因果 5 父親
そして、一回目の報告から5日後、二回目の報告をする為に護衛が屋敷へと戻った。
デュクリスに同行した護衛の内の一人だ。
若い護衛と従僕、御者を借家に残し、彼は近くの街の衛兵隊に頼み、捜索隊を派遣して貰った事。
捜索開始してから4日後、還らぬ姿のデュクリスらしき遺体が山中で発見された事。
熊に襲われたようで損傷が激しかったが、本人であると思われ、その頃には回復し、街に居た従僕が確認した事を、震えた声で伝え、ハンカチを差し出してきた。
その中には銀色の短い毛髪が入っていた。
一回目の報告は、届いた日に王宮へと伝えてあり、その時王家から手を貸すと言われたが、失踪の手紙がある為に女公爵のシェキーラ・ハンス・アストリアは辞退していた。騒ぎを大きくしすぎては戻りづらいだろうと判断して。失踪先の領主には、自身の騎士を動かす理由を知らせなければ、波風がたつのは明白だったから、騎士には書状を持たせた。
それは、すべて手遅れだった。
そして、身なりを整えたデュクリスの父親ブライト・シモン・アストリアが昼過ぎに王宮へと赴き、二回目の報告の事を伝え、アストリア家の専従医師が確認しに向かっている事も伝え、確証が取れるまでは王家でも訪問は受けないと伝えた。
「承知した。シェキーラを大事にしてくれ」
王の言葉に深く頭を下げ、謁見の間を出た父親は、足早に馬車へと戻った。
それを見届けた宰相、尚書、侍従、騎士、従僕の中から話は漏れ、社交界へと伝わり騒動へと繋がった。
「少しお腹に入れた方が良い。倒れてしまうよ」
夕方になっても執務室の椅子で項垂れているシェキーラに、ブライトは心配そうに声をかけた。
幼い子供達はブライトの兄の侯爵家当主の元へ、乳母と侍女とメイドを付けて預ける手筈を整え、王宮に向かう馬車と並走させた馬車で回り道をして送り届けた。
屋敷には夫婦以外は使用人だけとなり、静まり返っている。
「愚かな子。こんな手紙」
食事を摂らないシェキーラに彼が付き添っていると、女公爵は引き出しからデュクリスの置き手紙を取り出し、屑入れへと放る。
「アストリア家の後継として、何不自由なく育って、一人で生きていけるわけがない。そんな事も。。。」
言葉を詰まらせたシェキーラの背中を、ブライトはそっと撫で、それは夜更けになり、彼女が意識を失うまで続けられた。
騎士によりシェキーラは夫婦の寝室へと送られ、ブライトはその後に続いた。
翌朝、ブライトはシェキーラにベッドで休んでいる事を願い、彼女はそれを受け入れ、起床を知り入室した家令に、ブライトがシェキーラの代理として1日過ごす事を伝えた。
侍女長が暫くして温かいスープを寝室へと運び入れ、ブライトはそれと入れ違いで家令と共に退室し、執務室へと向かう。
その道すがら、家令と幾つかの執務の確認をする。いつでも代理として働けるように情報共有はしているが、念の為にシェキーラに確認する必要のある物は3件あった。
執務室に着くとすぐに、その書類を家令に任せ寝室へと向かわせる。ブライトはお茶をメイドから貰うと人払いをした。
ブライトの執務机には、デュクリスの置き手紙が置かれていた。従僕に屑入れから拾っておくよう伝えていたのだ。
「初めての手紙がこれか」
最初で最後のデュクリスの手紙をじっと見つめ、ブライトは苦笑を漏らす。もっとデュクリスと向き合っていれば良かったと。
仕事を覚える忙しさを口実に、彼はデュクリスと距離を置いていた。
ブライトの義母がデュクリスへの教育に目を光らせていたのもあったし、遠慮もあった。ブライトがデュクリスと近過ぎる関係になるのを、彼女は許さなかったのだ。
シェキーラが爵位を継ぎ、本格的に補佐の仕事に入り、確かに忙しさは増した。法律の改正は大小とあるし、事業の見直しの査定、義父が王宮務めを退いたので、分家からの王宮内の報告が日々上がってくる。
だが、作ろうと思えば、時間は作れたのだ。
デュクリスの将来の相手として見据えていたヴィヴィアンナが、第二王子の婚約者へと決まってから、ブライトは夜のお茶一杯分の時間を捻り出したのだから。結局、ブライトが臆病だったのだ。長く距離を置きすぎた関係に、ブライトが怖じ気づいてしまっていた。
デュクリスの留学へ向けて動き出したのは、義母の葬儀から3週間後。留学先の国は義母が決めていて、それをシェキーラが汲み、王家と連携しながら相手国と相談し、世話になる家を決めた。相手国の宰相で侯爵家当主。その下でとりあえず1年学ぶ手筈を整えていた。その後は本人の意思と成長具合を確認すると取り決めもしていた。
留学に向けて調整している時に、ヴィヴィアンナとの婚約を進める話が出たものの、打診をする前に、王に先手を打たれ、話が流れたのは痛かった。
結局、父親として何が出来ていたのか?後悔をお茶と共に飲み込み、ブライトは手紙を引き出しの奥にある小箱にそれを入れた。
シェキーラは少しずつ食べ物が入るようになったが、医師を派遣して1週間後の正式な連絡により倒れた。
『後継デュクリス様と確認』
ただちにそれは、各所へと伝えられ、王家からお悔やみの言葉と、貴族院には手を煩わせないために贈り物は遠慮するよう手配してあると書状で伝えられた。
その翌日、領地からシェキーラの父親の前公爵が王都の屋敷へと戻り、食事はスープのみと希望し、賓客室に引きこもった。
さらに3日経ち、アストリア家に騎士の護衛で護られた黒塗りの馬車が入って行き、その後を装飾のない馬車が続く。
到着を待っていたのは窶れたシェキーラとブライト、使用人の面々で、全員黒い服で統一されている。
騎士達によって、黒塗りの馬車から、アストリア家の紋章が入ったマントをかけられた棺が、屋敷へとゆっくりと担ぎ運ばれ、一晩デュクリスの部屋で休まされる事になった。翌朝に敷地内の礼拝堂に移される手筈だったが。
その翌朝、前公爵が首をナイフで刺し自死した姿を、従僕が発見し、屋敷は騒動となった。
右手の指をナイフで刺して書いたと思われる遺言が、壁に紅く遺されていた。『許せ』とだけ。
シェキーラはその報告に、目を一瞬見開き、寝間着姿のまま、家令に医師を客間に向かわせる指示を出し、執事に賓客室の封鎖の指示、そして侍女長に朝食を遅らせる事と使用人達の不急の仕事の休止の指示を出す。
「相変わらず勝手だわ」
指示を行き渡らせた侍女長からお茶を差し出され、シェキーラは顔をしかめた。
少し前に医師からの前公爵の死亡が確認され、すぐに王宮へと伝える書面の作成を手配し、賓客室の掃除も手配された所だった。