因縁 24 迷宮入り
昼食とお茶を修道院理事長のナンジーから提供され、エルバルトがお茶を飲み終わったのを見てから、長机の椅子のない床に、三人で円になり座る。
横並びだと顔を見て話せないので、デューが提案し、二人が受け入れたのだ。
デューは小さく笑う。
「すっかりここで食べる事が習慣になってるな。二人と並んで食べるのもだいぶ慣れてきた。もし、二人がここに残るなら、会いに来る。そしたら、一緒に食事をして欲しい」
「一緒に来いと言わないのですね」
「言いたいけど。それじゃあ駄目だ。二人で選んで、そして来てくれるなら嬉しい。選べる状況を取り上げたくない。母と同じにはなりたくないんだ」
デューの言葉に、ミシェールとエルバルトが安堵の息を吐く。
二人は、ミハエルの元に行くかどうかまだ決められずにいる。強引に連れて行かれても、決して嫌な思いはしないと思える程には、ミハエル、シモン、デューを信用出来た。だが、多少しこりが出来てしまう。
そう思うと、ミシェールは一つ気掛かりが思い浮かんだ。
「お兄様は、騎士しかなかったと言いましたが、目指していた道はありましたか?」
「道て程じゃないけど、二人を守りたいて思ってたよ。その為に剣を習ったし、勉強も頑張れた。二人が何の気兼ねなく暮らせるようにしたかった」
「剣を?よく許されましたね」
ミシェールが首を傾げた。
アストリアは文官の家系だ。剣を持つ必要がないように、騎士団は王宮に次ぐほどの強さを持っていた。
嫡子として育っていて、剣を習うなど、ミシェールにはとうてい想像出来なかったのだ。
ミシェールの驚きは想定内で、デューは苦笑して言う。
「勉強で落第点を取ったら止めるて約束して許可を貰った。内緒だけど、部屋でちょっと跳ねてしまったよ。実際騎士見習いになると、全然だったけどね」
エルバルトが動き、デューに黒板を見せる。
『跳ねたのですか?』
「ああ。初めて自分からやりたい。て思って、それを言えた事が嬉しかったんだ。お祖母様、母に気付かれたら、顔を顰められたと思う」
『お祖母様?』
「ああ。バルが小さい時に亡くなられたから、覚えてないのは仕方ない。とても、厳しい方だったよ。母以上でね、鞭打ちもされた事があるよ。シェリーは覚えてるかな?」
デューがミシェールを見ると、ミシェールは小さく頷く。
「少しだけ。凄く緊張してしまう方でした。ただ、鞭打ちは覚えてないので、なかったかも知れません」
「後継者教育として、俺には特に厳しかったんだと思う。あの頃はそれが当たり前だったから、悲しいとか嫌だと思った事はない。貴族の代表として立つには必要な努力なんだと思っていたんだ」
貴族から離れても、あの頃が異常だったとはデューには思えなかった。同期騎士に話すと、顔を顰められ、貴族じゃなくて良かったと言われても、苦笑で返していた。
こうして話していると、今の現状の原因がデューに見えてきた。
祖母が後継者を焦ったのが、そもそもの原因だと。自分が生まれた事が、母親にとって汚点だったのだろうと。
『アストリアに相応しくあるように』
と母から良く言われていた。母はアストリアを継承する為に、デューの存在を受け入れざるを得なかったのだ。
そして正当な跡取りのエルバルトが生まれ、目の前にある屈辱を許せなかったのだろう。だから、目の届かない所へ追いやるだけでは、済ませられなかったのだ。と気付かされた。
母と血が繋がっていないと知った時、デューは自分の命を狙われていた事に納得した程度だった。
エルバルトに後を継がせたかったのだろう。程度にしか思わなかった。だから、どこかに放り込んで欲しかったと思っていたのだ。
身体が震えそうになるのを堪え、デューは溜め息混じりに口を開く。
「俺の事は仕方ないにしても、念願の自分の子供だっただろうに、なんでこんな事になってるのか、母が分からない」
「私は、変わってしまった母に愛されていると実感した事はありません。だから、失望されないよう、見捨てられないよう、必死でした。お父様が愛して下さっていなければ、バルが居なければ、きっと頑張れなかったです。お兄様のお気持ちと同じとは言えません。きっと、母は、私も、バルも、お父様も顧みては下さっていなかった。少しでも思って下さっていたなら、事件は起きていません」
ミシェールは思うままを口にした。
デューを疎んでいただけでなく、結局母は誰にも心を寄せて居なかったのでは?とミシェールは思えてきた。
エルバルトに対しての執着心は、アストリアに対する執着心だったように思える。エルバルトに対して言った『エル』だけは、それでは説明出来ないのだが、エルバルトを思っていたなら、本人が望んでもいない王席を用意しようなど、口にする事も、実行する事も出来ない筈なのだ。
ふと、母親の言葉がミシェールの脳裏によぎる。
『私を許さなくて宜しくてよ』
どれに対しての言葉なのか、ずっと悩んでいたそれ。
兄を亡き者にする為に、母親がどこまで用意していたのか分からないが、父親が兄を逃がす程だ。きっと後戻り出来ない程には準備されていた筈だ。
ミシェールとエルバルトの為に根気強く、母親と向き合っていた父親だ。きっと兄を守る為に、確たる証拠を見つけ、訴える事も考えていた筈である。
その父親でも、見付けられなかった証拠。
きっと母親は何重にも手を回し、証拠を掴めさせなかったと思われる。
対して、両親が処罰された事件は、事件から間をおかずに両親が捕らえられている。
さぁっとミシェールは血の気が引いた。
「母は、死ぬつもりだった?」
「え?」
知らず口に出したミシェールに、デューは一瞬眉を寄せ、はっと息を飲む。
尋問で、あっさり自供したと、デューはミハエルから聞かされていたのだ。
直接王宮に自身の手の侍女を忍ばせ、実行させなくとも、何重にも捨て駒を置き、自身まで辿り着けないようにする事など、母親には容易な筈だと気付いたのだ。
「だとしたら、迷惑な自殺だな。父上と、自分の子供を巻き込んで、下手したらアストリアは無くなっていた。母にとってアストリアは絶対な筈だったのに」
「アストリアを危険に晒すと分かる筈です。なのになぜ強行したのか、それが分からないです」
長く息を吐いてデューが自身の髪を掻き混ぜ、ミシェールは頭が痛くなった。
王族殺害は、犯人だけでなく、一族全ての血を差し出す事になる。それなのに、母親は簡単に捕まるような手口でそれをした。
アストリア命だった筈の母親が、なぜそんな愚行へと走ってしまったのか?
許さなくて良い。と言ったあの時には、もしかしてそのつもりだったのか?とミシェールは母親を恐ろしく思った。
そう考えると、発言から1年と5ヶ月も、母親はその狂気を誰にも悟らせていなかった事になる。エルバルトに対して、一度だけ漏らしただけだ。
呪いを聞かされていた時は違う、計り知れない母親の狂気に、ミシェールは身体が震えた。
エルバルトがミシェールの身体に抱き着く。
暫く無言が続き、デューは溜め息を吐いた。
「憶測は出来ても、正解は分からない。考えても仕方ないな。疲れただろ?今日はこの辺にしよう」
ミシェールとエルバルトの頭を撫で、デューはゆっくりと立ち上がった。




