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因縁 30 大公妃

礼拝堂に入ったミハエルは、領主に理事長のナンジーを紹介され、良い笑顔で挨拶をした。

領主が溜め息を吐いて、ミハエルにジト目を向ける。

「まあ、ご紹介するまでもなかったでしょうが、形骸的なものとして、ご了承下さい」

「ああ」

ミハエルが苦笑で返した。

ミハエルがお忍びでここに来てた事は、既に知られており、今回領主の屋敷に泊まったのも、前回のお忍びの帰りの道中、領主に宿での宿泊を咎められた結果だった。

現在、直系王族は、赤子を含めて四人。臣下に下った王族は、先代の弟は子がおらず、先々代の兄弟の孫は、ミシェールとエルバルトが抜けて一人のみ。

その為に、ミハエルの重要性を、領主はくどくどとミハエルに説教し、涙ながらに身体を大事にしてくれと訴えていた。

「妃殿下は、初めてでいらっしゃいますね?」

ナンジーと笑顔で挨拶したヴィヴィアンナに、領主は確認するように視線を向けた。

艶かな金髪は一つに纏められ、小ぶりなルビーが付いた髪飾りを付けられており、青い瞳と小さな口は穏やかに笑みの形を浮かべている。

「ええ。今日という日を楽しみにしておりました」

「御身の安全の為、人払いさせて頂いた事は、ご了承下さい」

「いえ。私の我儘を聞いて頂いたのですもの。お手間をおかけして申し訳ないくらいだわ」

領主と話すヴィヴィアンナを、ミシェールとエルバルトは遠巻きに見ていた。

周りの子供達は、偉い人が来た。としか認識しておらず、そわそわと落ち着きなく一行を眺めており、淑女達は、懐かしいピリピリとした雰囲気に、穏やかに笑みを浮かべる。

領主を先頭に、一行が子供達と淑女達の前に来た。

「手に取って宜しいですか?」

ヴィヴィアンナが、一人の淑女に話しかけると、淑女は笑みのまま頭を下げる。

「妃殿下にお手に取って頂けるなら、これほど誇らしい事はございません」

「こちらはどなたが?」

ヴィヴィアンナからの問いに、淑女達は淀みなく答えている。

一分の隙もない洗練されたヴィヴィアンナの所作に、ミシェールは母親を思い出した。ただ、ヴィヴィアンナには母親にはなかった柔らかさがあった。

人を緊張させないそれに、この人が、兄の恋人なのか。となんとも不思議な気分になると同時に、母親のせいで現在の王太子と別れねばならなくなった事が、申し訳なくなる。しかも、毒で生死を彷徨い、一年近くも療養していたのだ。頭を地面にこすりつけて謝っても、許される事ではない。

緊張していると、ヴィヴィアンナは子供達が作った作品にまで、目を向けてきた。

元侯爵令嬢が、子供が作った物など、興味を持つとは思っていなかったが、作品を褒められた子供達が、自慢げに名乗り出て、ヴィヴィアンナはその子供達とも親しげに会話を交わす。

「こちらのハンカチ、素敵ね。蒼の馬ね。どなたの作品かしら?」

ヴィヴィアンナの手が、それに伸びた瞬間、ミシェールは心臓が止まるかと思った。

淡い緑に染めたハンカチに、青の糸で馬を縫った物で、ミシェールの作品だ。

浅く呼吸をしながら、ミシェールは口を開く。

「私の、作品、です」

「物語の一部を刺繍にするなんて、良い発想だわ。刺繍も丁寧だし、きっと王都でも売れるわ」

「お褒め頂き、ありがとう、ございます」

ワンピースをつまみ、ミシェールはカテーシーをした。

それにヴィヴィアンナが柔らかく微笑み、次に布張りの小物入れの箱を手にする。

「こちらも凄く丁寧な作りね。綿を入れているのね。触り心地が良いし、色合わせが素敵。こちらはどなたの?」

ミシェールの隣りで、エルバルトが硬直した。

それに気付き、ミシェールが口を開く。

「ここに居る弟です。声が出せないので、受け答えはご了承下さい」

「そう。優しい色使いをされるのですもの、きっとお優しい弟さんなのね」

「はい。自慢の弟です」

ミシェールの答えに満足したように、ヴィヴィアンナが小さく頷き、ナンジーに顔を向ける。

「丁寧な教育をされているのね」

「ありがとう存じます。淑女達が良き手本、教師となっております」

「私が手にした物、全て頂いて良いかしら?料金はしっかり支払いますわ」

「勿論でございます。皆の自信となるでしょう」

ナンジーが深々と頭を下げた。淑女達も嬉しそうに顔を綻ばせている。自身の施した教育を褒められたのだ。家族に見捨てられた彼女達にとって、これから生きていく上での自信となった。

ヴィヴィアンナは背後に居たミハエルを、ゆっくりと振り返って見る。

「良い所へ連れてきて下さった事、感謝します」

「満足したなら、領主に無理を言った甲斐がある」

言いながら、ミハエルが腕を差し出し、ヴィヴィアンナがそっと手を添えて並んで立つ。

長身で体格が良く、渋みのある精悍な顔付きのミハエルの横に並んでも、ヴィヴィアンナは見劣りしない程、身長があり、品のある顔で、とてもお似合いに見え、ミシェールは、兄と何故?と不思議に思った。

「大公妃様、おやつの時間に、人形劇をしますの。もしお時間があれば、ご覧になって頂きたいです。改良点などご指摘頂きたいのです」

年若い淑女が、一歩進みでてヴィヴィアンナに言った。

周りの淑女は、困ったようにヴィヴィアンナに小さく頭を下げる。

領主が口を開くより先に、ヴィヴィアンナがにこやかに微笑む。

「お誘い頂いて感謝します。ぜひお邪魔させて下さい」

その横で、領主が左手で額を抑えた。

警護の事を考えたら、あまり長く居る事は得策ではないのだ。

しかも人形劇となると、バザーのように人払いをする訳にはいかない。

予定にない事だが、妃が望んだ事だ。応じるしかない。溜め息を吐き、領主は後ろに控える自身の騎士に視線を送り、次にナンジーを見る。

「理事長、警護の事でご相談したく」

「ええ。勿論ですとも。急にお誘いして申し訳ございません」

ナンジーとの約束を得て、領主はミハエルを見る。

「閣下、警護が整うまで理事長室でお待ち下さい。あと、そちらの騎士様にもお力をお借りしたいです」

「可愛い妻の為だ。万全に頼む」

鷹揚にミハエルが答えると、ミハエルの斜め後ろに立つ騎士団長が、脇にいる騎士を領主側の騎士に紹介した。

支配者らしいミハエルの対応に、ミシェールは乱暴な言葉遣いなのに、ミシェールとエルバルトに温かい手を差し伸べている人物と、本当に同一人物なのだろうか?と思った。

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