因縁 18 向き合う
あのすれ違い様の礼に、何か含まれているように感じ、ミシェールは次に会う時の覚悟を決めた。
気もそぞろに一日が過ぎ、他の子供達と淑女に心配そうに見られた翌日。
朝食の直後に、ミシェールとエルバルトは呼ばれた。
対面室に待っていたのは、デューだけだった。
二人で揃って頭を下げ、席へと座る。
デューは立ったままで、身体の向きを変えゆっくり頭を下げた。
「不甲斐ない兄で申し訳ない」
ゆっくりと頭を上げたデューの顔は、真剣なもので、ミシェールには今までの柔らかな印象とは異なって見える。
エルバルトがそっとミシェールの手を握った。
「気付いていたと思いますが、俺はお二方の兄のデュクリスです。あの日、シェリーに初対面を装われ、名乗り出られなくなった、情けない兄です」
「まず、お座り下さい。首が疲れます」
立ったままのデューで兄であるデュクリスに、ミシェールは静かに向かいの席を勧める。
シェリーとはミシェールの愛称で、その懐かしい響きに、ミシェールは歯を食いしばった。
「兄、と呼んでも良いのでしょうか?」
「お嫌でいなければ」
ミシェールの問いに、デュクリスが頷いた。
それに頷き返し、ミシェールは口を開く。
「お兄様は、なぜ名乗り出られなかったのですか?私達が薄情にも忘れてしまったと思いませんでしたか?」
「シェリーは、気付いててああ言ったと、すぐに気付きました。少し動揺していたように見えたので、それに合わせてしまいました」
「敬語は止めて欲しいです。なぜ、合わせる必要が?」
デュクリスの後悔の念に、ミシェールは首を傾げた。
それに、デュクリスは苦笑を浮かべる。
「二人がどこまで知って、何を知らないのか分からず、名乗り出たらどう説明したら良いか、どこまで言って良いのか迷ってしまって、結局言えなかった」
「そう、ですわね」
自身と同じ事で悩んだのだと知り、ミシェールは息を吐いて考える。
ミシェールも、デュクリスが何をどこまで知っているか迷って、言い出せずにいた。
結局、似た者同士なのだろう。と思いながら口を開く。自分の知る全てを伝える為に。
「私が知っているのは、お兄様が異母兄で、母がアストリアの正当性に囚われ、兄を疎まい、兄の命を狙っていた。そして恐ろしい事に、エルバルトを王にする為に暴走した。とまぁ、随分な母親の事ですね」
「そこまで、知っているのか」
愕然とした表情のデュクリスに、ミシェールは兄も全て知っていたと悟る。
エルバルトがミシェールの手を握る力を強くする。
エルバルトには、一昨日の夜に、デュクリスが異母兄で、母親がその命を狙っていた事実は教えてあった。
エルバルトが勇気を持って、母親の大それた罪を教えてくれたのだ。
ミシェールが抱えていたそれも教えて、互いに母親の秘密を共有したかったのだ。残酷な秘密で、申し訳なかったが、あの時に、兄とは向き合うべきだとミシェールは思っていた。
兄と向き合う以上、母親の事は全て知られるのだ。いきなり知らせるよりは良いだろうと、ミシェールは判断した。
「父は母を止める事が出来なかったのです。何度も話し合っていたようですが、結果はこのように」
「ああ、うん。そうだろうね。俺に逃げろと逃亡先を用意したのは父なんだ」
デューの返事に、ミシェールはやはりと思った。
兄が生きて目の前に現れてから、ミシェールは考えていた。兄が生きながらえた方法を。
高位貴族の子息が、容易に一人で生きられるとは到底思えなかった。なら、誰かが手を貸したのだろう。と考えた時、異常を来した母に寄り添い、根気強く話し合いをしていたと思われる父がすぐに浮かんだ。
父親はなぜそこまで出来たのか?今となっては分からない。
「シェリー、あ、今更だけど、愛称で呼んで良いだろうか?」
「どうぞ。ただ、エルバルトの事はバルと。前の呼び名は、母との良くない思い出を刺激するようなので」
「え?」
デュクリスの問いに、ミシェールがエルバルトを見ると、デュクリスの視線もそちらへと向かう。
エルバルトは不安そうな表情をしていた。
「そうか。バル、ごめん。何もしてやれなくて」
デュクリスが頭を下げると、エルバルトは首を横に振って応えた。
デュクリスは続いてミシェールに視線を送る。
「シェリーに沢山辛い思いをさせた事、後悔している。笑った表情を見られなかったと、シモンは残念そうにしてた。笑えないのは、母が原因なんだね?」
「そう。ですね。母の呪いにかかってしまったと思います」
「俺が逃げたから、二人に皺寄せしてしまったね」
「お兄様、言いましたよね?母がお兄様を殺そうとしていたと。お兄様が逃げて居なければ、母によって亡き者とされていたのです。このように再会も出来なかった」
そう言い、ミシェールは長く息を吐いた。
デュクリスが逃げた事で、母親の犯した罪が1つだけで済んだのだ。もし母親の思惑通りになっていたら、ミシェールの背負う母親の罪が増えていた。兄が母親の手によって亡くなっていたら、ミシェールはその重さに耐えられなかったかも知れない。
「そちらに行って良いだろうか?」
短い沈黙の後、デュクリスが伺うように言った。
エルバルトが頷いた後に、ミシェールも頷きで返す。
デュクリスが立ち上がり、エルバルトの隣りの椅子をどけ、そこに膝立ちをした。
「バルは、俺との思い出はないだろうな。シェリーに抱き上げられていたのが、こんなに大きく、えっと、触って良いかな?」
デュクリスの言葉に、エルバルトは視線を彷徨わせてから、自身の膝に視線を落とし、小さく頷いた。
そっとエルバルトの左手をデュクリスが覆う。
「二人の事を忘れた事はなかった。もっと早く会いに行くべきだった。母を恐れるあまり、身が竦んでいたら、母と父の死を聞いた。その時に、会いに行けば良かった。母と俺の事を、二人にどう言えば良いのか、分からなくて、会いに来れなかった」
デュクリスの独白を、エルバルトは机に顔を向けたまま、ミシェールは机に身体を向けたまま顔だけをそちらへと向けて聞いていた。
「嘘で説明する事も出来たんだ。何故生き延びていたのか、彼女には嘘を吐いたから。結局、俺は逃げていたんだ。疎まれていた自分が、母に大事に思われていた筈の二人と向き合うのは、思い知らさせそうで怖かった。二人がこんなに苦しんでいるなんて、思ってもいなかった。身勝手でごめん」
そう言い、デュクリスはエルバルトの座る椅子の肘掛けに額を付けた。




