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因縁 32 涙

「会いたかった。貴女達のお母様の事は本当に残念だったわ。私の目標だったの」

ヴィヴィアンナから言われたそれは、ミシェールにとって衝撃だった。

『会いたい』はまだ理解出来たが、母親の事を嘆いでいるような言葉と、ヴィヴィアンナが母親を目標としていたなど、言われるとは思ってもいなかったのだ。

ヴィヴィアンナを毒で苦しめ、窮地に立たせたのは、他ならぬミシェール達の母親だ。

その疑問を感じとったのか、ヴィヴィアンナがミシェールとエルバルトの肩を撫で、二人から身体を離し、エルバルトの隣りに腰掛ける。

「あの方は、淑女でありながら、殿方と対等に仕事をしてらしたわ。私はその姿に憧れていたの。将来は外交官となりたいとさえ、思ってたのよ」

ヴィヴィアンナが小さく笑い、続ける。

「職業婦人になれたら、あの方に近付けると思っていた。背筋がピンとしてて、いつでも優雅だった」

一つ溜め息が漏れて続く。

「そんな方が、なぜあんな事をしたのかと、本当に残念な気持ちよ。どんな理由があっても、間違っていた。正直なところ、動機を聞いても納得出来なかった。二人を苦しめていたと知って、あの方に怒りを感じたわ。だから、デューも、ミシェールも、エルバルトも、あの方の罪で苦しんでいるのなら、私は少しでも和らげてあげたい」

言い終わったのか、ヴィヴィアンナが隣りのエルバルトに笑みを向ける。

「抱き上げたいのだけれど、良いかしら?」

エルバルトの表情が固まり、首を横に激しく振る。

向かいに座るデューが、首を横に振って言う。

「年齢を考えてくれ。恥ずかしいんだろう」

「あら、そう?久しぶりだから、抱っこしたかっただけよ?なら、ミシェールもお嫌?」

ヴィヴィアンナの視線が、ミシェールに向けられた。

ミシェールの視線が泳ぎ、一度デューを見る。

デューは笑顔でその視線に頷いた。

「重い、ですが」

ミシェールが小さく頷くと、ヴィヴィアンナは立ち上がり、ミシェールの隣りに立つ。

デューも立ち上がり、ヴィヴィアンナの後ろに立った。いざという時に、彼女と妹を支える為だ。

ミシェールが立ち上がると、ヴィヴィアンナは膝を折り、ミシェールを抱き上げる。

「ごめんなさい。座らせて貰うわ」

ヴィヴィアンナはそう言って、デューの補佐を支えに、椅子に座った。

膝にミシェールを乗せ、ヴィヴィアンナは目を細める。

「こんなに大きくなったのね。赤ちゃんの頃はとても軽かったのよ。アストリアと距離を取った事を後悔してるわ」

ヴィヴィアンナが顔を曇らせた。

ヴィヴィアンナとデューが、婚約を見据えた付き合いだったのは周知の事実で、王子と婚約したヴィヴィアンナがアストリアに近付く事を、周りが良く思っていなかったのだ。

何か間違いがあっては困ると、周りが神経質になっているのを感じとり、ヴィヴィアンナは距離を取ってしまった。

デュクリスの葬儀の際も、王宮の礼拝堂で開催された為に、王子の婚約者として振る舞う事を要求されてしまった。

お悔やみの言葉しかかけられず、ヴィヴィアンナはずっと後悔していたのだ。

その内、交流会に行く年齢ではなくなり、ヴィヴィアンナは、ミシェールとエルバルトと会う手立てがなくなってしまった。

そして、再会した二人は表情と声を失ってしまっていた。

過酷な現実があったのだろう、と小さかった二人を思い出し、ヴィヴィアンナはミシェールを抱き締める。

ミシェールとエルバルトの状況は、意気地なしな自分と、周りの大人の責任だと痛感し、ヴィヴィアンナはミシェールの額に口付けを落とす。

「私は、二人を幸せにしたい。私に何が出来るかしら?」

ヴィヴィアンナの口付けでミシェールは固まっていた。

根気強くヴィヴィアンナが待っていると、ミシェールが視線をゆっくりあげ、彼女を見上げる。

「そのお言葉だけで、十分です。私は、そこまで言って頂ける立場ではありませ、」

言葉の途中で、ミシェールの鼻が抓まれた。

「しみったれた言葉は、聞きたくないわ。カビが生えてしまうのですって」

鼻を抓んだヴィヴィアンナが、イタズラな笑みを浮かべてそう言い、ウインク一つする。

ぷっと、ミハエルの肩が震える。

デューは頭痛を堪えるような表情を浮かべ、口を開く。

「その言葉は覚えなくて良いて、言っただろ」

「だって、私は二人を幸せにしたいのよ。遠慮されたら悲しいじゃない」

不満そうに、ヴィヴィアンナが口を尖らせた。

子供じみた表情に、ミシェールは本当に昨日と同じ人なのだろうか?と不思議に思う。ミシェールの母親に引けを取らない、美しく柔らかな所作で、人を使う事に慣れた様子の淑女の中の淑女だった彼女と、目の前の無邪気に笑ったり、口を尖らせたりする彼女が、結び付かなかったのだ。

そして、シモンが言っていた事に納得する。

兄の側では、彼女が自然体だと言っていたのだ。世間では褒められた関係ではないのだろうが、二人を否定する気持ちが、ミシェールの中から綺麗に消え、幸せになって欲しいとさえ思えてきた。

「あら?」

ヴィヴィアンナが驚きに目を見張り、デューが慌てて立ち上がり、机を回り込む。

「シェリー?」

床に片膝をつき、デューが優しく声をかけて来たので、ミシェールは怪訝に思った。

ミシェールの頬を、ヴィヴィアンナの手がそっと撫でた。その仕草に、ミシェールは自身の頬を触る。

手に濡れた感触が伝わり、ミシェールは瞬きを繰り返す。

エルバルトが椅子から降り、ミシェールの左手を握ってきた。

自身がなぜ涙が出ているのか、ミシェールには検討が付かない。涙を止める事も出来ずにいると、ヴィヴィアンナが身体を抱き締めてきた。

「ずっと我慢してたのね。泣かせてあげられなくてごめんなさい」

優しく背中を撫でられ、ミシェールは涙で視界が歪み、ヴィヴィアンナに抱き着いた。

デューとは違い、柔らかな身体と、優しくて甘い匂いに、母親に抱き締められたのは、あの罪の告解の時だけという残酷な事実を思い出し、ミシェールは声を殺して泣く。

ミシェールが人前で泣いたのは初めての事で、エルバルトはどうしたら良いのか分からず、狼狽える。

その身体を、デューが抱き上げて抱きしめる。

「バルも、我慢しなくて良いからな。よく頑張った。シェリーを支えてくれてありがとう」

エルバルトの目に涙が溜まり、決壊した。

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