因縁 19 赦し
エルバルトの座る椅子の肘掛けに、額を押し付け謝罪したデュクリスに、ミシェールは椅子から降り、デュクリスの右側に立つ。
「私も、エルバルトの苦悩を理解していませんでした。お兄様だけを責められません」
言って、ミシェールはのデュクリスの右腕にしがみついた。
エルバルトの身体が震えているのに気付き、デュクリスは顔を上げ、エルバルトを見る。
エルバルトは涙を流していた。
エルバルトが身体を捩ったので、デュクリスが手を離すと、エルバルトは椅子から降り、デュクリスに抱き着いてきた。
その身体を抱き締めようと腕を上げる前に、デュクリスは、ミシェールにも腕を伸ばし、二人を抱き締めた。
エルバルトが泣きやむまで無言で過ごし、暫くして対面室のドアがノックされた。
三人で顔を見合わせ、デュクリスはゆっくり立ち上がり、対面室のドアを開ける。
「本当にささやかでお恥ずかしいですが、昼食をどうぞ」
修道院の理事長ナンジーが、三人分のサラダが挟まったパンと、お茶が乗ったトレーを差し出して来た。
「わざわざ、すみません。それに長く使ってしまって」
「必要な事だと、私は思います。ごゆっくり」
デュクリスにトレーを渡し、ナンジーが去って行った。
トレーを机に置き、三人は並んで座った。
食べ終わり、お茶を飲んで落ち着くと、デュクリスは椅子ごと二人の方向を向き、口を開く。
「ここに来る道中、産みの母に会いに行った。俺はこの間まで母親が違う事を知らなくて、父からの手紙を、閣下が預かっていて、俺が幸せになれたら、渡して欲しいと頼んでいたんだ。その時、やっと母に疎まれていた理由を知ったんだ。初めて会った産みの母に、名乗る事は出来なかった。幸せそうだったから。でも気付かれて、抱き締められてしまったよ」
頬を掻いて、デュクリスはエルバルトと、その先に座るミシェールを見る。
エルバルトは横顔で、ゆっくりお茶を飲んでいて、ミシェールは横顔でチラリとデュクリスを見返してきた。
「だから、二人を抱き締めたい。そう思っていた。あ、嫌じゃなかった、かな?」
「お兄様は、少し遠慮がすぎるかと」
ミシェールは溜め息を吐き首を振り、エルバルトはカップを口に付けたまま頷きで返した。
「それなら良かった」
安堵の溜め息を吐き、デュクリスは咳払い一つし、口を開く。
「そんな訳で、出生の秘密を知っているのは、父からの手紙があったからだ。他は、まあ言うまでもないと思う。何か、聞きたい事があれば、聞いて欲しい」
「お兄様が、ミハエル様にお願いしたのですか?」
机に視線を落とし、ミシェールが質問をした。
それに、デュクリスは首を横に振り言う。
「いや。閣下が言い出した。慶事での特別恩赦としても早すぎると、気付いているだろ?」
ミシェールとエルバルトが揃って首を縦に振って応える。
王家の慶事として、ミシェールとエルバルトにも恩赦として修道院から出られるというのは、いくらなんでも早すぎると、二人は思っていた。
引き取って貰えるという話があった時は、事件からまだ2年半しか経っておらず、若い二人が今後、社会に対して怨嗟や義憤の念が芽生える可能性があるからだ。恩赦を与えられるとしても、ミシェールが成人まで待つのが妥当だと思っていた。それもあり、ミシェールは戸惑っていたのだ。
デュクリスが小さく頷き口を開く。
「王族の監視下に置けば文句ないだろうと、少し強引に話を進めてしまったんだ」
「それはまた」
「閣下に頭が上がらない王が、あっさり承認してくれて、話は通ったんだ」
返す言葉に困ったミシェールに、デュクリスは少し遠い目をした。
事件を内密にしても、知っている貴族は多少なりとも存在する。その面々が良い顔をしないだろう事は、容易に想像出来たのだ。
あの時、皇帝の妹の皇女が、被害に遭っていたら、国は帝国に滅ぼされていただろう。その危うさを知っているのだ。首謀者の子供を社会に放つなど許せる筈がない。
それを捻じ伏せるのは、容易ではなかっただろう。大公に負い目があるとはいえ、なかなかの無茶を、王は通したと、デュクリスはその苦労に思いを馳せた。
ミシェールは、謝罪に来た御仁を思い出し、納得した。謀反人の子供に、自らの足で会いに来て謝罪したのだ。慎ましく暮らしていれば、こんな無茶をしなくても開放してくれただろうと。
デュクリスが自身の眉尻を揉み、表情を和らげ口を開く。
「あんな閣下だから、二人が断っても、怒ったりしないのは、まあ分かってくれてると思う。だけど、事件で息子を亡くされた方が、二人を許そうと思っている事は忘れないで欲しい」
それに、ミシェールは身体を強張らせ、エルバルトは目を見張った。
二人への恩赦を認めたのは、母の企てで亡くなった方の父親だと、今更気付いたのだ。
そこに追い打ちをかけるように、デュクリスの言葉が続く。
「それと、事件のもう一人の被害者も、二人の事は恨んでいない。じゃなきゃ、閣下の人格を疑う事案だ」
ミシェールの身体が小刻みに震えだし、エルバルトは目を瞑り、椅子から身を乗り出し、ミシェールの座る椅子にしがみついた。
横柄で、強引だけど二人への配慮があり、絶対的な存在感で場を支配する男は、あの事件で倒れた令嬢を妻としたのを、二人は思い出したのだ。
「俺は、その彼女の側で、母の罪を償う。彼女の笑顔を見ると、母の事が頭をよぎるけど。彼女が笑顔でいられるように努力し続ける。彼女が気にしてないと言ってくれても、側に居る以上、母の罪とは切り離せない。血は繋がっていなくても、あの人を母として育った以上、俺も母と、止められなかった父上の罪を背負う」
デュクリスの強い意志の言葉に、ミシェールは震えながら身体の向きを変え、エルバルトを支え、デュクリスに視線を送る。
「お兄様は、強いのですね」
「いや。弱いよ。正直、いつ彼女から罵られるか不安になって、夢にも見る。たまに顔が引き攣るから怒られるよ。彼女が引き上げてくれるから、彼女の側にいられるんだ」
頭を振り苦笑を浮べ、デュクリスは視線を自身の膝へと一度向け、二人へと戻す。
「その彼女が昨日の話の彼女なんだ。あの時の被害者だ。本来なら、俺が想いを寄せて良い相手じゃない。それでも、会えて嬉しかったと、彼女は笑ってくれたんだ。そして、俺を選んでくれた」




