因縁 20 枝落とし
デュクリスから告げられた衝撃の事実に、ミシェールの身体の震えが止まり、眉を少しだけ上げ、小さく漏らす。
「え?」
エルバルトもミシェールの座る椅子を支えに、身体を捻ってデュクリスと向き合った。
ただでさえ、母の犯した事件の被害者達からの、思ってもいなかった赦しに、ついていけてなかったのに、突拍子もない事を聞かされ、驚いたのだ。
シモンが語ったデュクリスの恋物語は、話す上で多少色付けされたのだろうが、事実に基づいていた筈だ。
あの時、恥ずかしいと言ったデュクリスに、ミシェールは嘘を感じていない。
となると、デュクリスの恋人は、デュクリスの仕える大公ミハエルの妻だ。
デュクリスは無言で、二人からの視線を受け続けた。
数分無言が続き、ミシェールが口を開く。
「正直、お兄様と閣下の人格を疑います」
「普通じゃないのは、認めるしかない状況だと分かってる」
「閣下は、まあ、ああいう方だから、まだ分からなくはないのですが、お兄様の考えが、分からなくなってきました」
「混乱させてすまない」
「今日はここまでにして下さい。時間が欲しいです」
「分かった。また来るよ。シモンは、俺と二人が兄妹弟だと知っているから、気遣いは要らない。来たら相手をしてやって欲しい」
そう言い、デュクリスは立ち上がり、頭を下げて、トレーに空の皿とカップを乗せ、それを持って対面室を出ていった。
ミシェールとエルバルトが、少し掃除の時間に遅れて持ち場に行くと、シモンが庭木に上り、枝を切っていた。
木の周りには掃除そっちのけで、枝を集めている子供達が居て、淑女達は心配そうに木の上を見ている。
まとまった枝をミシェールが持ち、その場を離れ、エルバルトは枝拾いに加わった。
そのまとめられた物を、戻ったミシェールが運ぶ。
その間も、上から枝が降っている。
「ナンジーさん。こんな感じで良いですか?」
「ええ。十分です」
木の上からのシモンの言葉に、木の下で様子を見ていた理事長のナンジーが両腕で大きく丸を作って見せた。
シモンはスルスルと降りて、最後は勢いを付けて飛び降りる。
庭木の中でも高く伸びた木で、ここが修道院となる前からあり、周囲の住民もこの木を大事にしている木だ。
「他に困っている事ありますか?」
「いえ、十分して頂きましたから」
「男手がある内に済ませた方が良いですよ。男手がある。て気付かれたら、変なのも減りますから。女子供だけ、てのは舐められやすいですからね」
そう言って、シモンが周囲を見渡す。
枝の移動を終えたミシェールは、窓の外側を拭いていた。
エルバルトは箒で拾い漏れた枝を集めていた。
子供達は当番の場所へと向かっており、淑女達も一人を残してその場を去った。
「明日、デューさんと窓の上の方を拭きます。脚立を使えば、上まで綺麗に出来ますから」
「いえ、私共で出来ますから」
窓の上の方に視線を止めたシモンに、ナンジーが首を振るが、シモンは首を振って返す。
「理事長は、ここの住人の安全を守るのも仕事ですよね?なら、遠慮してる場合じゃないです。今は手紙や、言葉だけかも知れない。それに反論しても、しなくても、相手は逆上するか、図にのるかして、更に酷い事をしてくる可能性はあります。庭木や、窓ガラス、壁は目安になりやすいです。一度スッキリした方が良いです」
「分かりました。では明日お願いします」
「とりあえず、俺が出来る事はしたので、宿に戻ります」
ナンジーが頭を下げると、シモンは手にしていた枝鋏をナンジーに渡して、肩を回しナンジーとミシェール、エルバルトに頭を下げ、修道院の敷地から出て行った。
それを見送り、ミシェールは口を開いた。
「いつから、こちらへ?」
「朝食の後からよ。食堂で話を披露してくださって、話が盛り上がって長引いたから、昼食を用意させて貰ったの。食後に子供達の遊び相手をして下さって、掃除の時間になったら、庭木を整えると申し出て頂いたの」
ナンジーの説明に、ミシェールはシモンの行動理由を悟った。
対面室に子供達が近付かないように配慮していたのだろうと。そんな事をしなくても、暗黙の了解で、使用中は子供達は互いに近付かないようにするのだが、万が一を防ぎたかったのかも知れない。
ナンジーが染み染みと言う。
「お礼をしなければね」
「なら、焼き菓子が良いのではない?以前凄く喜んでいたし、出しすぎるときっと遠慮してしまうわ」
淑女がそう提案すると、それに、ナンジーは頷く。
「そうね。後で皆で作りましょ」
夕飯は早めに済ませられ、修道院の皆で焼き菓子作りをした。
淑女達は小さい子を手伝い、子供達はそれぞれ任された事を順番に行い、出番がない時は大人しく見守っている。
作るのは型抜きクッキーで、型抜きは皆で大騒ぎしながら行われた。
釜で焼くのは淑女達が担い、その間にナンジーの指揮のもと、子供達が後片付けをして、洗い物は年長組が済ませていく。
焼き立てを味見として一枚ずつ食べれば、皆満足した。
普段ならもっととせがむ子も、シモンに渡すのだと誇らしげに笑っていた。
その様子をエルバルトと並んで眺め、ミシェールはデュクリスの事を考えた。
ミシェールとエルバルトは、こうして姉弟が肩を寄せ合って生活出来ていて、周りの子供達は騒がしくも優しく迎え入れてくれた。淑女達は姉のように、時に母のように二人の成長を見守ってくれた。
兄のデュクリスが失踪した時は、ちょうどミシェールが修道院に来た時と同じ11歳だ。誕生日を考慮してもわずか12歳。
人の手を借りたとはいえ、12歳で親の庇護下から離れ、母の脅威に怯えながらも暮らしていた筈だ。シモンのような仲間が居たとしても、騎士になるまで厳しい環境だったのだろう事は、なんとなく想像が出来る。
母から命を狙われるのと、母の目に怯えて暮らすのと、どちらが良いかなんて比べる事は出来ないが、ミシェールとエルバルトは互いに支え合えたし、父親の存在があって耐えていられた。
恐らくミハエルの支えはあっただろうが、デュクリスは一人で耐えていたのだ。
デュクリスとミハエル、ミハエルの妻の大公妃の関係を知らされ混乱したが、ミハエルが認めていると思われる事を、外野が意見を言う事は違うのだろう。ミシェールの理解が追いついて来ないだけで。
ミシェールは、次に話す時は、兄がどう生きてきたのか聞いて、そして、自分達の話も知って欲しいと思った。




