因縁 26 ほぐす
木の実は、その日の夜にジャムにされた。
初めて尽くしの1日で、ミシェールもエルバルトも、母親の事を忘れ、ぐっすりと眠った。
朝食後、対面室に呼ばれ、二人で向かう。
慣れた二人が待っていた。
ただ、珍しくシモンの顔色が悪い。
「ミシェール様、あんな大変な事をされてたんですね」
疲れた声のシモンの言葉に、ミシェールは首を傾げ、デューを見上げた。
「ダンスの基礎の、姿勢を教えただけだ」
「ああ」
苦笑で返され、ミシェールは納得した。
騎士として、姿勢は平民よりは良いが、ダンスの姿勢、それも貴族の代表アストリアで習ったものだ、シモンの普段の姿勢は、到底満足するものではない。
それを覚えるには、苦労するだろう、と思いながら、シモンとデューの向かい側の椅子に腰掛ける。
「今日はゆっくりしよう。昨日は楽しめただろうか?」
言いながら、デューがミシェールの対面に座った。
その隣り、エルバルトの対面にシモンが座った。
「はい。木の実も喜んで貰えました」
ミシェールが頷くと、デューが安心したように息を吐く。
「疲れはあるかな?」
「少しだけ」
再びミシェールが頷き、エルバルトも続く。
それに、デューが腰を上げ、ミシェールの側へと歩いて周り、シモンはエルバルトの側へと行く。
それぞれ側で跪き、荷物から瓶を取り出した。
「あの?」
見下ろすミシェールに、デューは微笑みかける。
「マッサージをしようと思ってる。触って良いだろうか?」
「え?あ、はい」
少しの躊躇の後、ミシェールは頷いた。
シモンもエルバルトに断りを入れ、靴と靴下を脱がせる。
デューはミシェールの座る椅子を動かし、エルバルトとシモンに背中を向けさせ、膝掛けを掛ける。
「そこまでしなくても、見ませんよ!恐れ多くて!」
シモンが拗ねたように口を尖らせた。
「シェリーに対しての配慮だ。貴族令嬢は素足は見せないように教育されるからな」
膝掛けの下で、ミシェールの靴と靴下を脱がせ、瓶からクリームを取り、デューはマッサージを始めた。
「私も、バルも、もう貴族ではないです」
「でも、恥ずかしいと思うだろ?」
言いながら、デューは足裏をじっくりほぐす。
でこぼこがあり、石の多い所で踊ったからか、少し筋が固くなっていた。
足裏が解れてきたら、足の腱と足首をマッサージし、足首から膝裏まで筋に沿ってマッサージをする。
不意に、デューが笑う。
「シェリーのファーストダンスの相手を出来るなんて、思ってもなかった。ありがとう」
「ファーストダンスも何も、社交界とは無縁の身ですから」
「シェリーは姿勢が綺麗だから、それを活かした職業も良いと思う。商人でも、貴族を相手にするから、マナーを学びたい人は居る。修道院でも、子供相手に教えておけば、その子供達はもっと良い所へ行ける可能性が出て来る。貴族のマナーは武器だ。全てを捨てる事はないと思う」
ゆっくり言葉を紡ぎながら、デューは反対の足もマッサージしている。
すこしの間が空き、ミシェールが口を開く。
「ここでは、お姉様方がいらっしゃいます」
「一つの提案として覚えていてくれたら良い。シェリーがどんな未来を選んでも、俺も、閣下も、ついでにシモンも応援する」
言って、デューは手を足から離し、スカートの裾を直して立ち上がった。
「ついでって、なんですか。俺も、二人が選んだ道を応援しますよ。本当に応援するしか出来ないですが」
不満そうに、シモンもエルバルトの足から手を離し、立ち上がった。
それに、デューが苦笑を浮かべる。
「まあ、閣下が張り切って支援するしな。俺も大した応援は出来ないだろうな」
シモンが小さく吹き出し、ミシェールは妙に納得出来てしまった。
遠慮は鳥の餌にしてしまえ。と豪語されたのを思い出したのだ。
ミシェールの椅子を机に向けさせ、デューはその背後に周り、ミシェールの肩を揉みながら、話を続ける。
「俺と彼女の事も、閣下が気を回してくれたから、周りに祝福されてる。シモンが話ししただろ?結婚式挙げたて」
「ええ」
「鎮魂祭の後に、閣下がいきなり式挙げろ。て言ったんだ。ベールと、ブーケまで用意されててさ。あの時の彼女は、凄く綺麗だった。身が引き締まったよ」
話の内容に、ミシェールは勢いよく首を捻って、デューを見上げた。
それに、デューは微笑んで頷く。
「そんな方だから、こっちが遠慮しても無駄なんだ。諦めて巻き込まれるしかない」
「巻き込まれる。言い得て妙です」
頷き返し、ミシェールは顔の向きを直す。
エルバルトは二人の話を聞きながら、シモンから肩を入念に揉まれていた。
「バルは優しいから、人に寄り添える仕事が向いているかもな」
「町医者とか良いですよね。親身に聞いてくれると安心します」
デューの提案に、シモンが頷いて付け足した。
話題が自身の事になったからか、エルバルトは落ち着きなさげに身体をモゾモゾとさせる。
ミシェールも付け足すべく、口を開く。
「バルなら、なんだって出来る。私を守る為に、一人で頑張ってたんだもの。頼りにしてる」
「職人とかも向いてそうですよね。声が出せなくても、職業は色々選べます」
「焦る必要はないからな。ただの提案だ。自分の良い所は気付けないだろ?両親の事で罪の意識があるなら、二人は道を間違える事はない。何より俺も間違えたくない」
言って、デューはミシェールの肩を撫で、手を離した。
机を回り、ミシェールの対面へと戻り、そこに座り、ミシェールとエルバルトに笑みを向ける。
「母の事を、忘れる事は難しいと分かってる。苦しい時は、思い出して欲しい。父上のくれた愛情と、閣下の伸ばしてくれている手を、俺が二人を思っている事も」
「俺もっすよ。馬鹿だし、まだ騎士になりたてだから、何も出来ないですし、詳しくは知りませんが、二人が頑張っていたのは、何となく分かりますから、俺を思い出して、馬鹿な男だな、て笑ってくれたら嬉しいです」
エルバルトの右腕を揉みながら、シモンはエルバルトに笑みを送り、続いてミシェールにも笑みを送った。
「ありがとうございます」
ミシェールが頭を下げると同時に、エルバルトも涙目で頭を下げた。
お昼、昨日作ったジャムとパン、焼き野菜が出され、それぞれ堪能し、デューとシモンは宿へと戻った。




