因縁 25 気晴らし
翌日、朝食後にミシェールとエルバルトは、外出していた。
昨日の事で、気分が落ちていたので、デューが気晴らしに誘い、二人が頷いたのだ。
母親がどういった心境だったのか、正解は分からないが、二人を顧みていなかったのは確かだと、ミシェールもエルバルトも、辛いが受け入れるしかなかった。
母親に見捨てられないように、と頑張っていたミシェールにとって、それは受け入れ難い事で、なかなか眠る事が出来なかった。
エルバルトにとって、物心ついた頃から母親は怖い存在だ。それは自分が弱いせいだと、思っていた。つい避けてしまうのを、申し訳なく思っていた。自分も、笑えない姉の事も、母親が顧みていなかったと気付かされ、衝撃を受けた。だが、『エル』と呼ばれた時の母親を思い出し、納得もした。
涙を流していた母親は、すがるようにエルバルトの頬を撫で、聞いた事のない甘えるような声でそれを言った。
あれは、自分ではない誰かに言っていたのだ。と。
その事に、姉と自分の存在はなんだったのだと、エルバルトは凄くモヤモヤし、眠る事が出来なかった。
町外れの川辺まで、ミシェールはシモンが誘導する馬に横乗りし、エルバルトはデューに縦抱きされて辿り着いた。
ミシェールは初めての乗馬に、降りてからも足に力が入らず、敷布へと腰掛けた。
その近くで、エルバルトは馬に水をやっており、デューが側で付き添っている。
それを眺めてから、ミシェールは側で、石を拾っているシモンに視線を移す。
「兄の事、どこまで、ご存知なのですか?」
「事情があって、実家を出て、騎士見習いになったとしか。彼女さんの話しは先輩方には有名なので」
「その、兄のお相手の事、良いのでしょうか?」
「あー、まあ、閣下とは政略結婚ですから。それに、仕事してる時は、ミシェール様と同じくらい淑女してるのに、デューさんと居る時は、凄く自然体で、幸せそうなんです。それ見たら、俺らも認めたくなっちゃいました」
言って何かを思い出したように、シモンは小さく笑った。
ミシェールは、それを見て、兄とその彼女に対するモヤモヤが小さくなった。一緒に勤めてるシモンが、つい笑ってしまう程だ、歪な関係であるが、当人達は幸せで、周囲も認めているなら、良いのではないか?と思えてきたのだ。
ミシェールは足に力をいれ、立ち上がる。
「手伝います。何をすれば?」
「火を起こしたいので、枝とか燃えやすい物をお願いして良いですか?」
シモンの言葉に頷き、ミシェールは周囲にある枝を拾う。
デューは馬を近くの木の幹に繋げ、エルバルトはミシェールに倣い、枝や枯れ葉を拾って集めた。
お昼は四人で釣った魚を焼き、持って来たパンとサラダ、食後は持ってきたお茶を温めて飲んだ。
魚釣りも、串に刺さった焼き魚を食べる事も、ミシェールとエルバルトは初めてで、恐る恐る経験した。
食後はシモンがエルバルトに、川に向かって石を横投げし、水切りを教えている。
ミシェールは馬に餌のりんごをあげ、ご機嫌になった馬を撫でていた。
二人の表情が少しずつ明るくなったのを見て、デューは安堵した。
デューは母親とは血が繋がっていないから、母親の事は少し諦められた。ただ、ミシェールとエルバルトは、血の繋がりがある分、母親が家族の誰も顧みていなかった事は、気付かない方が幸せだっただろうと、昨日の自分を後悔していたのだ。
母親に対しての鬱憤を吐き出させるつもりが、さらに二人を傷付けるだけに終わってしまった。
母親に振り回されたこれまでと、二人を切り離してやる事が、今のデューの課題だ。
すっかりミシェールは馬に慣れた様子で、馬に顔を寄せられても、逃げることなく撫でている。
「シェリー、踊らないか?」
「ここで?」
デューからの提案に、ミシェールは眉を寄せた。
川原で石が多いし、平地でもない、踊りを彩る音楽もない。踊る環境ではない事は当然だ。
「身体を動かす遊びが思いつかなかったんだ。お嬢さん、お付き合いお願い出来ますか?」
右手を差し出し、デューが微笑んだ。
その手に、ミシェールがそっと手を添える。
「デビュー前なので、無作法は許して下さいね」
「無作法はこっちもだから、気にしないで良いよ」
ミシェールの手を握り、デューが一礼をした。
デューの左手がミシェールの背中に添えられ、ワルツのリズムでトントントンとゆっくり叩き、ミシェールが顔を上げ、デューを見上げると同時に、ゆっくり足を動かす。
それに合わせ、ミシェールも足を動かした。
「鳥の囀りと、木漏れ日の中で踊るてのも良いかもな」
「酔ってますか?」
石に足を取られたミシェールを、デューがさりげなく支え、踊りは続けられる。
シモンがその二人に続き、エルバルトと手を取って踊りだす。
「ミシェール様!次は俺と!」
踊りながら、シモンが声を上げた。
「駄目に決まってるだろ」
それを睨むのはデューだ。
「ミシェール様に聞いてるんですが?」
「妹と踊りたいなんて、許す訳ないだろ」
くるりとデューがミシェールと位置を入れ替えると、ミシェールはシモンに背中を向けた形となった。
それを周り込むように、シモンはエルバルトを誘導しながら踊る。
デューがミシェールを軽く抱え上げ、身体を反転させと、シモンを常にミシェールの背中側になるよう踊り、ミシェールの足が重くなった頃合いで、片足を引き一礼した。
「疲れただろう?お菓子があるから、お茶にしよう」
デューに誘導され、ミシェールは敷布に腰を下ろす。
シモンも踊りを止め、エルバルトを敷布に座らせる。
「ミシェール様、この後に、」
「修道院にお土産として、木の実を採ろう」
シモンがもじもじ言うのを遮り、デューはミシェールとエルバルトに笑顔を向けた。
「デューさん、」
「シモンは木の実に詳しいからな、頼りにしている」
「ズルいっすよ。それ」
横からのジト目に、デューが小さく微笑み返し、シモンは口を尖らせ頷いた。
サラダとパンを入れてきた籠に、木の実を一杯詰め、帰り支度を済ませる。
デューが抱えてミシェールを馬に横乗りさせてから、エルバルトに籠を持たせ、縦抱きにする。
シモンは背中に敷布等が入った荷袋を背負い、手綱を握る。
「今度は花が綺麗な場所にしましょう!ミシェール様と花のある場所で踊りたいです」
シモンが浮かれたように言えば、デューが渋い表情を浮かべる。
「花は良いが、踊りは受け入れられんな。足元が不安定な場所で、技術が足らないリードは危ない」
「いや、怪我させないですよ。身体を張りますから」
「なら、明日、いや、今夜から特訓してやる。そこそこ厳しく躾られたからな、特別に伝授する」
「げっ、バル君、お兄さん怖い!止めて、お願い!」
ぶるりと身体を震わせ、シモンはデューに抱えられているエルバルトに視線を送る。
エルバルトは、肩を震わせ、声もなく笑っていた。




