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因縁 14 喪失

前回の話を飛ばした方への補足


父親の兄、伯父の侯爵家に避難したミシェールとエルバルト。


兄デュクリスの命日に、アストリアに一時戻り、

穏やかになっていた毒親の母親から、

一年間、侯爵家に預けられる事を教えられる。

その秋、

デュクリスが社交界デビューの年を迎える16歳の誕生日を祝う為に、

主役不在の誕生日会が開かれた。

ゆっくりと過ごせていたが、

ミシェールを抱き締めた母親は、思わぬ罪の告解をミシェールに告げた

兄デュクリスが生まれた間違いを、自身の手で正せなかったのは残念だったと

その恐ろしい言葉に、ミシェールは身体が震えるのを抑えるのがやっとだった。





父親の兄のキャラダイン侯爵家での生活を1年過ごし、兄の命日に、ミシェールとエルバルトはアストリアに戻った。その間、母シェキーラの事を相談する事を、ミシェールは躊躇した。キャラダイン侯爵なら、母の手の者の心配はない。実現しなかった母の罪を訴えて、母とのいざこざで、嘘を吐いているのでは?と問われる事が怖かったのだ。

そんな人ではない。と思うのだが、優しい顔を見ると、何も言えなくなってしまった。

ミシェールは10歳、エルバルトは6歳。

母親は、兄が亡くなる前と変わらぬ優雅さへと戻っていた。

あの告白が嘘のような穏やかさで、日々が過ぎた。それでもエルバルトは母とは距離を置いていた。それに母は眉を下げてみせるだけだった。その微妙な関係に、更にヒビが入るような事を言う事は出来なくなった。

その冬、エルバルトが高熱を出して寝込んだ。

母親は専従医師以外も屋敷へと招き入れ、王宮医師まで呼び付けた。

診察は専従医師と同じで、季節熱だった。

冬になると蔓延する病で、高熱と咳が出て、平民では死者も出る病だった。

母親は戦々恐々としており、エルバルトの側でずっと祈りを捧げ、食事も摂らない有様だった。

ミシェールも心配で見舞いに行きたかったが、伝染する病なので、敷地内の離れへと住まいを移されてしまった。

エルバルトの高熱自体は3日で治まったものの、微熱と咳が1週間ほど続き、感染の危険を考慮され、ミシェールが会えたのは倒れてから2週間過ぎた日だった。

見舞いに本を読んであげようと、ミシェールが部屋へと行けば、エルバルトは喜んでそれを聞いていた。

「魔法が使えたら良いのに」

とエルバルトが溢した。

本の内容が、魔法使いが悪魔と戦う冒険物だったからだ。

「どんな魔法を使いたい?」

「使えないから分からないや」

ミシェールが聞けば、エルバルトは首を振り、本をじぃと見る。

「誰も悲しまない魔法が良いな」

「素敵な魔法ね」

暫くしてエルバルトが溢した言葉に、ミシェールは頷いた。


冬はゆっくり過ぎ、春が訪れ、ゆっくりと動いていた時は、急速に変化へと突入した。

春生まれのミシェールは11歳、初夏生まれのエルバルトは6歳だった。

昼前に母親と父親が王宮へと呼び出された。

何があったのか、不安に思っていたら、エルバルトが引きつけを起こし倒れた。

執事が専従医師を手配し、エルバルトは部屋へと運ばれ、寝かされた。

ミシェールは、両親の帰りをエルバルトの部屋のソファで寝て待ち、朝になっても帰っていない事実に絶望しながら、エルバルトを見た。

エルバルトはまだ眠っており、安心と共に恐怖に襲われ、ミシェールはベッド脇で祈った。

エルバルトは昼前に目を覚まし、ぼんやりした表情で医師の診察を受けた。

そして、とんでもない事実に直面した。

エルバルトの声が出なくなっていたのだ。

医師は慌てて色々な質問をし、エルバルトは首を縦に横に動かし応える。

医師の顔色がどんどん悪くなり、ミシェールはこれは現実なのだ。と悟った。

頭を下げた医師に礼を述べ、ミシェールはエルバルトを抱き締めた。

昼食後、王宮から遣いが来て、王宮の一室へ案内された時、ミシェールは思い切ってエルバルトの事を相談した。

王宮医師が快く受けてくれたが、眉を下げて頭を下げられただけで、結果は変わらず。

原因不明の失語症だった。

そして、王宮で10日過ごした日、1週間後の出立を告げられた。

ミシェールとエルバルトの前に、沢山の人を連れて、金髪で不思議な紫色の瞳の男の人が来て、一言『済まない』と謝罪し、お連れの方々と共にすぐ出て行った。

あれが王か。とミシェール内心驚いた。紫の瞳は、王族に現れる色彩で、現王と、そのご子息二人がその色彩であるのは、貴族教育でミシェールも知っている。

その王が、臣下の娘になぜ謝罪などしたのか、分からなかった。

その後、王宮から修道院へと送られ、両親が処罰により死んだと知って、やっとその謝罪の意味を悟った。

両親へ処罰を下した事への謝罪か、二人を修道院へ送らねばならない事への謝罪かは、ミシェールには分からないが、悪かったのは王ではなく、処罰を受けるに至った両親だ。


そして、現在へと至る。

ミシェールの目の前には、デューと名乗る騎士。その事実はミシェールとエルバルトの異母兄のデュクリスだ。

その事に気付いていない振りを、ミシェールはしている。

「お二方の父上は、母上に頭が上がらなかったのですか?」

デューが眉を下げてミシェールへと質問してくる。

デューの方も、何故かデュクリスだと名乗り出て来ず、他人行儀なのだ。

「ええ。母は自分が絶対の人でしたから。父も色々苦言を呈していたようですが、父が疲れるだけで、受け入れて貰えてないようでした」

「エルバルト君の事も、ミシェール嬢が笑えない事も、それが原因でしょうか?」

「デュー様、その質問の意図が分かりかねます。両親の罪を私共が知っているかどうか、両親のどちらが主導だったか、まではまだ許しましょう。私達が背負っている罪を理解なさろうとして下さっていると、私も敢えてお教えしました。ですが、今の質問は度が過ぎております」

ミシェールが意識して冷たい声で質問に拒絶を示せば、デューが一瞬息を飲み、深く頭を下げた。その肩が少し揺れている事にミシェールは少し罪悪感を覚える。

そっとエルバルトがミシェールの手を握ってきたので、ミシェールはそれを握り返し、ひとつ息を吐き、口を開く。

「感情的になりすぎました。心配下さった事に感謝致します」

「いえ。俺も差し出がましい質問をしました」

デューの頭が上がり、ミシェールに一度小さく頭を下げた。

このなんともいえない空間に、ミシェールは失った8年を感じられ、デューを兄として向き合えない事実に、少し怒りを感じた。母があんな恐ろしい事を言わなければ、再会したあの瞬間、きっと泣いて抱きつく事が出来たのだ。

『兄を悪い見本だ』と母が言い切ったあの瞬間から、ミシェールの感情は死んだのだ。

その後の呪いのような言葉も、異母兄妹弟だと聞かされた時も、恐ろしい罪の告解も、感情が死んでいなければ、ミシェールは取り乱していたかも知れない。

「俺には、妹と弟が居ます」

思い切ったように言ったデューの言葉に、ミシェールとエルバルトの繋いだ手に力が入った。

「年が離れてて、初めて見た妹はふわふわで、柔らかくて、甘い匂いがして、声もふわふわして頼りなくて、情けない事に、抱き上げるなんて恐ろしい事が出来ませんでした。成長を眺める事しか出来なくて、その下の弟も、やっぱり触る事が怖かった。やっと触れても頭を撫でる程度で、本当に情けない兄だったと思います」

そこまで言い、デューは大きく息を吸い、ミシェールとエルバルトに優しく微笑みかける。

「そんな情けない兄ですが、それでも思うのです。良い仲間や、支え合える家族があれば良いと。些細な事ですが、そんな些細な幸せが二人にあれば良いと。お二方の亡くなった兄上も、同じ気持ちかも知れません」

「兄弟でも、疎ましく思う関係もありますわ」

「そう、ですね」

ミシェールの冷たい反論に、デューは固い笑みで返し、宿に戻る事を告げて、対面室を出て行った。

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