因縁 15 罪と罰
デューが退室して暫くして、対面室にナンジーが入ってきた。
ミシェールとエルバルトの目の前に、湯気の立つココアが置かれる。
「皆には内緒ですよ。いつも一人でコッソリ飲んでますが、特別です」
そう言って、ミシェールの向かいに周り、椅子に座って、ナンジーは自分の分のココアを飲む。
対面室の隣りで、先程のやりとりを見守っていたのだろう。その気遣いに、ミシェールは小さく頭を下げてカップを手にする。
エルバルトもカップを手にし、暫く沈黙が続く。
その沈黙を破ったのはナンジーだ。
「どのような悩みがあるのか、私には計り知れません。ただ、私個人としての意見ですが、ミシェールも、エルバルトも、罪を抱えたいのなら、誰かの為になる仕事で、罪を償う方法もあると知って下さい。修道院で祈りを捧げるだけが、償いの方法ではありません」
「その罪が、恐ろしい罪だとしても?」
ミシェールの問いに、ナンジーは微笑んで頷く。
「ええ。罪を罪として意識しているのなら、それは償えます。口に出すのも恐ろしい罪だとしても、それを意識しているか、いないかは大きな違いがあります。罰せられる時に、その意識がなければ、罰を受けても償った事にならない。しっかり反省していてこそ、罰を受けた時に償える。私はそう思います」
「罰を受けるだけでは償いとならないと?」
「内緒ですよ?こんな事を知られたら、法律家の方々に睨まれてしまうわ」
ミシェールがナンジーの言葉を復唱すると、ナンジーは左手人差し指を立てて口に添え、ウインク一つ送った。
また沈黙になり、三人でゆっくりココアを飲む。
最初に飲み終わったのはエルバルトだ。
ミシェールが飲み終わるのを待ち、その左手をエルバルトが握る。
「バル?」
ジィとエルバルトに見られ、ミシェールは首を傾げる。
「何か言いたいのね?部屋に行きましょう」
ミシェールが促せば、エルバルトは頷き、対面室のドアへと先に行く。
その後をミシェールが追い、ドアの所で二人揃ってナンジーに頭を下げ、対面室を出た。
部屋へと戻り、エルバルトは黒板を取り出した。
床に並んで座り、エルバルトが黒板に文字を書いていく。
その文字に、ミシェールは目を見張った。
『母様は、僕を王様にすると言った』
慌ててミシェールはエルバルトを見る。
その赤い目から、涙がコロリと落ちる。
「いつ?」
エルバルトは、母親を避けていた。それは穏やかな約7ヶ月も同じだった筈だった。
「まさか、あの季節熱?」
問いかけたものの、エルバルトが返事を書く前に、ミシェールは思い当たった。
それに、エルバルトがゆっくり頷き、黒板を消して文字を綴る。
『そんなの、なりたくないて言ったけど』
震える文字に、ミシェールは母親の狂気の言葉を思い出す。
『エルバルトさんはアストリアの誇り!私の希望!』
素足でベッドから降り、血走った目をし、母親はそう叫んでいた。
「母様は、」
そこまで言いかけ、ミシェールは何も言えなくなった。聞かなくても、結果は出ている。
エルバルトは元王位継承者第5位。その第1位であった元王太子が、二人の両親が王宮へと呼ばれた頃に病死している。
黒板を消そうとしたエルバルトを抱き締め、ミシェールは止めた。
「怖かったわね。ごめんなさい気付いてあげられなくて」
あの季節熱の後、子供が夢を語るように言ったエルバルトの言葉を、ミシェールは思い出した。
「だから、魔法を使いたかったのね?誰も悲しまない魔法を」
そう問えば、ミシェールの腕の中で、エルバルトの肩が揺れる。
ぎゅうっとエルバルトの腕に力が入り、ミシェールもさらに力を込めてエルバルトを抱き締める。
もっと大きくなりたい。とミシェールは思った。
エルバルトを包み込んであげられないのが悲しかったのだ。
兄だったのなら、それが出来るのだろう。と、近くにいるのに遠い存在に思いを馳せ、エルバルトが落ち着くまで、そのまま過ごした。
デューとの対面は昼食後からで、部屋に籠もって夕方までいたので、掃除をサボってしまった。
普段なら、掃除をサボれば誰かしらが呼びに来て、子供達は文句を一斉に浴びせてくる。
「掃除、サボってしまったわ。一緒に怒られに行きましょう」
揺れが治まったエルバルトの肩を叩き、ミシェールは部屋を出る事を促した。
手を繋ぎ、食堂へと行けば、子供達から一斉に『サボりが来たぞ』『何してたんだよ』『いけないんだー』と口々に文句を言われ、ミシェールとエルバルトは揃って頭を下げた。
一番幼い男の子が二人に歩み寄り、二人にしゃがむように手招きをした。
ミシェールとエルバルトがしゃがむと、ペチリ、ペチリと男の子は二人の手をそれぞれ叩き、やりきった顔をした。
「ごめんなさい。ありがとう」
小さい身体を抱き締め、ミシェールはそっと男の子の頭を撫でる。
そのミシェールとエルバルトのもとに、年若い淑女が近寄り、顎を上げ口を開く。
「早くお食べなさいな。私の料理が口に合わないとでもおっしゃるの?」
どうやら食事当番だったらしい彼女の言葉に、周りから『俺も作ったもん』『私が作ったーー』と反論が入る。
なんとも騒がしい慰めに、ミシェールは立ち上がり、再び頭を下げる。エルバルトもその後に続き頭を下げ、ミシェールと顔を見合わせ頷く。
料理を貰いに、鍋まで行き、スープをよそい、パンをトレーに乗せる。
空いている席に姉弟で座れば、周りから『おせえぞ』『お腹ペコペコ』と文句が飛んできた。
いつもの賑やかな食事に囲まれ、ミシェールとエルバルトはゆっくり食事をした。
ミシェールとエルバルトは、掃除をサボってしまった代わりに、洗い物を買って出たが、何故か当番の者達も側で洗い物をし、なんともうやむやに終わり、子供達は二人に泡をこすりつけて、部屋へと逃げていき、淑女方はそれを布でそっと拭いて、ついでに二人の頭や肩、背中を撫で、何も言わずに手を振って洗い場から出ていった。
「いい人ばかりね」
ミシェールが、エルバルトの手を握り呟けば、そっと握り返される。
こんな良い人ばかりの所を、罪を償う場所とするには、失礼な気がして、ミシェールは悩む。
罪の償い方は色々あるとナンジーは言った。
「バル、ごめんなさい。本当に」
ミシェールの言葉に、エルバルトが握る手に力を入れて応えた。
ゆっくり部屋へと戻りながら、ミシェールは思う。
きっとエルバルトが過去の愛称を嫌がった事にも、自分が思っていたのと違う理由があったのだろうと。
声を出せなくなったエルバルトは、『エル』と呼んだ時に、首を激しく横に振り、抗議したのだ。
父親を思い出して辛いのだろう。と考え、愛称を『バル』に変えた。
その理由は聞かなくとも、今はなんとなく分かる。
そして、『エル』と呼ばれるのを堪えていた、エルバルトの4ヶ月間を申し訳なく思った。
きっと、辛かっただろう、周囲に悟られまいと踏ん張り、その間母親の改心を信じて待っていたのだろう。




