません」
ナプキンで口を拭い、デューは溜め息を吐いた。
デューの視線が、向かいに座っているミシェールとエルバルトに向き、苦笑を浮かべて、椅子から立ち上がり、ガゼボから出る。
「ここまでしても駄目か」
「真面目すぎるのよね」
ミハエルとヴィヴィアンナが揃って溜め息を吐いた。
用意周到な様子に、ミシェールとエルバルトは唖然としていた。
仕事中のデューは、精悍な顔付きを少し厳しい表情にしていて、ミシェールは少し誇らしい気持ちなのだが、目の前の夫妻は、それが面白くないらしい。
忠実なのは、主人としては喜ばれる筈なのではないか?とミシェールは思う。真面目だと評される兄にとって、苦労の多そうな職場だと、そして諦めて巻き込まれるしかないと悟るしかなかった兄を、労いたい気持ちになった。
最後に果物が出され、食後のお茶を侍女長がそれぞれに配る。
交代の騎士が来て、デューが四人に一礼し、その場を離れていく。
周りの他も交代し、ミハエルとヴィヴィアンナに一礼して離れる。
ヴィヴィアンナがゆっくりお茶を飲んでいるので、ミシェールとエルバルトもそれに合わせてゆっくりお茶を飲んでいた。
ミハエルの側に家令が来て、幾つか手紙を渡す。
何でもない風景に、ミシェールは眩しく感じた。
しばらくガゼボで会話がないが、不思議と居心地の悪さはない。
ミハエルが手紙をめくる音と、ヴィヴィアンナがたまに漏らす穏やかな笑い声が、ミシェールの耳に優しく届く。
ミシェールのワンピースの裾を、エルバルトが握った。
ミシェールがエルバルトを見れば、ミシェールに向けてニコニコと微笑みかけている。
笑い返したいが、ミシェールの顔は意思を反映してくれない。せめてもと、ミシェールはカップを置いて、エルバルトの手を握った。
二人が手を握ったのを見て、ヴィヴィアンナが小さく笑い、ミハエルが優しく目を細める。
お茶を終え、そのまま中庭をゆっくりと回る事になった。
ミハエルが先をゆっくりと歩き、その後をミシェールとエルバルト、ヴィヴィアンナはその後姿を見守るように歩く。
「閣下、風が出て来ましたので」
脇に控えていた執事が、そう言ってから、近くの使用人に視線を送ると、使用人が城に向かって行く。
四人の足が止まると、侍女長が周りに視線を送り、持っていたストールを侍女達に託す。それを、エルバルト、ミシェール、ヴィヴィアンナにそれぞれ侍女が肩にかけた。
城から一人の騎士が来る。
「部屋に戻ってゆっくり温めたら良い」
ミハエルが言うと、二人の横に従僕と侍女が立ち、城から出て来た騎士が、二人に礼をしてその後に付くと、二人は城へと促される。
部屋に着くと、騎士は礼をして部屋を出て行った。
従僕と侍女に促され、二人は椅子に座る。
暫くして、メイドと従者が桶を2つ持って入ってきて、ヤカンを持った従者も入ってくる。
桶にお湯が張られるのを、ミシェールとエルバルトはぼう然と見詰めた。
ヴィヴィアンナが侍女長と侍女を二人引き連れて部屋に入ってきて、空いている椅子に座る。
「お疲れでしょう。足をほぐさせますね」
侍女長が言うと、侍女がミシェールの足にレースの施された膝掛けをかけ、ミシェールに断りを入れ、靴と靴下を脱がせ、お湯に浸ける。
従僕もエルバルトに断りを入れ、同じようにする。
ヴィヴィアンナは優しい微笑みで二人を見守っている。
断る事も出来ない雰囲気に、ミシェールは何も言えなかった。
着換えや入浴の手伝いは仕方ないにしても、これはやり過ぎではないだろうか?とミシェールは疑問に思う。
それ程疲れていないし、疲れていても、少し休めば良いだけだ。
デューの妹、弟として知られているなら、ふたりは没落貴族の子供で、目の前の侍女と従僕の方が地位としては高いのだ。
大公家の侍女、従僕ともなれば、中級以上の貴族の令息、令嬢にしか務まらない。不満はないのか?と不安になってしまうのだ。
夕ご飯を終え、ヴィヴィアンナが二人の部屋に来た。
昨夜は旅の疲れで眠れただろうが、慣れない部屋である事を心配し、様子を見に来たのだ。
だが、ヴィヴィアンナの存在に、ミシェールとエルバルトは変に力が入ってしまっていた。
旅の道中はミハエルがすぐそこに居たし、夕方は使用人達が大勢いた。
侍女長が居るとは言え、実質三人だけになるのは初めてだったのだ。
三人で椅子に座り、緊迫している二人に気付き、ヴィヴィアンナはデューの事を話題に出し、二人の緊張を解そうとした。
ミハエルとヴィヴィアンナの婚約書類を交わす場所に、デューが騎士として居たのだ。と、ヴィヴィアンナは小さく笑いながら言った。
ミシェールもエルバルトも、兄であるデューの話だと聞き、身を乗り出していたが、何だかとんでもない話を聞かされ、ミシェールは何を言えば良いか分からず、エルバルトは眉を下げた。
一人嬉しそうなのはヴィヴィアンナで、侍女長は静かに佇むだけだ。
二人が困っていると、デューがボタンのないシャツとズボン姿で部屋に来た。
「お疲れ様」
話を中断したヴィヴィアンナが、立ち上がってデューの頬に口付けをし、侍女長が困ったように笑う。
「ヴィヴィアンナ様、過度な接触はお子様達の目の毒となりますよ」
ずっとヴィヴィアンナの事を『奥方様』と呼んでいた侍女長が、呼び方を変えている事に、ミシェールは瞬きを繰り返した。




