因果 4 そして転じる
護衛に馬車を護られながら王都を抜け、馬車は北東にある街に着いていた。
「坊ちゃま、こちらを」
お昼休憩にと寄った食堂で、従僕が懐から白い封筒を取り出した。
笑顔で読むのを促され、デュクリスは中身を確かめる。便箋一枚の手紙を読み終わると、一度右手で目頭を押さえ、手紙を折り畳み、デュクリスは向かいに座る従僕へと笑顔を向ける。
「向こうに着いたら父上に手紙を出さないとな」
「是非に」
「こんな物を隠して黙っていたなんて。人が悪いな」
「馬車の中では酔ってしまわれるかもしれません。お教えしたらお見せしないわけにはいかないと判断し、勝手を致しました」
従僕が頭を下げ顔を上げると、それを待っていた護衛が食事を給仕する。
本来は護衛の仕事ではないが、長旅にあたり人が多くなるのは護衛に負担がかかるため、従者は連れていかず、こうして代わりを務めていて、従僕はデュクリスの身の回りの世話と、旅の間の経理を主に担っていた。
三人の護衛がデュクリスの両隣と、向かいに座る従僕の左側へと腰を降ろすのを待ち、デュクリスは口を開く。
「これから世話になります。旅は不慣れなので皆には助けて貰う事も多い筈だ。頼りにしてます」
「過分なお言葉ありがとう存じます」
従僕が代表し応え、四人は小さく頭を下げた。
食事を終えれば、また長い旅だ。護衛の三人は二人が馬で馬車と並走し、もう一人は馬車に同乗する。御者は馬車の御者台でお昼を済ませており、護衛の合図で馬車を動かす指示を出した。
その知らせは、社交界を揺るがせた。
アストリア公爵家嫡男旅先にて死去。現在、専従医師が確認へと向かっていると。
筆頭公爵家その後継の訃報に、第二王子ユーモンドの婚約披露パーティへ向けて準備をしていた貴族の面々は、情報を求めて右往左往し真偽を求めた。
ヴィヴィアンナは王宮で教育を受けてた時に、その一報を受けて声もなく涙を流した。
それを告げたユーモンドは彼女の肩を抱き、右手で彼女の頭を撫でた。交流会でヴィヴィアンナとデュクリス、そして彼自身とでゲームをしたり、1つの話題で議論をしたり、他にも数人加わったりと親しくしていた。勿論親戚としても親しくしていたので、彼も悲観に暮れたい所だが、婚約者を思えば後回しにされた。
「取り乱しました。申し訳ございません」
暫くしてヴィヴィアンナがそっと離れようとしたので、ユーモンドは両手を離し、首を振った。
「君達の縁を裂いたのは私だ。詫びるのは私だ」
ヴィヴィアンナとデュクリスが婚約を見据えた付き合いである事は、交流会では知られていた。二人は仲睦まじい様子であったし、母親を交えた小さな交流もどこかしらから聞こえていたのだ。
ユーモンドが外交を担いたいと言ったのは、国を出る事を禁止されてる父親代わりに、父親の兄が諸外国へと出向いている姿で気付いたのだ。王にならなくとも国を護る方法はあるのだと。
それで、伯父を補佐している外交官のモントルア侯爵から、異国の言語と文化を習うようになり、暫くしてその娘のヴィヴィアンナとの婚約を王である祖父から勧められた。
ヴィヴィアンナとデュクリスの仲を思えば、断るべきだったのだろう。それでも将来を思えば、彼女以上の相手は居ない。と思ってしまったのだ。自分の身勝手さで、ヴィヴィアンナは婚約者へとなった。
「いえ。殿下のお志しをお支え出来るのは光栄ですわ」
侍女からハンカチを受け取り、涙を押さえ、ヴィヴィアンナは首を振った。
「何より、此度の事は殿下の責ではございません。私も殿下も、幼き頃よりの友を失ってしまったかもしれない、その同士かと存じます」
「そう言ってくれてありがとう。医師の結果はすぐに知らせると約束する。それまでは信じて待とう」
ユーモンドの言葉に、ヴィヴィアンナは頷き返し、その日の講義は休止となり、家へと馬車で戻った。
少し時間は戻したその日の朝食後。
アストリア家では、女公爵が執務室の椅子に座り、机に肘をつき両手で顔を覆って項垂れていた。
報告を受けてから、椅子から動かない女公爵に代わり、デュクリスの父親は家令を連れて執務室を出た。
「医師を派遣してすぐに確認を。それと確認中である事を添えて留学先と領地に一報を。王宮へ至急お目通りを願う書状を用意してくれ」
その声は震えており、彼の動揺を表していた。それに頷いた家令から執事へ、執事から従僕へと指示は伝わり、各々行動へ移した。
報告は2回来ており、前回はデュクリスが出立して一週間目。
デュクリスに同行した護衛の責任者が屋敷へと戻った。
一言目にデュクリスが失踪した事を伝え、女公爵が詳細を求めた。
護衛の話ではこうだった。
道中に従僕が体調を崩し、身体に発疹が出た事から、急遽予定の無かった小さな町で空き家を借りた事。
医者がその町に居なかったので、デュクリスの頼みで一人護衛が馬で大きな街へと向かった事。
町民が好意で手伝いを買って出てくれたので、従僕の世話を頼み、別の部屋にデュクリスは若い護衛と入り、そのドアを自身が護り、御者は庭で馬の世話をしてから馬車で休んでいた事。
その翌日の早朝、デュクリスの姿が部屋から居なくなっており、自身は寝ていた護衛を叩き起こそうとしたが、起きるまで時間を要し、目を開けても明朗としなかった事から、薬を飲まされた事が伺える事。
古いベッドには使われた様子がなく、その布団の上に封筒があった事。
と時系列に沿って護衛は話し、件の封筒を差し出した。
中の紙には『少し考えたいので一人になりたい。皆には申し訳ない。父上に謝罪を。母上不甲斐ない息子はお忘れ下さい』と書いてあった。
報告は続き、庭の馬は馬車用の2頭と護衛の馬1頭が揃っており、町には馬がおらず、荷車用のロバと、牛くらいしかいなかったので、遠くへは行ってないかも知れないと、自身が判断した事。
若い護衛を借家に残し、すぐに自身と御者、町の若い男3名で周囲を探したが見つからず、町への道は二本しかなく、片方は医者を求めた護衛が使っているので、自身は馬でもう一本の道を更に遠くまで探しに行ったが見つからず、肩を落とし借家へと戻ると、従僕が医者の診察を終えた後で、身体に合わない物を食べたのだろう。と診断されたと伝えられた事。
反対の道を戻って来た護衛は誰も見なかった事。
判断を仰ぐ為に、自身が報告しに屋敷へと急ぎ戻る事にした事と、借家のある町の名を口にし、報告は終わった。
女公爵は一回目の報告のすぐ後に、代表者に借家のある町を抱えている領主へと力添えをお願いする書状を持たせ、アストリア家の騎士を6名派遣した。